価原 / 『価原』古になかった物が日用品になった
コレニ就テ世ノ費用ヲ考フルニ古ハナクテスミシ物ノ今ハ去リ難キ物其數ヲシラズ浮屠家ノ敎ハ最久シ裳瘡ナドモ昔ハナカリシトカヤ有益無益ニツキアラアラコレヲ數ゾフルニ天文地理ノ學西洋ヲ精シトス癰疽金瘡ノ治又相亞グ木綿火器望遠鏡自鳴鐘ノ類最重寶ヲナス天敎、微瘡、最疾ムベシ然シテ天敎ハ已ニ根ヲ絶ツ微瘡ハ世ニ蔓衍ス蔫ハ二百年ノ物茶ハ千年ノ物人家日用ノ具トナル髮膏又古ニ見エズ然フシテ今ヤ太平百六十年酒食技巧淫靡ノ風古ニアラズ妓樂博奕人ヲ誤ル者數ヲ知ラズ若上古質樸ノ世ニ比セバ民生日用ノ費ト半セントス豈畏レザルベケンヤ
新字:コレニ就テ世ノ費用ヲ考フルニ古ハナクテスミシ物ノ今ハ去リ難キ物其数ヲシラズ浮屠家ノ教ハ最久シ裳瘡ナドモ昔ハナカリシトカヤ有益無益ニツキアラアラコレヲ数ゾフルニ天文地理ノ学西洋ヲ精シトス癰疽金瘡ノ治又相亜グ木綿火器望遠鏡自鳴鐘ノ類最重宝ヲナス天教、微瘡、最疾ムベシ然シテ天教ハ已ニ根ヲ絶ツ微瘡ハ世ニ蔓衍ス蔫ハ二百年ノ物茶ハ千年ノ物人家日用ノ具トナル髪膏又古ニ見エズ然フシテ今ヤ太平百六十年酒食技巧淫靡ノ風古ニアラズ妓楽博奕人ヲ誤ル者数ヲ知ラズ若上古質樸ノ世ニ比セバ民生日用ノ費ト半セントス豈畏レザルベケンヤ
書き下し
これについて世の費用を考うるに、古はなくてすみし物の、今は去り難き物、その数を知らず。浮屠家の教えは最も久し。裳瘡なども昔はなかりしとかや。有益無益につき、あらあらこれを数うるに、天文地理の学は西洋を精しとす。癰疽・金瘡の治、また相次ぐ。木綿・火器・望遠鏡・自鳴鐘の類、最も重宝をなす。天教・微瘡は最も疾むべし。しかして天教はすでに根を絶つ。微瘡は世に蔓衍す。煙草は二百年の物、茶は千年の物、人家日用の具となる。髪膏もまた古に見えず。しかうして今や太平百六十年、酒食・技巧・淫靡の風、古にあらず。妓楽・博奕、人を誤る者、数を知らず。もし上古質樸の世に比せば、民生日用の費と半ばせんとす。あに畏れざるべけんや。
現代語訳
これに関して世の中の費用を考えると、昔はなくても済んだものが、今では手放しがたくなっているものが、数えきれないほどある。仏教の教えは最も古い。裳瘡なども昔はなかったということである。有益か無益かという点で、おおまかにこれを数えてみると、天文や地理の学問は西洋が詳しい。腫れ物や刀傷の治療も、それに次ぐ。木綿、火器、望遠鏡、自鳴鐘の類は、たいへん重宝なものである。キリスト教と梅毒は、最も憎むべきものである。しかしキリスト教はすでに根が絶えた。梅毒は世に広まっている。煙草は二百年ほどの物、茶は千年ほどの物で、どちらも家々の日用の道具になっている。髪につける油もまた、昔の書物には見えない。そして今は太平の世になって百六十年、酒食、技巧、みだらな風俗は、昔とは違ってきた。遊女の音楽や賭けごとで人を誤らせる者は数知れない。もし上古の質朴な世と比べれば、人々の暮らしの日用の費えと、同じくらいの大きさになろうとしている。どうして畏れずにいられようか。
解説

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価原・『価原』奢りに走る太平の世と財の道の疎遠この故に、今日の諸侯の費用は朝観を主とす。次に公事属役の事あり。然りといえども、是れは是れ主盟控撃の権のある所、これを戦争の難に比すれば九牛が一毛なり。謹みて財を節せば、国用は定めて足るの道あるべし。人久しく太平の化に浴し、安楽に慣れ安んじ、奉養の道、日を追って華靡に走る。是の故に、飲食は人生を養うの用を外にして、遠味珍品、烹熟の道、調和の品、日暮れ夜明くるに連なる。衣服は寒暑を防ぐの用を外にして、巧を衒い奇を競い、月を重ねて一端の帛を繍にし、時を踰えて一匹の錦を織り出す。燕安の屋宅、随身の調度、彫幾刻鏤を窮め、財を生ずるの道、日々に疎く、巧を費やすこと歳々に多し。
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価原・『価原』太平の奢りと病根を見る目今は天下太平にして、恩沢天のごとくなれば、なにゆえかかる安楽に耽るぞと思い回らすこともなく、貴きも賤しきも衣服・飲食・居処・交際、ただ日々に華靡に走り、有司も俸禄の外、賄を恃みて事を弁ずるゆえ、田地の租税も重からざること能わず、臣僚の俸粟も減ぜざることを得ず。ゆえに農に余利を見せて人を農に返し、工に力を添えて游手を力に食しめ、財貨他国に出ざる様にと思うなり。もしその病根を見ずして末を追い、令を下して賄賂を禁じ、奢侈をやめんと欲すとも、礼楽講ぜず制度立たず、民用の足らんことを求むとも、綱を結ばずして魚を羨む類なるべし。
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価原・『価原』博奕と賭けごとが広がる太平の世ここにおいて人巧を費やすの道を日日に求めて、金銀を運ぶの巧みようやくなる。博奕・富など言う様のことを興行し、富む者は貯えてその息を取り、富まざる者は営営として東に走り西に走り、天地生生の貯えをただ飲み潰し食い潰し、日を終え年を終う。ついには囲碁・象戯・俳諧様の物までも賭けになり侍りて、殺風景はなはだし。されば金銀の用貴ければその権重し。重うして貴ければ人よくこれを積む。積む者多ければ乏しき者多し。然れば今の多債に困窮することは、金銀多きの致す所なり。金銀は無情の物なれば、人を苦しめん様なし。ただ所置よろしきを失すれば、権傾くの致す所なり。
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価原・『価原』平準の要領と費用の源今天下の勢い、末を追って金銀の便利を知り、その息を積んで游手とならんことを冀い、米粟布帛を賤んで余分を家に蓄うるの道を知らざるほどに、上下市井の心になりて、久安の計に暇なし。ここにおいて、僧は仏を売り、巫は神を売り、学者は道を売り、医は薬を売り、形はさまざま変われども、心は商賈にあらざるはなし。かくまで久しく人の心に染みたる金銀なれば、たとい聖人出でたりとも、一朝一夕に金銀の軽く六府の重きをば知らしめ難かるべし。然りとて金銀を一切に除き去って治をなせとにはあらず。何とぞ費用多き所の故いかんと尋ね、借るべき天下の源を塞ぎ、有金の家をして天下の百貨を網することを得ざらしめて、諸侯の国小康を得、四民その業を楽しむことを得べし。これ平準の要領なり。
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価原・『価原』欲に限りがあり財には限りがある事、両ながら全うし難ければ、廉恥の風荒めば、人、賄賂を好む。礼譲の教え至らざれば、人、争奪を好む。制度立つことなければ、華奢、等を踰ゆ。今、その好むを好むに任せ、踰ゆるを踰ゆるに任せ、限りなき人の欲を、極まり有る財宝にて償わんことを求めば、天下の大山高岳をして尽く金を出ださしむるとも、米粟布帛の至宝を生ずる者をしてその業を棄てしめ、衣食器械にもならざる物に人巧を費やさしむるに過ぎず。これをもって今たとい金銀をして天下の米粟布帛のごとく多からしむとも、世ただ債数の多くなるまでにて、至宝の生路は日々に薄く、人の賑わうことは有るまじきなり。
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価原・『価原』国初の質素と乗り物や三絃の移り変わりされば神君三河にましませし頃は、知行取れる人の妻迎えにも負木というものありて、婦にはかづかせ、負木に腰掛けさせて迎えし由なり。さる故に慶長十一年丙午、江城修造ましまして、次第に人民聚り会い、蕃昌斜めならざりしかども、竹輿とても武家願い達して用い、町家などの用には非ず。橋本甚三郎と言いしは、上の御用をも達する大家にて、後髪剃りて深入と言いしが、珍しく湿張りの竹輿を許され、不案内なれば下乗場に乗り込み、目付に糺され難儀に及びけるを、朽木民部少輔殿見て、橋本に、下るべき物が乗り物で深入をして咎められけりと、戯れに挨拶有りて済みし由なり。これらもその類なきより、かかる過ちはありしなり。唐も大和も昔は馬なりしが、いつしか轎盛んになり、今は下々まで用いる様になれり。馬は人の乗るものにして、人は人の乗る者にあらずと、古人これを畏れし心あらん。人は慎むべきことなり。このごろは三絃など言う者は、男子はもとより、士商の婦女に至りて、自ら奏でる様のことはなかりし由なり。何事も国初はこれに等しかりしかば、財用の費もさまで無かりしなるべし。