甲陽軍鑑 / 品第十四
前代の父名大將にてましませば、親父へ禮儀の爲に心にあはねど、先づ家老を召あつめ度々談合などし給へ共、機の武過たる大將の下にて、各申分一ツも役にたゝざる樣子を、あしき侍のあたま許に分別ありて、前後を辨へず當座々々と思案する意地のきたなき人罷出、前代家老衆許に口をきかせつる浦山敷に、此度代がはりに大將の儀にあふて、我々もよき家老の內にならんと思ひ、心のむさき者ども一兩人いひあはせ、大將の機にあふなり、誠に久しき家の奉公人なれば、文學をも少しは仕り、古語を引ても强きことは穿鑿なしに申上、大將の機にあふやうに諫め申せば、
新字:前代の父名大将にてましませば、親父へ礼儀の為に心にあはねど、先づ家老を召あつめ度々談合などし給へ共、機の武過たる大将の下にて、各申分一ツも役にたゝざる様子を、あしき侍のあたま許に分別ありて、前後を弁へず当座々々と思案する意地のきたなき人罷出、前代家老衆許に口をきかせつる浦山敷に、此度代がはりに大将の儀にあふて、我々もよき家老の内にならんと思ひ、心のむさき者ども一両人いひあはせ、大将の機にあふなり、誠に久しき家の奉公人なれば、文学をも少しは仕り、古語を引ても強きことは穿鑿なしに申上、大将の機にあふやうに諫め申せば、
書き下し
前代の父名大将にてましませば、親父へ礼儀の為に心にあはねど、先づ家老を召あつめ度々談合などし給へ共、機の武過たる大将の下にて、各申分一ツも役にたゝざる様子を、あしき侍のあたま許に分別ありて、前後を弁へず当座〓〓と思案する意地のきたなき人罷出、前代家老衆許に口をきかせつる浦山敷に、此度代がはりに大将の儀にあふて、我々もよき家老の内にならんと思ひ、心のむさき者ども一両人いひあはせ、大将の機にあふなり、誠に久しき家の奉公人なれば、文学をも少しは仕り、古語を引ても强きことは穿鑿なしに申上、大将の機にあふやうに諫め申せば、
現代語訳
前代の父が名大将でおられたので、親父への礼儀のために、心に合わなくてもまず家老を召し集めて度々談合などをされるけれども、気の猛すぎる大将の下では、それぞれの申し分が一つも役に立たない様子を、悪い侍の頭ばかりに分別があって、前後を弁えずその場その場で思案する意地の汚い人が出てきて、前代は家老衆ばかりに口を利かせたのが羨ましく、この度の代替わりで大将の儀に会って、我々もよい家老の内になろうと思い、心の汚い者ども一、二人が言い合わせ、大将の機嫌に合わせる。まことに久しい家の奉公人であるから文学も少しはやっており、古語を引いても強いことは詮索なしに申し上げ、大将の機嫌に合うように諫めるのである。
解説

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