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回天詩史 / 郡廳の事・育つ土地の風土と子弟教育

敎育人材者。未嘗不由風土鄉里之美也。姑以彪所目擊論之。八田之俗。其人非不質。其地非不靜。而其民鄙猥褊陋。乏超邁俊偉之氣象。江戸之俗。其人非不勤。其見聞非不廣。而其君子生於深宮之中。不知稼穡之艱難。其小人長於伶俐油滑之習。絕無質直樸茂之風。水戸之俗。慷慨好義。勇於敢爲。雖時有汙隆。要之大非江戸及八田之比。獨不免聞見寡陋與言動粗俗也。由是觀之。士苟欲敎育子弟。則其幼也居之城下。講武學文。以立其志。或逍遙田野。跋涉山水。以諳艱難。以養士氣。及其心術志操不可奪。則出之於江戸。汎愛親仁。以廣其固陋。周旋士君子之間。以醫其粗俗。則天之所以與我者自陶冶練熟。庶乎可以無大過不及矣。今夫絲之在繭。不熟而練之。麻之在野。不浸而曝之。徒視其如絮如蓬者。曰絲麻不如菅蒯。不亦冤乎。斯論非獨爲我水戸發也。近來論者。動建士著之說。以彪觀之。使農爲士。以居其地。則勢易爲而義不可爲也。使士離城就田畝。則義易爲而勢不可爲也。假令斷然果決。驅而著之於士。能立其制度。無士農雜居之憂。則或可也。若夫不然。則滿城士林變爲泯然農夫。可弗思哉。(五月廿一日廿二日錄)回天詩史卷之上終

新字:教育人材者。未嘗不由風土郷里之美也。姑以彪所目撃論之。八田之俗。其人非不質。其地非不静。而其民鄙猥褊陋。乏超邁俊偉之気象。江戸之俗。其人非不勤。其見聞非不広。而其君子生於深宮之中。不知稼穡之艱難。其小人長於伶俐油滑之習。絶無質直樸茂之風。水戸之俗。慷慨好義。勇於敢為。雖時有汚隆。要之大非江戸及八田之比。独不免聞見寡陋与言動粗俗也。由是観之。士苟欲教育子弟。則其幼也居之城下。講武学文。以立其志。或逍遥田野。跋渉山水。以諳艱難。以養士気。及其心術志操不可奪。則出之於江戸。汎愛親仁。以広其固陋。周旋士君子之間。以医其粗俗。則天之所以与我者自陶冶練熟。庶乎可以無大過不及矣。今夫糸之在繭。不熟而練之。麻之在野。不浸而曝之。徒視其如絮如蓬者。曰糸麻不如菅蒯。不亦冤乎。斯論非独為我水戸発也。近来論者。動建士著之説。以彪観之。使農為士。以居其地。則勢易為而義不可為也。使士離城就田畝。則義易為而勢不可為也。仮令断然果決。駆而著之於士。能立其制度。無士農雑居之憂。則或可也。若夫不然。則満城士林変為泯然農夫。可弗思哉。(五月廿一日廿二日録)回天詩史巻之上終

書き下し

教育人材する者は、未だ嘗て風土郷里の美に由らずんばあらず。姑(しばら)く彪の目撃する所を以て之を論ぜん。八田の俗は、其の人質ならざるに非ず、其の地静かならざるに非ざれども、其の民は鄙猥褊陋にして、超邁俊偉の気象に乏し。江戸の俗は、其の人勤めざるに非ず、其の見聞広からざるに非ざれども、其の君子は深宮の中に生まれて、稼穡の艱難を知らず、其の小人は伶俐油滑の習に長じ、絶えて質直樸茂の風無し。水戸の俗は、慷慨にして義を好み、敢為に勇なり。時に汙隆有りと雖も、之を要するに大いに江戸及び八田の比に非ず。独り聞見の寡陋と言動の粗俗とを免れざるなり。是に由りて之を観れば、士、苟も子弟を教へんと欲せば、則ち其の幼きや之を城下に居らしめ、武を講じ文を学び、以て其の志を立つ。或いは田野に逍遙し、山水を跋渉し、以て艱難を諳(そら)んじ、以て士気を養ふ。其の心術志操の奪ふべからざるに及べば、則ち之を江戸に出し、汎く愛し仁に親しみ、以て其の固陋を広め、士君子の間に周旋し、以て其の粗俗を医せば、則ち天の我に与ふる所の者、自ら陶冶練熟して、庶(こいねが)はくは大過不及無かるべし。今夫れ糸の繭に在るや、熟せずして之を練り、麻の野に在るや、浸さずして之を曝す。徒(いたず)らに其の絮の如く蓬の如きを視て、糸麻は菅蒯に如かずと曰ふ。亦た冤ならずや。斯の論は独り我が水戸の為にのみ発するに非ず。近来論者、動もすれば士著の説を建つ。彪を以て之を観るに、農をして士と為し、以て其の地に居らしむれば、則ち勢は為し易くして義は為すべからず。士をして城を離れ田畝に就かしむれば、則ち義は為し易くして勢は為すべからず。仮令(たとひ)断然果決し、駆りて之を士に著け、能く其の制度を立てて士農雑居の憂ひ無くんば、則ち或いは可ならん。若し夫れ然らずんば、則ち満城の士林変じて泯然たる農夫と為らん。思はざるべけんや。(五月廿一日廿二日録す)回天詩史巻之上終

現代語訳

人材を教え育てる者は、これまで、その土地の風土や郷里の美しさに頼らなかった例はありません。まず私が実際に見てきたことで論じましょう。八田の風俗は、人が素朴でないわけではなく、土地が静かでないわけでもありませんが、その民は卑しく狭量で、抜きんでた気象に乏しいのです。江戸の風俗は、人が勤勉でないわけではなく、見聞が広くないわけでもありませんが、その君子(上に立つ人)は奥深い屋敷の中に生まれ、農耕の苦労を知らず、小人(庶民)は利口で調子のよい習慣に長け、素朴で飾らない気風がまったくありません。水戸の風俗は、情熱的で義を好み、思い切って事をなすのに勇敢です。時に盛衰はあっても、総じて江戸や八田とは比べものになりません。ただ、見聞が少なく狭いことと、言動が粗野であることは免れません。このことから考えると、士が子弟を教えたいなら、幼いうちは城下に住まわせて武芸と学問を学ばせ、志を立てさせます。あるいは田野を歩き、山や川を踏み渡らせて、苦労を身につけ、士気を養わせます。そして心のあり方や志が揺るがなくなったら、江戸へ出して、広く人を愛し仁者に親しませて頑固で狭い見識を広げ、士君子の間で交わらせて粗野を直せば、天が与えてくれた素質は自然に鍛えられ熟練して、過不足の大きな過ちはなくなるでしょう。たとえば糸は繭の中にあるとき、煮て練らなければ糸になりませんし、麻は野にあるとき、水に浸さずにさらしても使えません。綿のようで、よもぎのようなその姿だけを見て、糸や麻は雑草に及ばないと言うのは、冤罪というものではないでしょうか。この論は水戸のためだけに述べたのではありません。近ごろ、ともすれば、士を土地に定着させる説(士着)を唱える論者がいます。私が見るところ、農民を士にしてその土地に住まわせるのは、実行は易しくても道理に合いません。士を城から離れさせて田畑に住まわせるのは、道理には合っても実行はできません。もし断固として思い切り、士として土地に定着させ、その制度を立てて士と農が雑居する憂いがなければ、あるいはよいでしょう。そうでなければ、城中の士たちは、いつのまにか目立たぬ農夫に変わってしまいます。よく考えるべきではないでしょうか。(五月二十一日・二十二日に記す)回天詩史巻の上、終わり。

解説

人材を育てるには、土地や環境の長所と短所を見て、育つ段階に応じて場を変えるべきだと説く章句です。幼いうちは地元で基礎と志を固め、芯ができてから外の世界で視野を広げ、粗さを磨くという順序です。糸や麻が練られて初めて役に立つというたとえも、素質は鍛えられて価値が出ることを示しています。現代の人材育成でも、若手を早く外へ出しすぎても、地元に閉じ込めたままでもうまくいきません。管理職は本人の成長段階を見極め、基礎を固める時期と越境させる時期を、計画的に切り替えることが大切です。

この章句が説くこと

回天詩史藤田東湖人材育成風土子弟教育士着

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