価原 / 『価原』余布余粟と游手の見分け
其說ブベキヲ憂ルハ衡ノ持シ難キニ苦シメバナリカクシテ人本業ニカヘルコトヲ得バ民力專農桑ニ歸シ地力盡スコトヲ得テ地ノ物ヲ生ズルコトマスマス多クシテ男女餘布餘粟有リ金銀偏重ノ勢ナク各其力ヲ以テ金銀ヲ蓄ヘ然シテ暇日孝悌忠信ノ敎ヲ施セバ人米粟布帛ノ貴キヲ知リ金銀通利ノ物タルヲ知リ廉恥禮讓ノ風興スベシ慈愛惻隱ノ情養フベシ夫人人足ル所アレバ食マレズ衣ラレザル金銀ヲ誰アツテ息ヲ出シ借ル者アラン借ル者ナケレバ金銀ヲ貯ル人モ游手トナリテ産業ニ成難キ故コレモ各四民ノ務ニ本ヅクナリ金銀通利ノ上ヨリ観レバ有金ノ人ハ最有用ノ人ニシテ造化ヲ賛クル上ヨリ観レバ頗ル游手ト相類ス造化ノ功ヲ賛クルヿ士ノ太平ヲ守ルト農工ノ物ヲ造リ出スト商賈ノ有無ヲ通ズル外皆游手ナリ游子勝テバ四民ノ業ツカル四民ノ業ツカルレバ國本終ニ弱シ
新字:其説ブベキヲ憂ルハ衡ノ持シ難キニ苦シメバナリカクシテ人本業ニカヘルコトヲ得バ民力専農桑ニ帰シ地力尽スコトヲ得テ地ノ物ヲ生ズルコトマスマス多クシテ男女余布余粟有リ金銀偏重ノ勢ナク各其力ヲ以テ金銀ヲ蓄ヘ然シテ暇日孝悌忠信ノ教ヲ施セバ人米粟布帛ノ貴キヲ知リ金銀通利ノ物タルヲ知リ廉恥礼譲ノ風興スベシ慈愛惻隠ノ情養フベシ夫人人足ル所アレバ食マレズ衣ラレザル金銀ヲ誰アツテ息ヲ出シ借ル者アラン借ル者ナケレバ金銀ヲ貯ル人モ游手トナリテ産業ニ成難キ故コレモ各四民ノ務ニ本ヅクナリ金銀通利ノ上ヨリ観レバ有金ノ人ハ最有用ノ人ニシテ造化ヲ賛クル上ヨリ観レバ頗ル游手ト相類ス造化ノ功ヲ賛クルヿ士ノ太平ヲ守ルト農工ノ物ヲ造リ出スト商賈ノ有無ヲ通ズル外皆游手ナリ游子勝テバ四民ノ業ツカル四民ノ業ツカルレバ国本終ニ弱シ
書き下し
その悦ぶべきを憂うるは、衡の持し難きに苦しめばなり。かくして人本業に帰ることを得ば、民力専ら農桑に帰し、地力を尽くすことを得て、地の物を生ずることますます多くして、男女に余布余粟有り、金銀偏重の勢いなく、各その力をもって金銀を蓄え、しかして暇日に孝悌忠信の教えを施せば、人米粟布帛の貴きを知り、金銀は通利の物たるを知り、廉恥礼譲の風興すべし。慈愛惻隠の情養うべし。それ人々足る所あれば、食まれず衣られざる金銀を、誰あって息を出し借る者あらん。借る者なければ金銀を貯うる人も游手となりて、産業に成り難きゆえ、これも各四民の務めに本づくなり。金銀通利の上より観れば、有金の人は最も有用の人にして、造化を賛くる上より観れば、頗る游手と相類す。造化の功を賛くること、士の太平を守ると、農工の物を造り出すと、商賈の有無を通ずるほか、みな游手なり。游子勝てば四民の業つかる。四民の業つかるれば国本ついに弱し。
現代語訳
悦ぶべきことを憂えるのは、秤の釣り合いを保ちがたくて苦しむからである。こうして人が本業に帰ることができれば、民の力はもっぱら農と養蚕に帰し、地力を尽くすことができて、土地が物を生み出すことはますます多くなり、男女に余りの布と粟があり、金銀に偏って重きを置く勢いはなくなり、それぞれの力で金銀を蓄え、そのうえ暇な日に孝悌忠信の教えを施せば、人は米や粟、布や絹の貴さを知り、金銀が流通を便利にする物にすぎないと知り、廉恥礼譲の風が興るであろう。慈愛と惻隠の情も養うことができる。そもそも人々に足りるものがあれば、食べることも着ることもできない金銀を、誰が利息を払ってまで借りようとするだろうか。借りる者がいなければ、金銀を貯める人も遊び人となって産業に成りにくいので、これもそれぞれ四民の務めに基づくのである。金銀の流通という面から見れば、金を持つ人はもっとも有用な人だが、天地造化を助けるという面から見れば、遊び人にたいへん似ている。造化の働きを助けるのは、士が太平を守ること、農工が物を造り出すこと、商人が有無を通じさせることであり、これ以外はみな遊び人である。遊び人が勝てば四民の業は疲れ、四民の業が疲れれば、国の本はついに弱くなる。
解説

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価原・『価原』利用厚生と蓄えが失われる世さて人の農に就き工に務め、士上に廉恥礼譲の風を誘い、民下に華靡淫奔の俗を改めば、遊手はいつしか少なくなるべし。これを「生ずる者衆く、食する者寡く、為す者疾く、用いる者舒やか」と言う、すなわち利用のことなり。用を利する者は、その生を厚うせんがためなり。論語に「これを富ます」と言うもの、すなわち厚生なり。今、市肆の日々に栄え、人のいよいよ増すを蕃昌とは言えども、郡県の人も増し市肆の人も増さば、実の蕃昌なるべきに、郡県の人は次第に減じ、市肆の人のみ次第に増し侍らんには、あに感慨の一つならずや。王制、有国の道を説きて、「国に九年の蓄えなきを不足と曰い、六年の蓄えなきを急と曰い、三年の蓄えなきを国その国に非ずと曰う」と謂えり。当今の世は控掣の権、金銀にあり。これをもって、たとい人家に余らん布、余らん粟有りても、これを蓄えんとする人はなし。これ貯えざる人の罪にあらず、金銀の便利、他貨に勝ればなり。便利すでに他貨に勝る、誰か重く高く、運悪しく、息を生ぜざる他貨を貯えんや。この故に民挙げて他貨を売り、貧者は富家の旧債を償い、富者は貧者の求めを待つ。吾儕小人、勢い然らざることを得ず。
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価原・『価原』貸し借りで金銀が集まる仕組みここにおいて四民、ただ金銀のみを見てこれに走ること、水の下に赴くがごとし。当今は櫜を建つる世なれば兵馬の功は立つべき様なく、寰宇艾安なれば修文の業も施す所なく、屯を亨し塞を済うの用、文武の徳にも勝る。故に金銀にだに富む人は、無芸無能にても不礼不徳にても、上下に渇仰せらるれば、最も興じ難きは廉恥の風なり。ここにおいてこれを借る者は年々息を出だし、これを貸す者は年々息を収む。貸せば金銀世に散る様なれども、実は本銭を囮にして、もって天下の金銀を羅す。富家の息、年を逐うて増せば、国家の用、年を逐うて乏し。乏しければ上の人、下に求めざることを得ず。上の人下に求むれば、下すなわち上に給す。
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価原・『価原』遊手が民の膏血を費やす都会都会はかく財宝に富める地なり。遊手ども日日夜夜に集まり会い、文彩・刻鏤・音声・技巧、人の目を奪い心を蕩かすことを巧み衒いて、良民力を尽くして生じ出す者を費やし、人の嚢中の物を釣り出す。ここにおいて釣る者と釣らるる者と、同じく民の膏血を貪り費やす。然れば、金あれば成らざることなしと金を悦ぶ心は、吾儕小人一身を安んずるの計にして、天下国家を有する人の悦びとすることにあらず。金銀の通用は、天地よりして観る時は、左の物を右に移し右の物を左に移すに過ぎずして、布粟器械、昨日まで無きものの今日は天地の間に出来て、造化の功を賛け、飢渇を癒やし、寒暑を禦ぐの功に、何ぞ比ぶべき。
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価原・『価原』雨宿りの木陰と本業の願いたとい悪年にあうとも、みだりに本業をば失うまじ。本業を失わざれば、価に貴賤なきこと能わずとも、また格別のこともあらじ。この故に国家の乏しきという者は、金銀通利の快きに、布粟を積むの人なければなり。布粟を積む人なき者は、金銀を借る人多くして、金銀の利、布粟に倍すればなり。利、布粟に倍して、運輸畜蔵、布粟より便りなり。たとい厳刑をもってこれに臨むとも、この勢いに当たるべからず。今の世の態を見るに、庸作をはじめ、その他の営みにつけても、多くはみなその人の本業にあらず。困苦のため金銀に責められて、已むことを得ずして、しばらくここに雨宿りをし、雨の晴間を待つなり。空少なく晴れ行けば、やがて降るべき空とても、いかでか久しくその木陰には留まるべき。さる程に少しく衣食に休息あれば、女子は嫁し、男子は本業を求め、その務めに服せんことを願うなり。
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価原・『価原』豊凶で揺れる本業と庸作この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
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価原・『価原』財を生ずる大道と四民・遊民大学に、財を生ずる大道を「生ずる者衆く、食う者少なく、為す者疾く、用いる者舒かなれば、則ち財恒に足る」と云えり。これ則ち禹謨の利用の工夫也。国を有つ者、常にこの語を体認せば、天下将に掌を指すに在らんとす。然るを今の世は、何にもならぬ金銀を何にも替えぬ至宝と思うより、只だ上も下も、寝ても寤めても、金銀を聚むるに工夫の外他事なし。人は四民とて士農工商の四に過ぎず。士は上に事え下を教え、礼義を道とし政刑を権とし、社稷を守り国土を安んずる者なり。農は黍稲桑麻を作り出して自他を養い、筋力を以て徭役を務め、余算を得て工商と相通ずる者也。工は天下には色々の器財なくて叶わぬ者故に、朝夕その道を鍛錬し、百の器物を造り出し、民生の用に不自由なき様にする者也。商は農の作り出せる米麦布帛、工の造り出せる百の器械、こなたに余りかなたに足らず、ここにありてかしこになきを通用させて天下の用を成す者なり。この四つの者は一つも闕けては天下の用を成し難し。是を以て人たる者、士農工商の本業に本づき、各々職分を務めて怠らざるを、敬して天に事うるとするなり。この外に遊びて民の用をなさず、天下の物財を費やす者を遊民と云いて、国家の蠧とするなり。