価原 / 『価原』貸し借りで金銀が集まる仕組み
ココニ於テ四民唯金銀ノミヲ見テ是レニ走ルコト水ノ下ニ赴クガ如シ當今建櫜ノ世ナレバ兵馬ノ功ハ立ツベキ様ナク寰宇艾安ナレバ修文ノ業モ施ス所ナク屯ヲ亨シ塞ヲ濟フノ用文武ノ德ニモマサル故ニ金銀ニダニ富ル人ハ無藝無能ニテモ不禮不德ニテモ上下ニ渇仰セラルレバ最興ジ難キハ廉恥ノ風ナリココニ於テ是ヲ借ルモノハ年年息ヲ出シコレヲ貸ス者ハ年年息ヲ收ム貸セバ金銀世ニ散ル様ナレドモ實ハ本錢ヲ囮ニシテ以テ天下ノ金銀ヲ羅ス富家ノ息年ヲ逐テ增セバ國家ノ用年ヲ逐テ乏シ乏シケレバ上ノ人下ニ求メザルコトヲ得ズ上ノ人下ニ求ムレバ下乃上ニ給ス
新字:ココニ於テ四民唯金銀ノミヲ見テ是レニ走ルコト水ノ下ニ赴クガ如シ当今建櫜ノ世ナレバ兵馬ノ功ハ立ツベキ様ナク寰宇艾安ナレバ修文ノ業モ施ス所ナク屯ヲ亨シ塞ヲ済フノ用文武ノ徳ニモマサル故ニ金銀ニダニ富ル人ハ無芸無能ニテモ不礼不徳ニテモ上下ニ渇仰セラルレバ最興ジ難キハ廉恥ノ風ナリココニ於テ是ヲ借ルモノハ年年息ヲ出シコレヲ貸ス者ハ年年息ヲ収ム貸セバ金銀世ニ散ル様ナレドモ実ハ本銭ヲ囮ニシテ以テ天下ノ金銀ヲ羅ス富家ノ息年ヲ逐テ增セバ国家ノ用年ヲ逐テ乏シ乏シケレバ上ノ人下ニ求メザルコトヲ得ズ上ノ人下ニ求ムレバ下乃上ニ給ス
書き下し
ここにおいて四民、ただ金銀のみを見てこれに走ること、水の下に赴くがごとし。当今は櫜を建つる世なれば兵馬の功は立つべき様なく、寰宇艾安なれば修文の業も施す所なく、屯を亨し塞を済うの用、文武の徳にも勝る。故に金銀にだに富む人は、無芸無能にても不礼不徳にても、上下に渇仰せらるれば、最も興じ難きは廉恥の風なり。ここにおいてこれを借る者は年々息を出だし、これを貸す者は年々息を収む。貸せば金銀世に散る様なれども、実は本銭を囮にして、もって天下の金銀を羅す。富家の息、年を逐うて増せば、国家の用、年を逐うて乏し。乏しければ上の人、下に求めざることを得ず。上の人下に求むれば、下すなわち上に給す。
現代語訳
こうして士農工商の四民は、ただ金銀だけを見て、水が低い方へ流れるようにそれに走る。今は武具を袋に収めた太平の世であるから、戦での手柄は立てようがなく、天下が治まっているので学問や文教の事業も施す場がない。行き詰まりを通し、ふさがりを救うはたらきは、文武の徳にも勝る。そのため、金銀にさえ富む人は、芸も能もなく、礼も徳もなくても、上も下も仰ぎ慕うので、最も興りにくいのは廉恥の風である。こうして、金を借りる者は年々利息を出し、貸す者は年々利息を受け取る。貸せば金銀が世に散るようであるが、実は元手を囮にして、天下の金銀を網で集めているのである。富家の利息が年を追って増えれば、国家の費用は年を追って乏しくなる。乏しければ、上に立つ人は下に求めないわけにいかない。上の人が下に求めれば、下はそれを上に差し出すことになる。
解説

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価原・『価原』債家が金銀を駆る淵叢のたとえ夫れ富家大なる者は巨万を儲え、小なる者は数金を儲え、小家は数金の家に借り、大家は巨万の家に借る。借る者は本銭にして、収むる者は息を併す。小民の数金、大人の数万、その勢い等しくして、同じく富家のために金銀を駆る者なり。それ叢には雀集まり、淵には魚集まる。叢に雀の集まるものは、鸇外よりこれを駆ればなり。淵に魚の集まるは、獺瀬よりこれを駆ればなり。淵叢の力にて魚雀は集まらざれども、鸇と獺との魚と雀とを好む故に、かえって淵叢に集まるなり。金銀もその如く、富家の力にてはなかなか集まる者に非ず。債家これを駆る故に、倍蓰什佰巨万に至る。そもそも債家、何故にこれを駆るぞなれば、歳計の常に足らざるより成る。歳計の足らざるは、奢侈賄賂、昔に倍して、制度未だ立たず、節倹の道行われざればなり。
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価原・『価原』余布余粟と游手の見分けその悦ぶべきを憂うるは、衡の持し難きに苦しめばなり。かくして人本業に帰ることを得ば、民力専ら農桑に帰し、地力を尽くすことを得て、地の物を生ずることますます多くして、男女に余布余粟有り、金銀偏重の勢いなく、各その力をもって金銀を蓄え、しかして暇日に孝悌忠信の教えを施せば、人米粟布帛の貴きを知り、金銀は通利の物たるを知り、廉恥礼譲の風興すべし。慈愛惻隠の情養うべし。それ人々足る所あれば、食まれず衣られざる金銀を、誰あって息を出し借る者あらん。借る者なければ金銀を貯うる人も游手となりて、産業に成り難きゆえ、これも各四民の務めに本づくなり。金銀通利の上より観れば、有金の人は最も有用の人にして、造化を賛くる上より観れば、頗る游手と相類す。造化の功を賛くること、士の太平を守ると、農工の物を造り出すと、商賈の有無を通ずるほか、みな游手なり。游子勝てば四民の業つかる。四民の業つかるれば国本ついに弱し。
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価原・『価原』金銀の行方と商人に傾く権噫、昔は天下国家を有するをこそ富貴とは申し侍れ。然るに今の有国者は、媚びを素封の家に求め、陶朱・猗頓が徒、斉・魯のごとき国を見ても、おのが家内の出納のごとく思うほどに、貴き者は貧しく賤しき者は富みて、富貴胡越を隔てたり。これをもって今まず金銀に餒る者は諸侯なり。廉恥の風を導かんと欲すとも、倉廩実ちて礼節を知る民なれば、いかでかこれを導き得ん。金銀すでに多く、費用すでに広し。債の多き所なり。古を稽え今を察するに、金銀は当今を盛んなりとす。しかして金銀に窮するも今のごときはなし。故に人々相会えば、ただ金銀のなきを語る。天下に通じて然り。天下に通じて人皆金銀のなきを語らば、いずれの処に隠るるとする。試みに今、金銀のある処を索るに、諸侯の国よりして士農工ともに金を蓄えず。然らば則ち商賈にあること知るべし。商賈一同ならずといえども、その能く巨万を積む者、他にあらず。商賈すでに素封の富を有すれば、千里控撃の権、半ばはすでにその手に帰す。蘇秦・張儀が者流、会計の道をもって往往六国の印を帯ぶ。ここにおいてその徒、身は公門に鞠躬すといえども、心は実に千乗を呑む。その心、農工を見ること奴隷のごとし。ただ彼が見て奴隷のごとくするのみならず、農工もまた彼を仰ぐこと主君のごとし。
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価原・『価原』博奕と賭けごとが広がる太平の世ここにおいて人巧を費やすの道を日日に求めて、金銀を運ぶの巧みようやくなる。博奕・富など言う様のことを興行し、富む者は貯えてその息を取り、富まざる者は営営として東に走り西に走り、天地生生の貯えをただ飲み潰し食い潰し、日を終え年を終う。ついには囲碁・象戯・俳諧様の物までも賭けになり侍りて、殺風景はなはだし。されば金銀の用貴ければその権重し。重うして貴ければ人よくこれを積む。積む者多ければ乏しき者多し。然れば今の多債に困窮することは、金銀多きの致す所なり。金銀は無情の物なれば、人を苦しめん様なし。ただ所置よろしきを失すれば、権傾くの致す所なり。
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価原・『価原』平準の要領と費用の源今天下の勢い、末を追って金銀の便利を知り、その息を積んで游手とならんことを冀い、米粟布帛を賤んで余分を家に蓄うるの道を知らざるほどに、上下市井の心になりて、久安の計に暇なし。ここにおいて、僧は仏を売り、巫は神を売り、学者は道を売り、医は薬を売り、形はさまざま変われども、心は商賈にあらざるはなし。かくまで久しく人の心に染みたる金銀なれば、たとい聖人出でたりとも、一朝一夕に金銀の軽く六府の重きをば知らしめ難かるべし。然りとて金銀を一切に除き去って治をなせとにはあらず。何とぞ費用多き所の故いかんと尋ね、借るべき天下の源を塞ぎ、有金の家をして天下の百貨を網することを得ざらしめて、諸侯の国小康を得、四民その業を楽しむことを得べし。これ平準の要領なり。
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価原・『価原』富人は商賈となり士農は遊手へ移るただしかく傾きし勢いに処するには、金持てるよりよきはなし。金を持つべき様は、乾没にしくはなし。この故に今の富人は十に九は商賈なり。その一つも、外面は異なる様にても、その実みな廃居をつとむ。これに織りて世を渡るに易きは遊手なり。士農工は貧しき者なり。利を見て趨り、害を見て避くるは、天下の通態なり。故に今の士農は本業をうたてに思いなし、十に二三は工商に移り、十に三四は遊手に移る。移れば従前よりは生も遂げ易きほどに、日を逐い年を逐い農を去るの勢いやまず。農減ずれば財減ず。財減ずれば国本薄し。これ郡県の籍年を逐うて減じ、市肆の人日に随って増す所なり。