海国兵談抄録 / 第一巻 水戦・海辺の備えと全国に備える大主意
海國の武備は海邊にあり、海邊の兵法は水戰にあり、水戰の要は大銃にあり、是海國自然の兵制也、然る故に此篇を以て開卷第一義に擧る事、深意ある也、尋常の兵書と同日の義にあらずと知べし、昇平久き時は、人心弛む、人心弛む時は、亂を忘るゝ事、和漢古今の通病也、是を不忘を武備といふ、蓋武は文と相並んで德の名也、備は德にあらず事也、變に臨て事欠ざる樣に物を備置を云也、○當世の俗習にて異國船の入津は長崎に限たる事にて別の浦え船を寄る事は決して不成事と思り、實に太平に鼓腹する人と云べし、既に古は薩摩の坊の津、筑前の博多、肥前の平戸、攝州の兵庫、泉州の界、越前の敦賀等え異國船入津して、物を獻じ、物を商いたる事、數多あり、是自序にも言が如く、海國なるゆへ、何國の浦ゞも心に任せて船を寄らるゝ事なれば、東國なりとて、曾て油斷は致されざる事也、是に因て思へば、當世、長崎の港口に石火矢臺を設て、備を張が如く、日本國中、東西南北を不論、悉く長崎の港の如くに備置度事、海國武備の大主意なるべし、さて此事爲し難き趣意にあらず、
新字:海国の武備は海辺にあり、海辺の兵法は水戦にあり、水戦の要は大銃にあり、是海国自然の兵制也、然る故に此篇を以て開巻第一義に挙る事、深意ある也、尋常の兵書と同日の義にあらずと知べし、昇平久き時は、人心弛む、人心弛む時は、乱を忘るゝ事、和漢古今の通病也、是を不忘を武備といふ、蓋武は文と相並んで徳の名也、備は徳にあらず事也、変に臨て事欠ざる様に物を備置を云也、○当世の俗習にて異国船の入津は長崎に限たる事にて別の浦え船を寄る事は決して不成事と思り、実に太平に鼓腹する人と云べし、既に古は薩摩の坊の津、筑前の博多、肥前の平戸、摂州の兵庫、泉州の界、越前の敦賀等え異国船入津して、物を献じ、物を商いたる事、数多あり、是自序にも言が如く、海国なるゆへ、何国の浦ゞも心に任せて船を寄らるゝ事なれば、東国なりとて、曽て油断は致されざる事也、是に因て思へば、当世、長崎の港口に石火矢台を設て、備を張が如く、日本国中、東西南北を不論、悉く長崎の港の如くに備置度事、海国武備の大主意なるべし、さて此事為し難き趣意にあらず、
書き下し
海國の武備は海邊にあり、海邊の兵法は水戰にあり、水戰の要は大銃にあり、是海國自然の兵制也、然る故に此篇を以て開卷第一義に擧る事、深意ある也、尋常の兵書と同日の義にあらずと知べし、昇平久き時は、人心弛む、人心弛む時は、亂を忘るゝ事、和漢古今の通病也、是を不忘を武備といふ、蓋武は文と相並んで德の名也、備は德にあらず事也、變に臨て事欠ざる樣に物を備置を云也、○當世の俗習にて異國船の入津は長崎に限たる事にて別の浦え船を寄る事は決して不成事と思り、實に太平に鼓腹する人と云べし、既に古は薩摩の坊の津、筑前の博多、肥前の平戸、攝州の兵庫、泉州の界、越前の敦賀等え異國船入津して、物を獻じ、物を商いたる事、數多あり、是自序にも言が如く、海國なるゆへ、何國の浦ゞも心に任せて船を寄らるゝ事なれば、東國なりとて、曾て油斷は致されざる事也、是に因て思へば、當世、長崎の港口に石火矢臺を設て、備を張が如く、日本國中、東西南北を不論、悉く長崎の港の如くに備置度事、海國武備の大主意なるべし、さて此事爲し難き趣意にあらず、
現代語訳
海国の武備は海辺にあり、海辺の兵法は水戦にあり、水戦の要は大砲にあります。これが海国の自然な兵制です。したがって、この篇を巻頭第一に挙げたことには深い意味があります。普通の兵書と同じ扱いではないと知ってください。泰平が久しくなると人の心は緩み、人の心が緩むと乱れを忘れるのは、日本と中国で古今変わらない通弊です。これを忘れないことを武備といいます。そもそも武は文と並んで徳の名であり、備えは徳ではなく事です。変事に臨んで事欠かないように、物を備え置くことをいいます。○いまの世間の習いでは、外国船が入港するのは長崎に限られていて、別の浦に船を寄せることは決してできないと思い込んでいます。まことに、太平を楽しむ人と言うべきでしょう。昔は、薩摩の坊の津、筑前の博多、肥前の平戸、摂津の兵庫、和泉の堺、越前の敦賀などへ外国船が入港し、物を献上したり商売をしたりした例は数多くあります。これは自序にも言ったように、海国であるため、どこの浦にも思いのままに船を寄せられるのですから、東国だからといって決して油断はできません。そこで思うのですが、いま長崎の港口に石火矢台(大砲台)を設けて備えを張っているように、日本全国の東西南北を問わず、ことごとく長崎の港のように備えておきたいというのが、海国の武備の大主意でしょう。そして、この事は実現できない趣意ではありません。
解説
この章句が説くこと
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