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海国兵談抄録 / 工藤球卿の序・林子平の人となりと海国という着想

其終歸廢弛。使兵之與武備均屬空理。可勝嘆耶。亦猶兵革飢離間人情懈于文學。時勢使然耳。兵爲臨時機。備爲太平業。太平時。武備爲屬于事。舍事取理。未見其可。雖然時勢之使然也。自非大勉强。斷而不能及于此也。予友林子平者慷慨之士也。性恬澹寡欲。心存大義。其親族略多縉紳。子平蔑視不爲家。酷好跋涉。凡邦域內。經歷殆徧。其自處常如在兵革間。藍縷糯食。艸行露宿。陶陶而自適云。嘗憤然發志。困學有年。著書滿架。皆言當世之策。此編。名曰海國兵談。其意以爲。我國海國也。要在備於海寇。故以目焉。其論說確實激切。如目觀其人。傍採海外奇策。古今來未嘗見聞者。出之。足以觀我國防禦之大方。其所志可謂偉矣。當今之世。豫虞匪懈。講習之務。益久益精。研究周致。無所不至。則所謂以至萬萬世。使人民永莫受兵革飢離之苦者。其在乎斯歟。其在于斯歟。天明丙午夏五月念六仙臺 工藤球卿撰

新字:其終帰廃弛。使兵之与武備均属空理。可勝嘆耶。亦猶兵革飢離間人情懈于文学。時勢使然耳。兵為臨時機。備為太平業。太平時。武備為属于事。舎事取理。未見其可。雖然時勢之使然也。自非大勉強。断而不能及于此也。予友林子平者慷慨之士也。性恬澹寡欲。心存大義。其親族略多縉紳。子平蔑視不為家。酷好跋渉。凡邦域内。経歴殆遍。其自処常如在兵革間。藍縷糯食。艸行露宿。陶陶而自適云。嘗憤然発志。困学有年。著書満架。皆言当世之策。此編。名曰海国兵談。其意以為。我国海国也。要在備於海寇。故以目焉。其論説確実激切。如目観其人。傍採海外奇策。古今来未嘗見聞者。出之。足以観我国防禦之大方。其所志可謂偉矣。当今之世。予虞匪懈。講習之務。益久益精。研究周致。無所不至。則所謂以至万万世。使人民永莫受兵革飢離之苦者。其在乎斯歟。其在于斯歟。天明丙午夏五月念六仙台 工藤球卿撰

書き下し

其の終に廃弛に帰し、兵と武備とをして均しく空理に属せしむ。嘆くに勝うべけんや。亦猶お兵革飢離の間、人情文学に懈るがごとし。時勢の然らしむるのみ。兵は臨時の機たり、備は太平の業たり。太平の時、武備は事に属すと為す。事を舎てて理を取るは、未だ其の可なるを見ず。然りと雖も時勢の之をして然らしむるや、大いに勉強するに非ざるより、断じて此に及ぶこと能わざるなり。予が友林子平は慷慨の士なり。性恬澹寡欲、心に大義を存す。其の親族略々多く縉紳なるも、子平は蔑視して家を為さず。酷だ跋渉を好み、凡そ邦域の内、経歴殆ど遍し。其の自ら処すること常に兵革の間に在るが如し。藍縷糯食、草行露宿、陶陶として自適すと云う。嘗て憤然として志を発し、困学年有り、著書架に満つ。皆当世の策を言う。此の編、名づけて海国兵談と曰う。其の意以為えらく、我が国は海国なり、要は海寇に備うるに在り、故に以て目づくと。其の論説確実激切、目に其の人を観るが如し。傍ら海外の奇策の、古今来未だ嘗て見聞せざる者を採りて、之を出だす。以て我が国防禦の大方を観るに足る。其の志す所、偉なりと謂うべし。当今の世、豫め虞りて懈らず、講習の務め、益々久しく益々精しく、研究周致、至らざる所無くんば、則ち所謂万万世に至り、人民をして永く兵革飢離の苦しみを受くること莫からしむる者は、其れ斯に在るか、其れ斯に在るか。天明丙午夏五月念六 仙台 工藤球卿撰

現代語訳

こうした備えがやがて緩んで衰えてしまえば、兵も武備もともに空論になってしまいます。嘆かずにはいられません。これは戦乱や飢えの時代に人々が学問を怠るのと同じで、時勢がそうさせるだけのことです。兵は事に臨んでの機であり、備えは太平の世の仕事です。太平の時、武備は実務に属します。実務を捨てて理論ばかりを取ることは、よいとは思えません。とはいえ、時勢がそうさせている以上、大いに努め励む人でなければ、決してここまで到達することはできません。私の友人の林子平は、志の高い熱血の人です。生まれつき淡泊で欲が少なく、心に大義を抱いています。親族にはおおむね身分の高い者が多いのですが、子平はそれを顧みず、一家を構えませんでした。各地を旅することを非常に好み、国内はほとんど残らず巡り歩きました。その身の処し方は、いつも戦乱の中にいるかのようで、ぼろをまとい、粗食をして、草を踏み露に宿りながら、のびのびと満足していたといいます。かつて奮い立って志を立て、何年も苦学し、著書は書架にあふれました。いずれも当世の策を述べたものです。この一編は「海国兵談」といいます。その意図は、わが国は海に囲まれた国であり、海から来る賊に備えることが肝要であるので、この名をつけたというものです。論説は確かで切実であり、まるでその人を目の前に見るようです。かたわら、海外の珍しい策で、古今にまだ見聞きされなかったものを採って載せています。わが国の防御の大綱を知るに十分で、その志は立派だと言えます。いまの世で、前もって憂慮して怠らず、学びと習練の務めを長く続けるほど精密にし、研究を行き届かせて及ばないところをなくすならば、万万世まで人民が戦乱と飢えと離散の苦しみを受けずにすむという望みは、まさにここにあるのでしょうか、まさにここにあるのでしょう。天明六年(丙午)夏五月二十六日、仙台の工藤球卿が撰しました。

解説

序文の後半は、備えが形だけになることへの嘆きと、友人である林子平の人物紹介です。子平は身分や安定に頼らず、各地を歩いて実情を見聞きし、書物に当世の策をまとめた人として描かれています。注目したいのは、日本は海に囲まれた国だという事実から、備えの形を考え直した点です。現場を歩いて情報を集め、自分の組織の置かれた条件に即して課題を捉え直す姿勢は、管理職にも通じます。机上の理論に頼らず、現場に足を運んで一次情報に触れることを習慣にしたいものです。

この章句が説くこと

海国兵談抄録林子平現場主義情報収集海国工藤球卿

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