海国兵談抄録 / 自序・三つの軍情と著述の覚悟
兵を提る者、此三軍情を能會得して、臨機應變せば、天下に橫行すべし、抑日本海國のわけと、今の清は、古の唐山に優しゆへ、日本に於て油斷なりがたきわけと、三州、各戰闘の模儀に別あるの三說は、日本前兵家の未だ發せざるところ也、其未だ發せざるわけは、世々の軍學先生皆唐山の書に本て工夫を附しゆへ、自然に唐山流に陷て却て海國は海國の兵制ある事を發明せざる故なるべし、今小子、初て是を言者は、深く患る所有て、廣く問、切に考て、此旨を得たり、此旨を得たりといふとも、尋常の世人は、口外すべからず、口外すべからざるは、謹肅なればなり、小子は直情徑行の獨夫なるゆへ、敢て忌諱を不顧、因て、ベンゴロウが事を始として、都て外寇の來り易きわけを、有のまゝに書して、却て海國肝要の武備は如此也と云事を、肉食の人々に、知しめんと欲る故、見聞する所を纂集して、此書を作爲す、是吾小子、德を不量、位を不計して、患るに海國を以てするゆへんなり、是併ら小子極て潛踰之罪を不遁ことを知、然ども人をば不可取、言をば可取、是吾小子、德と位とを不量計、此書を作爲して言を當世に危する所也、而て書成て以て躬ら珍とす、然れども小子不才也、文獻不足、此故に字々句を不成、句々章を不成、觀者、讀法に苦むべきことを恐る、然と云ども、初學の士、端を此に開て、文以て戰法を潤色し、武以テ文華を助け聞くの趣を會得し、文武相乘て、其精に至る事を得ば、即邦家を安じ海國を保護する一助なるべし、竊に是を日本武備志ト云とも、罪無ん歟、只其文の拙を以て、其意を害すること無らんことを希ふ而已、時天明六年丙午夏仙臺 林子平自序
新字:兵を提る者、此三軍情を能会得して、臨機応変せば、天下に横行すべし、抑日本海国のわけと、今の清は、古の唐山に優しゆへ、日本に於て油断なりがたきわけと、三州、各戦闘の模儀に別あるの三説は、日本前兵家の未だ発せざるところ也、其未だ発せざるわけは、世々の軍学先生皆唐山の書に本て工夫を附しゆへ、自然に唐山流に陥て却て海国は海国の兵制ある事を発明せざる故なるべし、今小子、初て是を言者は、深く患る所有て、広く問、切に考て、此旨を得たり、此旨を得たりといふとも、尋常の世人は、口外すべからず、口外すべからざるは、謹粛なればなり、小子は直情径行の独夫なるゆへ、敢て忌諱を不顧、因て、ベンゴロウが事を始として、都て外寇の来り易きわけを、有のまゝに書して、却て海国肝要の武備は如此也と云事を、肉食の人々に、知しめんと欲る故、見聞する所を纂集して、此書を作為す、是吾小子、徳を不量、位を不計して、患るに海国を以てするゆへんなり、是併ら小子極て潜踰之罪を不遁ことを知、然ども人をば不可取、言をば可取、是吾小子、徳と位とを不量計、此書を作為して言を当世に危する所也、而て書成て以て躬ら珍とす、然れども小子不才也、文献不足、此故に字々句を不成、句々章を不成、観者、読法に苦むべきことを恐る、然と云ども、初学の士、端を此に開て、文以て戦法を潤色し、武以テ文華を助け聞くの趣を会得し、文武相乗て、其精に至る事を得ば、即邦家を安じ海国を保護する一助なるべし、窃に是を日本武備志ト云とも、罪無ん歟、只其文の拙を以て、其意を害すること無らんことを希ふ而已、時天明六年丙午夏仙台 林子平自序
書き下し
兵を提る者、此三軍情を能會得して、臨機應變せば、天下に橫行すべし、抑日本海國のわけと、今の清は、古の唐山に優しゆへ、日本に於て油斷なりがたきわけと、三州、各戰闘の模儀に別あるの三說は、日本前兵家の未だ發せざるところ也、其未だ發せざるわけは、世々の軍學先生皆唐山の書に本て工夫を附しゆへ、自然に唐山流に陷て却て海國は海國の兵制ある事を發明せざる故なるべし、今小子、初て是を言者は、深く患る所有て、廣く問、切に考て、此旨を得たり、此旨を得たりといふとも、尋常の世人は、口外すべからず、口外すべからざるは、謹肅なればなり、小子は直情徑行の獨夫なるゆへ、敢て忌諱を不顧、因て、ベンゴロウが事を始として、都て外寇の來り易きわけを、有のまゝに書して、却て海國肝要の武備は如此也と云事を、肉食の人々に、知しめんと欲る故、見聞する所を纂集して、此書を作爲す、是吾小子、德を不量、位を不計して、患るに海國を以てするゆへんなり、是併ら小子極て潛踰之罪を不遁ことを知、然ども人をば不可取、言をば可取、是吾小子、德と位とを不量計、此書を作爲して言を當世に危する所也、而て書成て以て躬ら珍とす、然れども小子不才也、文獻不足、此故に字々句を不成、句々章を不成、觀者、讀法に苦むべきことを恐る、然と云ども、初學の士、端を此に開て、文以て戰法を潤色し、武以テ文華を助け聞くの趣を會得し、文武相乘て、其精に至る事を得ば、即邦家を安じ海國を保護する一助なるべし、竊に是を日本武備志ト云とも、罪無ん歟、只其文の拙を以て、其意を害すること無らんことを希ふ而已、時天明六年丙午夏仙臺 林子平自序
現代語訳
兵を率いる者は、この三つの軍の情勢をよく会得し、臨機応変に対応すれば、天下に横行することができるでしょう。そもそも、日本が海国であることの意味、今の清が昔の中国よりもすぐれているために日本が油断できないこと、三つの地域でそれぞれ戦い方に違いがあること、これらの三説は、日本の従来の兵家がまだ明らかにしてこなかったところです。まだ明らかにされなかった理由は、代々の軍学の先生がみな中国の書に基づいて工夫を加えたため、自然と中国流に陥り、かえって海国には海国の兵制があることを明らかにしなかったからでしょう。いま私が初めてこれを言うのは、深く憂えるところがあり、広く尋ね、切実に考えてこの趣旨を得たからです。この趣旨を得たといっても、普通の世の人には口に出してはなりません。口外してはいけないのは、慎みのためです。しかし私は思ったことをまっすぐ行う一介の男なので、あえて忌み憚ることを顧みず、ベンゴロウのことをはじめ、すべて外敵が来やすい理由を、ありのままに書き記して、海国にとって肝要な武備はこうであると、肉食の人々(身分の高い役人たち)に知らせたいと思い、見聞したことを集めてこの書を作りました。これは私が、徳を量らず、地位を計らず、海国のことを憂えているからです。このように書くことで、僭越の罪を免れないことは承知しています。しかし、人によって言を捨ててはならず、言葉は取るべきです。私は自分の徳と地位を顧みずにこの書を作り、当世に厳しい言葉を投げかけました。書き上げて、自分では宝と思っています。しかし私は才能がなく、文献も足りません。そのため、文字は句にならず、句は章にならず、読む人が読むのに苦労することを恐れています。それでも、初学の士がここから端を開き、文で戦法を飾り、武で文の華を助けるという趣旨を会得し、文と武が互いに乗じ合ってその精に至れば、それこそ国家を安んじ海国を守る一助になるでしょう。ひそかに、これを「日本武備志」と呼んでも罪はないでしょう。ただその文章の拙さによって、その意を損なわないことを願うばかりです。時に天明六年(丙午)夏、仙台の林子平が自ら序しました。
解説
この章句が説くこと
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