回天詩史 / 賜金を辞す・進退の難しさと君臣の情
其進者漸獲富貴。所以有顧望之念。今而思之。君臣之情義。固有不得已者。存乎其間。非獨富貴貧賤使之然也。夫人臣之事君。苟志於道義者。孰不欲進而行其道。又孰不欲退而全其義。而其在疎外之職也。一事一議。動苦於有司掣肘。而見君亦罕。無由吐肝膽。以故其心常憂懣憤激。每有一政一事失體者。謂國事殆去。建議於有司。不可則以爲拒己。溫顏容之則疑其或見欺。其上書於君。亦多不免有矯激過實之辭。是其所以難進。至於處親密之地。則其如意也。君臣和樂。固不勝其喜。其不如意也。相與歎息於政府。又相與覆議於君前。諷議論辯。無復遺憾。而君臣之間。顏情稔熟。自非大事。不忍面折廷爭。其或直言抗議。君視以爲其常。君怒則臣謝。臣激則君諭。昨者爭而今日和。是其所以難退。若夫居無道之世。立於暗君之朝。阿諛迎合。徒貪戀富貴。而不能退者。固不足論也。嗚呼使十年前之彪見今日之彪。則將笑其見機而不能去。然使今日之彪處十年前之地。則亦將知退而不知進。非彪之操心有二。所處使之然也。抑向者使彪辭職得閒地。而公獨遭今日之禍。則彪亦豈得恬然高枕耶。然則屢請閒地而不得者。安知非天賜彪以今日大閒散之兆。世道之變。可勝慨哉。(五月十九日二十日錄)
新字:其進者漸獲富貴。所以有顧望之念。今而思之。君臣之情義。固有不得已者。存乎其間。非独富貴貧賤使之然也。夫人臣之事君。苟志於道義者。孰不欲進而行其道。又孰不欲退而全其義。而其在疎外之職也。一事一議。動苦於有司掣肘。而見君亦罕。無由吐肝胆。以故其心常憂懣憤激。毎有一政一事失体者。謂国事殆去。建議於有司。不可則以為拒己。温顔容之則疑其或見欺。其上書於君。亦多不免有矯激過実之辞。是其所以難進。至於処親密之地。則其如意也。君臣和楽。固不勝其喜。其不如意也。相与嘆息於政府。又相与覆議於君前。諷議論弁。無復遺憾。而君臣之間。顔情稔熟。自非大事。不忍面折廷争。其或直言抗議。君視以為其常。君怒則臣謝。臣激則君諭。昨者争而今日和。是其所以難退。若夫居無道之世。立於暗君之朝。阿諛迎合。徒貪恋富貴。而不能退者。固不足論也。嗚呼使十年前之彪見今日之彪。則将笑其見機而不能去。然使今日之彪処十年前之地。則亦将知退而不知進。非彪之操心有二。所処使之然也。抑向者使彪辞職得閒地。而公独遭今日之禍。則彪亦豈得恬然高枕耶。然則屡請閒地而不得者。安知非天賜彪以今日大閒散之兆。世道之変。可勝慨哉。(五月十九日二十日録)
書き下し
其の進む者は漸く富貴を獲、顧望の念有る所以なり。今にして思えば、君臣の情義、固より已むを得ざる者の其の間に存す。独り富貴貧賤のみ之をして然らしむるに非ず。夫れ人臣の君に事うる、苟くも道義に志す者は、孰か進みて其の道を行わんと欲せざらん。又孰か退きて其の義を全うせんと欲せざらん。而して其の疎外の職に在るや、一事一議、動もすれば有司の掣肘に苦しみ、而して君に見ゆること亦罕に、肝胆を吐く由無し。以て其の心常に憂懣憤激す。一政一事の体を失う有る毎に、国事殆ど去ると謂う。議を有司に建てて可ならざれば、則ち以て己を拒むと為す。顔を温めて之を容るれば、則ち其の或いは欺かるるかと疑う。其の君に上書するも、亦矯激過実の辞を免れざること多し。是れ其の進み難き所以なり。親密の地に処るに至りては、則ち其の意の如くなるや、君臣和楽、固より其の喜びに勝えず。其の意の如くならざるや、相与に政府に嘆息し、又相与に君前に覆議す。諷議論辯して復た遺憾無し。而して君臣の間、顔情稔熟し、大事に非ざる自りは、面折廷争するに忍びず。其の或いは直言抗議するも、君視て以て其の常と為す。君怒れば則ち臣謝し、臣激すれば則ち君諭す。昨は争い今日和す。是れ其の退き難き所以なり。若し夫れ無道の世に居り、暗君の朝に立ち、阿諛迎合し、徒らに富貴を貪り戀いて退く能わざる者は、固より論ずるに足らざるなり。嗚呼、十年前の彪をして今日の彪を見しめば、則ち将に其の機を見て去る能わざるを笑わんとす。然れども今日の彪をして十年前の地に処らしめば、則ち亦将に退くを知りて進むを知らざらんとす。彪の操心に二有るに非ず。処る所之をして然らしむるなり。抑〻向者、彪をして職を辞し閑地を得しめて、公独り今日の禍に遭わば、則ち彪も亦豈に恬然として枕を高くするを得んや。然らば則ち屢〻閑地を請いて得ざる者は、安んぞ天の彪に今日の大閑散の兆を賜うに非ざるを知らんや。世道の変、慨するに勝うべけんや。(五月十九日・二十日録す)
現代語訳
進む者は次第に富貴を得て、そのため顧望(周囲をうかがって迷う)の念が生じるのです。今にして思えば、君臣の情義には、やむを得ないものがその間に存在します。ただ富貴や貧賤だけがそうさせるのではありません。そもそも臣下が君に仕えるとき、道義に志す者であれば、誰が進んでその道を行いたくないでしょうか。また誰が退いてその義を全うしたくないでしょうか。しかし疎外された職にあるときは、一つの事、一つの議論ごとに、ともすれば役人の妨害に苦しみ、君に会うことも稀で、胸の内を吐く機会がありません。そのため心はいつも憂えて悶え、憤り激しています。一つの政治、一つの事がうまくいかないたびに、国事がもうだめになると言います。役人に建議して聞き入れられなければ、自分を拒んだと思います。穏やかな顔で受け入れてもらえば、だまされているのではと疑います。君主に上書するのも、偏激で実際より誇張した言葉を免れないことが多いのです。これが、進み難い理由です。親密な地位にいると、意のままになれば君臣は和やかに楽しみ、喜びにたえません。意のままにならなければ、ともに政府で嘆き、また君の前で相談し直し、遠回しに論じ弁じて遺憾を残しません。しかも君臣の間は顔なじみが深く、大事でなければ面と向かって宮廷で争うに忍びません。たとえ直言して抗議しても、君主はそれを常のこととして見ます。君が怒れば臣が謝り、臣が激すれば君が諭します。昨日争い、今日和す。これが、退き難い理由です。もし無道の世に居り、暗愚な君の朝廷に立って、阿諛迎合し、ただ富貴を貪り恋い慕って退けない者は、もとより論ずるに足りません。ああ、十年前の私が今日の私を見たなら、きっと機会を見て去れないことを笑うでしょう。しかし今日の私が十年前の地位に置かれたなら、また退くことを知って進むことを知らないでしょう。私の心のあり方に二つあるのではなく、置かれた立場がそうさせるのです。そもそも先日、私が職を辞して閑地を得ていたとして、公が一人で今日の禍に遭えば、私も平然と枕を高くして眠れたでしょうか。そうであるなら、たびたび閑地を請うて得られなかったのは、天が私に今日の大いなる閑散の兆しを賜うためでなかったと、どうして分かりましょう。世の中の変化は、嘆かずにいられません。(五月十九日・二十日記す)
解説
この章句が説くこと
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『墨子』耕柱子墨子、管黔をして髙石子を衛に游ばしむ。衛君、禄を致すこと甚だ厚く、之を卿に設く。髙石子、三たび朝して必ず言を盡くすも、言、行わるる者無し。去りて齊に之き、子墨子に見えて曰く、「衛君、夫子の故を以て、禄を致すこと甚だ厚く、我を卿に設く。石、三たび朝して必ず言を盡くすも、言、行わるる無し。是を以て之を去るなり。衛君、乃ち石を以て狂と為すこと無からんや」と。子墨子曰く、「之を去るに茍くも道あらば、狂を受くるも何ぞ傷まん。古者、周公旦、管叔を非とし、三公を辭し、東のかた商盖に處る。人、皆な之を狂と謂う。後世、其の徳を稱し、其の名、今に至るまで息まず。且つ翟、之を聞く、義を為すは毁を避け譽に就くに非ず。之を去るに茍くも道あらば、狂を受くるも何ぞ傷まん」と。髙石子曰く、「石の之を去るや、焉んぞ敢えて道あらざらんや。昔者、夫子に言有りて曰く、『天下に道無くんば、仁士は厚きに處らず』と。今、衛君は道無くして、其の禄爵を貪らば、則ち是れ我れ茍くも人の厚きに處ると為すなり」と。子墨子、説びて、子禽子を召して曰く、「姑く此を聴けや。夫れ義に倍きて禄に鄉う者は、我れ常に之を聞けり。禄に倍きて義に鄉う者は、髙石子に於いて焉れを見るなり」と。
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