価原 / 『価原』奢りに走る太平の世と財の道の疎遠
此故ニ今日諸侯費用朝觀ヲ主トス次ニ公事屬役ノ事アリ然リトイヘドモ是ハコレ主盟控擊ノ權ノアル所コレヲ戰爭ノ難ニ比スレバ九牛ガ一毛ナリ謹デ財ヲ節セバ國用ハ定メテ足ルノ道アルベシ人久シク太平ノ化ニ浴シ安樂ニ慣レ安ンジ奉養ノ道日ヲ追テ華靡ニ走ル是故ニ飮食ハ人生ヲ養フノ用ヲ外ニシテ遠味珍品烹熟ノ道調和ノ品日暮レ夜明ルニ連ル衣服ハ塞暑ヲ防グノ用ヲ外ニシテ巧ヲ衒ヒ奇ヲ競ヒ月ヲ重ネテ一端ノ帛ヲ繍ニシ時ヲ踰テ一匹ノ錦ヲ織出ス燕安ノ屋宅隨身ノ調度彫幾刻鏤ヲ窮メ財ヲ生ズルノ道日日ニ疎ク巧ヲ費ヤスノコト歳歳ニ多シ
新字:此故ニ今日諸侯費用朝観ヲ主トス次ニ公事属役ノ事アリ然リトイヘドモ是ハコレ主盟控撃ノ権ノアル所コレヲ戦争ノ難ニ比スレバ九牛ガ一毛ナリ謹デ財ヲ節セバ国用ハ定メテ足ルノ道アルベシ人久シク太平ノ化ニ浴シ安楽ニ慣レ安ンジ奉養ノ道日ヲ追テ華靡ニ走ル是故ニ飲食ハ人生ヲ養フノ用ヲ外ニシテ遠味珍品烹熟ノ道調和ノ品日暮レ夜明ルニ連ル衣服ハ塞暑ヲ防グノ用ヲ外ニシテ巧ヲ衒ヒ奇ヲ競ヒ月ヲ重ネテ一端ノ帛ヲ繍ニシ時ヲ踰テ一匹ノ錦ヲ織出ス燕安ノ屋宅随身ノ調度彫幾刻鏤ヲ窮メ財ヲ生ズルノ道日日ニ疎ク巧ヲ費ヤスノコト歳歳ニ多シ
書き下し
この故に、今日の諸侯の費用は朝観を主とす。次に公事属役の事あり。然りといえども、是れは是れ主盟控撃の権のある所、これを戦争の難に比すれば九牛が一毛なり。謹みて財を節せば、国用は定めて足るの道あるべし。人久しく太平の化に浴し、安楽に慣れ安んじ、奉養の道、日を追って華靡に走る。是の故に、飲食は人生を養うの用を外にして、遠味珍品、烹熟の道、調和の品、日暮れ夜明くるに連なる。衣服は寒暑を防ぐの用を外にして、巧を衒い奇を競い、月を重ねて一端の帛を繍にし、時を踰えて一匹の錦を織り出す。燕安の屋宅、随身の調度、彫幾刻鏤を窮め、財を生ずるの道、日々に疎く、巧を費やすこと歳々に多し。
現代語訳
こういうわけで、今日の大名の費用は参勤が中心である。次に公の役目や課せられる役の費用がある。しかしこれらは、盟主が統制する権のあるところであり、戦争の苦難に比べれば九牛の一毛にすぎない。つつしんで財を節約すれば、国の費用はきっと足りる道があるはずである。人々は長く太平の恵みに浴し、安楽に慣れて安んじ、身を養う道は日を追って華やかで贅沢なものに走っている。そのため飲食は、人生を養うという本来の役目を離れて、遠方の味や珍しい品、手の込んだ調理、調味の品が、日が暮れ夜が明けるまで続く。衣服は寒暑を防ぐという本来の役目を離れて、技巧をひけらかし、珍しさを競い、幾月もかけて一反の布に刺繍を施し、長い時を費やして一匹の錦を織り出す。安楽な屋敷や身の回りの調度は、彫り刻みの細工を極め、財を生み出す道は日々に疎かになり、技巧に費やすことは年々多くなっている。
解説

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価原・『価原』太平の奢りと病根を見る目今は天下太平にして、恩沢天のごとくなれば、なにゆえかかる安楽に耽るぞと思い回らすこともなく、貴きも賤しきも衣服・飲食・居処・交際、ただ日々に華靡に走り、有司も俸禄の外、賄を恃みて事を弁ずるゆえ、田地の租税も重からざること能わず、臣僚の俸粟も減ぜざることを得ず。ゆえに農に余利を見せて人を農に返し、工に力を添えて游手を力に食しめ、財貨他国に出ざる様にと思うなり。もしその病根を見ずして末を追い、令を下して賄賂を禁じ、奢侈をやめんと欲すとも、礼楽講ぜず制度立たず、民用の足らんことを求むとも、綱を結ばずして魚を羨む類なるべし。
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価原・『価原』古になかった物が日用品になったこれについて世の費用を考うるに、古はなくてすみし物の、今は去り難き物、その数を知らず。浮屠家の教えは最も久し。裳瘡なども昔はなかりしとかや。有益無益につき、あらあらこれを数うるに、天文地理の学は西洋を精しとす。癰疽・金瘡の治、また相次ぐ。木綿・火器・望遠鏡・自鳴鐘の類、最も重宝をなす。天教・微瘡は最も疾むべし。しかして天教はすでに根を絶つ。微瘡は世に蔓衍す。煙草は二百年の物、茶は千年の物、人家日用の具となる。髪膏もまた古に見えず。しかうして今や太平百六十年、酒食・技巧・淫靡の風、古にあらず。妓楽・博奕、人を誤る者、数を知らず。もし上古質樸の世に比せば、民生日用の費と半ばせんとす。あに畏れざるべけんや。
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価原・『価原』平準の要領と費用の源今天下の勢い、末を追って金銀の便利を知り、その息を積んで游手とならんことを冀い、米粟布帛を賤んで余分を家に蓄うるの道を知らざるほどに、上下市井の心になりて、久安の計に暇なし。ここにおいて、僧は仏を売り、巫は神を売り、学者は道を売り、医は薬を売り、形はさまざま変われども、心は商賈にあらざるはなし。かくまで久しく人の心に染みたる金銀なれば、たとい聖人出でたりとも、一朝一夕に金銀の軽く六府の重きをば知らしめ難かるべし。然りとて金銀を一切に除き去って治をなせとにはあらず。何とぞ費用多き所の故いかんと尋ね、借るべき天下の源を塞ぎ、有金の家をして天下の百貨を網することを得ざらしめて、諸侯の国小康を得、四民その業を楽しむことを得べし。これ平準の要領なり。
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価原・『価原』欲に限りがあり財には限りがある事、両ながら全うし難ければ、廉恥の風荒めば、人、賄賂を好む。礼譲の教え至らざれば、人、争奪を好む。制度立つことなければ、華奢、等を踰ゆ。今、その好むを好むに任せ、踰ゆるを踰ゆるに任せ、限りなき人の欲を、極まり有る財宝にて償わんことを求めば、天下の大山高岳をして尽く金を出ださしむるとも、米粟布帛の至宝を生ずる者をしてその業を棄てしめ、衣食器械にもならざる物に人巧を費やさしむるに過ぎず。これをもって今たとい金銀をして天下の米粟布帛のごとく多からしむとも、世ただ債数の多くなるまでにて、至宝の生路は日々に薄く、人の賑わうことは有るまじきなり。
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価原・『価原』豊凶で揺れる本業と庸作この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
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価原・『価原』博奕と賭けごとが広がる太平の世ここにおいて人巧を費やすの道を日日に求めて、金銀を運ぶの巧みようやくなる。博奕・富など言う様のことを興行し、富む者は貯えてその息を取り、富まざる者は営営として東に走り西に走り、天地生生の貯えをただ飲み潰し食い潰し、日を終え年を終う。ついには囲碁・象戯・俳諧様の物までも賭けになり侍りて、殺風景はなはだし。されば金銀の用貴ければその権重し。重うして貴ければ人よくこれを積む。積む者多ければ乏しき者多し。然れば今の多債に困窮することは、金銀多きの致す所なり。金銀は無情の物なれば、人を苦しめん様なし。ただ所置よろしきを失すれば、権傾くの致す所なり。