価原 / 『価原』金銀の海外流出と権柄を握る要
五事略ニ載セタル所ヲ考ルニ長崎一所、官ヨリ海外ヘ出ヅル所、正保五年ヨリ寳永五年マデ六十一年ノ間金二百三十九萬七千六百兩餘ニシテ銀三十七萬二千二白九貫目餘銅寛文三年ヨリ寳永五年マデ三十六年ノ間一億一萬一千百四十九萬八千七百斤餘此計ノ外ナル者其幾ト云コトヲ知ラズ大概コレニ三倍シテ我國現在ニ遺ル者三分ノ一ト云ヘリ今狡黠ノ商賈一身ノ利ヲハカルガ爲ニシバシバ金銀ヲ海外ヘ洩スコト疾ムベキノ甚シキナリ嗚呼金銀世ノ害ヲナス者ナランヤ人ノ金銀ヲシテ害ヲナサシムル也夫良醫ハ烏喙砒石ヲ用ヒテモヨク病ヲ癒ス增シテ諸貨運輸ノ能船ヨリモトク車ヨリモ速ヤカナルヲヤ然レバ則金銀ハ多クバ多キ程猶ヨカルベシ是ヲ以テ衡ヲ持スル人權柄ヲ得ザル時ハ多ケレバ多キニ傾キ少ケレバ少キニ傾キテ同ジク人ヲ苦シマシムモシ權柄ヲ得ル時ハ多少共ニ平ヲ得ルナリ其故ハ六府ノ用ニ、達シ兼并偏重ノ煩ナケレバナリ
新字:五事略ニ載セタル所ヲ考ルニ長崎一所、官ヨリ海外ヘ出ヅル所、正保五年ヨリ宝永五年マデ六十一年ノ間金二百三十九万七千六百両余ニシテ銀三十七万二千二白九貫目余銅寛文三年ヨリ宝永五年マデ三十六年ノ間一億一万一千百四十九万八千七百斤余此計ノ外ナル者其幾ト云コトヲ知ラズ大概コレニ三倍シテ我国現在ニ遺ル者三分ノ一ト云ヘリ今狡黠ノ商賈一身ノ利ヲハカルガ為ニシバシバ金銀ヲ海外ヘ洩スコト疾ムベキノ甚シキナリ嗚呼金銀世ノ害ヲナス者ナランヤ人ノ金銀ヲシテ害ヲナサシムル也夫良医ハ烏喙砒石ヲ用ヒテモヨク病ヲ癒ス增シテ諸貨運輸ノ能船ヨリモトク車ヨリモ速ヤカナルヲヤ然レバ則金銀ハ多クバ多キ程猶ヨカルベシ是ヲ以テ衡ヲ持スル人権柄ヲ得ザル時ハ多ケレバ多キニ傾キ少ケレバ少キニ傾キテ同ジク人ヲ苦シマシムモシ権柄ヲ得ル時ハ多少共ニ平ヲ得ルナリ其故ハ六府ノ用ニ、達シ兼并偏重ノ煩ナケレバナリ
書き下し
五事略に載せたるところを考うるに、長崎一所、官より海外へ出ずるところ、正保五年より宝永五年まで六十一年の間、金二百三十九万七千六百両余にして、銀三十七万二千二百九貫目余、銅は寛文三年より宝永五年まで三十六年の間、一億一万一千百四十九万八千七百斤余。この計の外なる者、その幾ばくということを知らず。大概これに三倍して、我が国現在に遺る者三分の一と言えり。今、狡黠の商賈、一身の利をはかるがためにしばしば金銀を海外へ洩らすこと、疾むべきの甚だしきなり。ああ、金銀、世の害をなす者ならんや。人の金銀をして害をなさしむるなり。そもそも良医は烏喙・砒石を用いてもよく病を癒す。増して諸貨運輸の能は、船よりもとく、車よりも速やかなるをや。然れば則ち金銀は多くば多き程なおよかるべし。これをもって、衡を持する人、権柄を得ざる時は、多ければ多きに傾き、少なければ少なきに傾きて、同じく人を苦しましむ。もし権柄を得る時は、多少ともに平を得るなり。その故は六府の用に達し、兼并偏重の煩いなければなり。
現代語訳
五事略に載っているところを調べると、長崎の一港だけで、幕府の公認で海外へ出た量は、正保五年から宝永五年までの六十一年間に、金が二百三十九万七千六百両余り、銀が三十七万二千二百九貫目余り、銅は寛文三年から宝永五年までの三十六年間に、一億一万一千百四十九万八千七百斤余りである。この集計の外にあるものは、どれほどあるのか分からない。おおよそ、これの三倍が出ていって、わが国に現在残っているのは三分の一だと言われている。今、ずる賢い商人が自分一人の利益を図るために、たびたび金銀を海外へ漏らしていることは、いたむべきことの甚だしいものである。ああ、金銀が世の害をなすものであろうか。人が金銀に害をなさせているのである。そもそも良い医者は、トリカブトや砒石のような毒物を用いても、よく病を治す。まして、さまざまな物資を運ぶ働きは、船よりも早く、車よりも速いのである。そうであれば、金銀は多ければ多いほど、なおよいはずである。だから、秤を持つ人が権柄を握れないときは、多ければ多い方へ傾き、少なければ少ない方へ傾いて、どちらも同じく人を苦しめる。もし権柄を握っていれば、多くても少なくても、ともに釣り合いを得られる。その理由は、六府の用に行き届き、兼併や偏重の煩いがなくなるからである。
解説

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