価原 / 『価原』平準の要領と費用の源
今天下ノ勢末ヲ追テ金銀ノ便利ヲ知リ其息ヲ積ンデ游手トナランコトヲ冀ヒ米粟布帛ヲ賤ンデ餘分ヲ家ニ蓄ルノ道ヲ知ラザル程ニ上下市井ノ心ニナリテ久安ノ計ニ暇ナクココニ於テ僧ハ佛ヲ賣リ巫ハ神ヲ賣リ學者ハ道ヲ賣リ醫ハ藥ヲ賣リ形ハサマザマカハレドモ心ハ商賈ニ非ラザルハナシカクマデ久シク人ノ心ニ染タル金銀ナレバタトヒ聖人出タリトモ一朝一夕ニ金銀ノ輕ク六府ノ重キヲバ知シメ難カルベシ然リトテ金銀ヲ一切ニ除キ去テ治ヲナセトニハアラズ何トゾ費用多キ所ノ故如何トタヅネ借ルベキ天下ノ源ヲ塞ギ有金ノ家ヲシテ天下ノ百貨ヲ網スルコトヲ得ザラシメテ諸侯ノ國小康ヲ得四民其業ヲ樂ムコトヲ得ベシ是平準ノ要領ナリ
新字:今天下ノ勢末ヲ追テ金銀ノ便利ヲ知リ其息ヲ積ンデ游手トナランコトヲ冀ヒ米粟布帛ヲ賤ンデ余分ヲ家ニ蓄ルノ道ヲ知ラザル程ニ上下市井ノ心ニナリテ久安ノ計ニ暇ナクココニ於テ僧ハ仏ヲ売リ巫ハ神ヲ売リ学者ハ道ヲ売リ医ハ薬ヲ売リ形ハサマザマカハレドモ心ハ商賈ニ非ラザルハナシカクマデ久シク人ノ心ニ染タル金銀ナレバタトヒ聖人出タリトモ一朝一夕ニ金銀ノ軽ク六府ノ重キヲバ知シメ難カルベシ然リトテ金銀ヲ一切ニ除キ去テ治ヲナセトニハアラズ何トゾ費用多キ所ノ故如何トタヅネ借ルベキ天下ノ源ヲ塞ギ有金ノ家ヲシテ天下ノ百貨ヲ網スルコトヲ得ザラシメテ諸侯ノ国小康ヲ得四民其業ヲ楽ムコトヲ得ベシ是平準ノ要領ナリ
書き下し
今天下の勢い、末を追って金銀の便利を知り、その息を積んで游手とならんことを冀い、米粟布帛を賤んで余分を家に蓄うるの道を知らざるほどに、上下市井の心になりて、久安の計に暇なし。ここにおいて、僧は仏を売り、巫は神を売り、学者は道を売り、医は薬を売り、形はさまざま変われども、心は商賈にあらざるはなし。かくまで久しく人の心に染みたる金銀なれば、たとい聖人出でたりとも、一朝一夕に金銀の軽く六府の重きをば知らしめ難かるべし。然りとて金銀を一切に除き去って治をなせとにはあらず。何とぞ費用多き所の故いかんと尋ね、借るべき天下の源を塞ぎ、有金の家をして天下の百貨を網することを得ざらしめて、諸侯の国小康を得、四民その業を楽しむことを得べし。これ平準の要領なり。
現代語訳
今、天下の勢いは枝葉を追って金銀の便利を知り、その利息を積み上げて遊び人になることを願い、米や粟、布や絹を賤しんで、余りを家に蓄える道を知らないほどに、上下とも市井の心になって、長い安泰のための計をする暇がない。そこで、僧は仏を売り、巫は神を売り、学者は道を売り、医者は薬を売り、姿はさまざまに変わっても、心は商人でないものはない。これほどまでに長く人の心に染みついた金銀であるから、たとえ聖人が出たとしても、一朝一夕に、金銀が軽く六府が重いことを知らせるのは難しいであろう。だからといって、金銀を一切取り除いて政治をせよというのではない。どうして費用がかさむのかと原因を尋ね、人が借りなければならなくなる天下の源を塞ぎ、金を持つ家が天下の百貨を網羅できないようにすれば、諸侯の国は小康を得、四民はその業を楽しむことができるであろう。これが平準の要領である。
解説

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価原・『価原』貸し借りで金銀が集まる仕組みここにおいて四民、ただ金銀のみを見てこれに走ること、水の下に赴くがごとし。当今は櫜を建つる世なれば兵馬の功は立つべき様なく、寰宇艾安なれば修文の業も施す所なく、屯を亨し塞を済うの用、文武の徳にも勝る。故に金銀にだに富む人は、無芸無能にても不礼不徳にても、上下に渇仰せらるれば、最も興じ難きは廉恥の風なり。ここにおいてこれを借る者は年々息を出だし、これを貸す者は年々息を収む。貸せば金銀世に散る様なれども、実は本銭を囮にして、もって天下の金銀を羅す。富家の息、年を逐うて増せば、国家の用、年を逐うて乏し。乏しければ上の人、下に求めざることを得ず。上の人下に求むれば、下すなわち上に給す。
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価原・『価原』六府の真貨と庸作の賃上げ和漢古今の相違はあれど、地、物を出すこと依然として、人の身の丈も縮まらず、腹の量も変わらねば、陰陽変理の手を借らば、人々六府の真貨たるを覚り、九年の水七年の旱ともついに支うる道なからんや。今はただ六府の運びとなるべき金銀かえって主となり、平準立ち難く、豊年には豊年に苦しみ、凶年には凶年に苦しむ。仁人位に在ること有りて、あに豊年を苦しむことあらんや。称錘平を得ざる日は、重き物を懸くれば錘さきへ滑り、軽き物を懸くれば錘あとへ隕つるなり。今、奴婢諸物価の貴賤、事微なりといえども、関係小にあらず。国家の権を執れる人、最も心を注ぐべき事なり。庸作の人のにわかに価を増すことは、吾儕身のために憂うることにして、国を有つ者の悦ぶべきことなり。その故は、この機に乗じ、小民をして本業に帰らしめ、兼併の道を察し、農をして専ら力を耕耘に帰せしめ、荒れたるを闢き、堤防を修し、かの寒苦の細民をして、老いたる親、馴れ来し妻子と優游せしめ、同じく太平の余沢に浴せしむべき機あればなり。
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価原・『価原』博奕と賭けごとが広がる太平の世ここにおいて人巧を費やすの道を日日に求めて、金銀を運ぶの巧みようやくなる。博奕・富など言う様のことを興行し、富む者は貯えてその息を取り、富まざる者は営営として東に走り西に走り、天地生生の貯えをただ飲み潰し食い潰し、日を終え年を終う。ついには囲碁・象戯・俳諧様の物までも賭けになり侍りて、殺風景はなはだし。されば金銀の用貴ければその権重し。重うして貴ければ人よくこれを積む。積む者多ければ乏しき者多し。然れば今の多債に困窮することは、金銀多きの致す所なり。金銀は無情の物なれば、人を苦しめん様なし。ただ所置よろしきを失すれば、権傾くの致す所なり。
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価原・『価原』金銀の多少を憂えず用を察する然れば金銀の多少は、強いて国を有つ者の患いとすべきにあらず。唯だ金銀の用は何物ぞ、米粟布帛百の器財庸作の用は何物ぞと察すれば、金銀の盛んに行わるる有益無益、知るべきなり。今、金銀の通用を好むこと、独り日本のみならず、万国同じく然り。万国同じく金銀を好むといえども、金銀の多き事、我が国の如きは稀なり。その徴には、海舶の長崎にて交易する者、価はなはだ廉なり。商買の手に入り売買する日和物の価と相比すれば、海外直廉なる事知るべし。金銀少なければ少なきにて釣り合い、多ければ多き程の釣り合いになる者なり。
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価原・『価原』太平の世に金銀へ向かう心されば戦国の頃は日夜闘争やむこと無かりしかば、手を拱いて人に命を授くべき様もなければ、人は防禦を主として、僧も俗も農も商も、その実は武士なりき。今や昇平の世の中にして、ただ苦しむことは金銀なれば、上下をしなべて、ただ一心専念、金銀にあり。ここにおいて、その形はさまざま変われども、心はいずれか乾没にあらざらん。一得一失の理勢、誠にいかんともすべからざるものなるべし。されば今、天下の事勢を聞くに、いずかたを尋ねても、郡県の人は年々に減り、都会の人は年々に増す由なり。これ衡を取る人の最も眼を着くべき所なり。