回天詩史 / 賜金を辞す・賜金を辞し 今井の左遷を諫める
竊恐跡甚涉嫌疑。或連及今井。乃勉強視事。適執政傳命。賜以黃金。曰子屢苦於行役。察其或乏資用。所以有斯賜。彪心竊愠之。噤口受賜而退。直入奧右筆局。以金託其局長。且謂曰。彪固貧徹骨。向者行役之日有斯賜。則彪何辭之。抑今日又有行役之命。則亦何辭斯賜。今無故而受之。古人所謂貨之也。幸謝於執政。彪雖飢餓。不拜如此之賜。局長不能對。執政亦不能強而止。當時有司非皆不知彪者。而有是事。彪於是有知浸潤膚受之可畏也。明年癸卯之秋。今井出爲寺社奉行。前一日。彪入奧右筆局。始聞今井以明日轉職。將直入執政府辨之。而執政退。乃趨而至公所。既屛左右。公大聲曰。無乃今井外補之事耶。對曰誠如尊言。公曰事已決矣。勿復紛紜。彪曰既命惟典。則可謂決矣。今未命也。進退唯在公之處分耳。公曰去歲寡人排衆言。擢今井於不次。既而諸有司屢告寡人以今井不容人言。寡人保護以至今日。而近來執政亦以爲宜外補。參政任重。而今井既失人望。寡人將以今井爲寺社奉行。從事於敬神排佛。不亦善乎。彪曰惟典峭直氷清。疾惡之心有餘。而乏容物之量。斯其所以取議。而至於面折敢言。執政憚之。監察畏之。佞邪小人尤忌之。則彪決知無出於惟典之右者。閣下不擢之則可也。
新字:窃恐跡甚渉嫌疑。或連及今井。乃勉強視事。適執政伝命。賜以黄金。曰子屡苦於行役。察其或乏資用。所以有斯賜。彪心窃愠之。噤口受賜而退。直入奥右筆局。以金託其局長。且謂曰。彪固貧徹骨。向者行役之日有斯賜。則彪何辞之。抑今日又有行役之命。則亦何辞斯賜。今無故而受之。古人所謂貨之也。幸謝於執政。彪雖飢餓。不拝如此之賜。局長不能対。執政亦不能強而止。当時有司非皆不知彪者。而有是事。彪於是有知浸潤膚受之可畏也。明年癸卯之秋。今井出為寺社奉行。前一日。彪入奥右筆局。始聞今井以明日転職。将直入執政府弁之。而執政退。乃趨而至公所。既屛左右。公大声曰。無乃今井外補之事耶。対曰誠如尊言。公曰事已決矣。勿復紛紜。彪曰既命惟典。則可謂決矣。今未命也。進退唯在公之処分耳。公曰去歳寡人排衆言。擢今井於不次。既而諸有司屡告寡人以今井不容人言。寡人保護以至今日。而近来執政亦以為宜外補。参政任重。而今井既失人望。寡人将以今井為寺社奉行。従事於敬神排仏。不亦善乎。彪曰惟典峭直氷清。疾悪之心有余。而乏容物之量。斯其所以取議。而至於面折敢言。執政憚之。監察畏之。佞邪小人尤忌之。則彪決知無出於惟典之右者。閣下不擢之則可也。
書き下し
竊かに恐る、跡甚だ嫌疑に渉り、或いは今井に連及せんことを。乃ち勉強して事を視る。適〻執政、命を伝え、賜うに黄金を以てす。曰く、子、屢〻行役に苦しむ。其の或いは資用に乏しきを察す。斯の賜有る所以なりと。彪、心に竊かに之を愠る。口を噤みて賜を受けて退く。直ちに奥右筆局に入り、金を以て其の局長に託し、且つ謂いて曰く、彪は固より貧、骨に徹す。向者、行役の日に斯の賜有らば、則ち彪、何ぞ之を辞せん。抑〻今日又行役の命有らば、則ち亦何ぞ斯の賜を辞せん。今、故無くして之を受けば、古人の所謂貨するなり。幸いに執政に謝せよ。彪は飢餓すと雖も、此の如きの賜を拝せずと。局長、対うる能わず。執政も亦強いて止むる能わず。当時、有司は皆彪を知らざる者に非ず。而れども是の事有り。彪、是に於いて浸潤膚受の畏るべきを知る。明年癸卯の秋、今井出でて寺社奉行と為る。前一日、彪、奥右筆局に入り、始めて今井の明日を以て転職せんとするを聞く。将に直ちに執政府に入りて之を辨ぜんとす。而れども執政退く。乃ち趨りて公所に至る。既に左右を屛け、公大声にて曰く、無乃今井外補の事なるかと。対えて曰く、誠に尊言の如し。公曰く、事已に決す。復た紛紜すること勿れと。彪曰く、既に惟典に命ずれば、則ち決すと謂うべし。今未だ命ぜず。進退唯だ公の処分に在るのみと。公曰く、去歳、寡人衆言を排し、今井を不次に擢ず。既にして諸有司屢〻寡人に告ぐ、今井は人言を容れずと。寡人保護して以て今日に至る。而るに近来、執政も亦以て宜しく外補すべしとす。参政は任重し。而るに今井既に人望を失う。寡人将に今井を以て寺社奉行と為し、敬神排仏に従事せしめんとす。亦善からずやと。彪曰く、惟典は峭直氷清、疾悪の心餘り有り。而して容物の量に乏し。斯れ其の議せらるる所以なり。而るに面折して敢えて言うに至りては、執政之を憚り、監察之を畏れ、佞邪の小人尤も之を忌む。則ち彪決して知る、惟典の右に出づる者無きを。閣下之を擢でざるは則ち可なり。
現代語訳
ひそかに、私の行いが嫌疑に深く関わり、今井にも連座するのではないかと恐れました。そこで無理に職務につきました。ちょうど執政が命を伝え、黄金を賜りました。「あなたは何度も出張の務めに苦しんだ。資金が乏しいことを察して、この賜りがある」と言うのです。私は心の中でひそかにこれに腹を立て、口を閉ざして賜りものを受けて退出しました。そして奥右筆局に入り、その金を局長に預けて言いました。「私はもとより骨身に染みて貧しい。先日、出張のときにこの賜りがあれば、どうして辞退しましょう。今日もまた出張の命があるなら、どうしてこの賜りを辞退しましょう。ですが今、理由なくこれを受けるのは、古人のいう『賄賂』にあたります。どうか執政にお詫びを伝えてください。私は飢えても、このような賜りは拝受しません」。局長は答えられず、執政も無理に止めることができませんでした。当時、役人たちは私のことを知らない者ばかりではありません。それでもこのようなことがあったのです。私はこのとき、じわじわと染み込む讒言や、皮膚に受ける訴えの恐ろしさを知りました。翌年の天保十四年(癸卯)の秋、今井が出されて寺社奉行になりました。その前日、私は奥右筆局に入り、はじめて今井が明日転職になると聞きました。すぐに執政府に入ってこれを弁じようとしましたが、執政は退出しました。そこで走って公のところに行きました。左右を退けた後、公は大声で言いました。「まさか今井を外に出す件ではないか」。私は答えました。「まことにおっしゃるとおりです」。公は言いました。「事はもう決まった。これ以上言い争うな」。私は言いました。「惟典に命じれば、決まったと言えます。まだ命じていません。進退はただ公のご処分によります」。公は言いました。「昨年、私は衆言を押し切って、今井を順序を越えて抜擢した。その後、役人たちはしばしば私に、今井は人の言うことを容れないと告げた。私は保護して今日に至った。ところが近ごろ、執政も外に出すべきだと言う。参政は任が重い。ところが今井はすでに人望を失った。私は今井を寺社奉行にして、神を敬い仏を排する仕事に当たらせようと思う。それも良いではないか」。私は言いました。「惟典は峭直で氷のように清く、悪を憎む心が余りあります。そして人を容れる器量に乏しい。そこが議論される理由です。しかし面と向かってでも敢えて言うことにおいては、執政も憚り、監察も畏れ、へつらう悪人はとくに忌みます。私は、惟典の上に出る者はないと確信しています。閣下が抜擢しないのならそれで構いません。
解説
この章句が説くこと
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