海国兵談抄録 / 第一巻 水戦・新説を恐れず備えを説く、千古の遠慮
竊に案ずるに、日本開闢より三千年此大銃の備を海岸に不設して今に至て猶安全なり、其上外寇の爲に、嚴くたしなめられし事も、今日に至る迄、曾て有らざる事なるに、今新たに此海國の備を、事々敢言出す事、且は思慮の過たるにも似、且は新說を好にも似、亦は狂言を發するにも似たり、然と云ども天地間、人間世の事には、必變革ある事、定りたる理也、萬萬世も一定の今日と思ことなかれ、其上五世界の國々、早く開闢したるは、今年迄六千餘年、遲きも三千年に足ざるはなし、然るに各國、皆英雄豪傑あり、各三千餘年の智を積で、天文、地理、海路、等を度量して、掌上に見るが如し、然る故に、相互に他の遠國を侵略すべき工夫、五世界の英雄、豪傑等、互に是を旨とする事、當世一統の人情となれり、就中、歐羅巴の諸國、妙法を奉ずるの國人、特に此情多し、然れども遠國を取るには妄りに干戈を動さず、只利害を說話して、其國人を懷けて然して後に押領ず、是に因て憶へば、今日本は歐羅巴と路遠し、其上、彼が說話は古來より取用ざる人情也、其干戈は路遠き故、施す事を得ざれば、我に於て歐羅巴は患るに不足也、然るに竊に聞ける事あり、近年、唐山韃靼の人等、歐羅巴人と交親と云り、愈親ば唐山、韃靼の英雄豪傑等、妙法を受べし、妙法を受得ば、侵掠の心起るべし、彼等、侵掠の心を起して、日本え來る程ならば、海路は近し、兵馬は多し、此時に當て、備無くば如何ともする事なかるべし、熟思へば、
新字:窃に案ずるに、日本開闢より三千年此大銃の備を海岸に不設して今に至て猶安全なり、其上外寇の為に、厳くたしなめられし事も、今日に至る迄、曽て有らざる事なるに、今新たに此海国の備を、事々敢言出す事、且は思慮の過たるにも似、且は新説を好にも似、亦は狂言を発するにも似たり、然と云ども天地間、人間世の事には、必変革ある事、定りたる理也、万万世も一定の今日と思ことなかれ、其上五世界の国々、早く開闢したるは、今年迄六千余年、遅きも三千年に足ざるはなし、然るに各国、皆英雄豪傑あり、各三千余年の智を積で、天文、地理、海路、等を度量して、掌上に見るが如し、然る故に、相互に他の遠国を侵略すべき工夫、五世界の英雄、豪傑等、互に是を旨とする事、当世一統の人情となれり、就中、欧羅巴の諸国、妙法を奉ずるの国人、特に此情多し、然れども遠国を取るには妄りに干戈を動さず、只利害を説話して、其国人を懐けて然して後に押領ず、是に因て憶へば、今日本は欧羅巴と路遠し、其上、彼が説話は古来より取用ざる人情也、其干戈は路遠き故、施す事を得ざれば、我に於て欧羅巴は患るに不足也、然るに窃に聞ける事あり、近年、唐山韃靼の人等、欧羅巴人と交親と云り、愈親ば唐山、韃靼の英雄豪傑等、妙法を受べし、妙法を受得ば、侵掠の心起るべし、彼等、侵掠の心を起して、日本え来る程ならば、海路は近し、兵馬は多し、此時に当て、備無くば如何ともする事なかるべし、熟思へば、
書き下し
竊に案ずるに、日本開闢より三千年此大銃の備を海岸に不設して今に至て猶安全なり、其上外寇の爲に、嚴くたしなめられし事も、今日に至る迄、曾て有らざる事なるに、今新たに此海國の備を、事々敢言出す事、且は思慮の過たるにも似、且は新說を好にも似、亦は狂言を發するにも似たり、然と云ども天地間、人間世の事には、必變革ある事、定りたる理也、萬萬世も一定の今日と思ことなかれ、其上五世界の國々、早く開闢したるは、今年迄六千餘年、遲きも三千年に足ざるはなし、然るに各國、皆英雄豪傑あり、各三千餘年の智を積で、天文、地理、海路、等を度量して、掌上に見るが如し、然る故に、相互に他の遠國を侵略すべき工夫、五世界の英雄、豪傑等、互に是を旨とする事、當世一統の人情となれり、就中、歐羅巴の諸國、妙法を奉ずるの國人、特に此情多し、然れども遠國を取るには妄りに干戈を動さず、只利害を說話して、其國人を懷けて然して後に押領ず、是に因て憶へば、今日本は歐羅巴と路遠し、其上、彼が說話は古來より取用ざる人情也、其干戈は路遠き故、施す事を得ざれば、我に於て歐羅巴は患るに不足也、然るに竊に聞ける事あり、近年、唐山韃靼の人等、歐羅巴人と交親と云り、愈親ば唐山、韃靼の英雄豪傑等、妙法を受べし、妙法を受得ば、侵掠の心起るべし、彼等、侵掠の心を起して、日本え來る程ならば、海路は近し、兵馬は多し、此時に當て、備無くば如何ともする事なかるべし、熟思へば、
現代語訳
ひそかに考えると、日本の開闢から三千年、この大砲の備えを海岸に設けなくても今まで安全で、そのうえ外敵のためにきびしく叱られたこともなかったのに、いま新しくこの海国の備えをあれこれ言い出すのは、考えすぎのようでもあり、新説を好むようでもあり、また狂言を発するようでもあります。しかし、天地の間、人間世界のことには必ず変革があるのが定まった理です。万万世も変わらぬ今日と思ってはなりません。そのうえ、世界五大州の国々は、早く開けたところでも今年まで六千年あまり、遅いところでも三千年に足りないものはありません。それでも各国にはみな英雄豪傑がおり、それぞれ三千年あまりの智恵を積んで、天文、地理、海路などを測り、掌の上に見るように把握しています。そのため、互いに他の遠い国を侵略する工夫を、五大州の英雄豪傑たちが互いに旨とすることが、当世一般の人情になっています。とりわけヨーロッパ諸国のうち、巧みな方法を奉ずる国の人にはこの情が特に多いのです。しかし遠国を取るには、むやみに武力を動かさず、ただ利害を説いて、その国の人を手なずけてから領有します。そこで考えると、いま日本はヨーロッパと道が遠く、そのうえ彼らの説く話は古来から取り上げない人情なので、その武力は路が遠いので施す事ができず、私にとってヨーロッパは憂えるに足りません。ところが、ひそかに聞いたことがあります。近年、中国や韃靼の人々がヨーロッパ人と親しくしているというのです。いよいよ親しければ、中国・韃靼の英雄豪傑らは、巧みな方法を授かるでしょう。巧みな方法を授かれば、侵略の心が起こるでしょう。彼らが侵略の心を起こして日本へ来るとしたら、海路は近く、兵馬は多い。このとき備えがなければ、どうしようもありません。よくよく思えば、
解説
この章句が説くこと
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