価原 / 『価原』六府の真貨と庸作の賃上げ
和漢古今ノ相違ハアレド地物ヲ出スコト依然トシテ人ノ身ノ長モ縮ラズ腹ノ量モカハラネバ陰陽變理ノ手ヲカラバ人人六府ノ眞貨タルヲ覺リ九年ノ水七年ノ旱トモ終ニササフル道ナカランヤ今ハ唯六府ノ運トナルベキ金銀還テ主トナリ平準立チ難ク豐年ニハ豐年ニ苦ミ凶年ニハ凶年ニ苦ム仁人位ニ在ルコト有テ豈豐年ヲ苦ムコトアランヤ稱錘平ヲ得ザル日ハ重キ物ヲ懸クレバ錘サキヘスベリ輕キ物ヲ懸クレバ錘アトヘ隕ルナリ今奴婢諸物價ノ貴賤事微ナリトイヘドモ關係小ニアラズ國家ノ權ヲ執レル人最心ヲ注グベキ事ナリ庸作ノ人ノ遽ニ價ヲ增スコトハ吾儕身ノ爲ニ憂フルコトニシテ有國者ノ說ブベキコトナリ其故ハ此機ニ乘リ小民ヲシテ本業ニ歸ラシメ兼并ノ道ヲ察シ農ヲシテ專力ヲ耕耘ニ歸セシメ荒タルヲ闢キ堤防ヲ脩シ彼寒苦ノ細民ヲシテ老タル親馴來シ妻子ト優游セシメ同ジク太平ノ餘澤ニ浴セシムベキ機アレバナリ
新字:和漢古今ノ相違ハアレド地物ヲ出スコト依然トシテ人ノ身ノ長モ縮ラズ腹ノ量モカハラネバ陰陽変理ノ手ヲカラバ人人六府ノ真貨タルヲ覚リ九年ノ水七年ノ旱トモ終ニササフル道ナカランヤ今ハ唯六府ノ運トナルベキ金銀還テ主トナリ平準立チ難ク豊年ニハ豊年ニ苦ミ凶年ニハ凶年ニ苦ム仁人位ニ在ルコト有テ豈豊年ヲ苦ムコトアランヤ称錘平ヲ得ザル日ハ重キ物ヲ懸クレバ錘サキヘスベリ軽キ物ヲ懸クレバ錘アトヘ隕ルナリ今奴婢諸物価ノ貴賤事微ナリトイヘドモ関係小ニアラズ国家ノ権ヲ執レル人最心ヲ注グベキ事ナリ庸作ノ人ノ遽ニ価ヲ增スコトハ吾儕身ノ為ニ憂フルコトニシテ有国者ノ説ブベキコトナリ其故ハ此機ニ乗リ小民ヲシテ本業ニ帰ラシメ兼并ノ道ヲ察シ農ヲシテ専力ヲ耕耘ニ帰セシメ荒タルヲ闢キ堤防ヲ脩シ彼寒苦ノ細民ヲシテ老タル親馴来シ妻子ト優游セシメ同ジク太平ノ余沢ニ浴セシムベキ機アレバナリ
書き下し
和漢古今の相違はあれど、地、物を出すこと依然として、人の身の丈も縮まらず、腹の量も変わらねば、陰陽変理の手を借らば、人々六府の真貨たるを覚り、九年の水七年の旱ともついに支うる道なからんや。今はただ六府の運びとなるべき金銀かえって主となり、平準立ち難く、豊年には豊年に苦しみ、凶年には凶年に苦しむ。仁人位に在ること有りて、あに豊年を苦しむことあらんや。称錘平を得ざる日は、重き物を懸くれば錘さきへ滑り、軽き物を懸くれば錘あとへ隕つるなり。今、奴婢諸物価の貴賤、事微なりといえども、関係小にあらず。国家の権を執れる人、最も心を注ぐべき事なり。庸作の人のにわかに価を増すことは、吾儕身のために憂うることにして、国を有つ者の悦ぶべきことなり。その故は、この機に乗じ、小民をして本業に帰らしめ、兼併の道を察し、農をして専ら力を耕耘に帰せしめ、荒れたるを闢き、堤防を修し、かの寒苦の細民をして、老いたる親、馴れ来し妻子と優游せしめ、同じく太平の余沢に浴せしむべき機あればなり。
現代語訳
古今の和漢に違いはあっても、大地が物を産することは変わらず、人の背丈も縮まず、腹の大きさも変わらないので、陰陽を調え治める手を借りるなら、人々は六府こそ真の財貨と悟り、九年の水害や七年の旱魃があっても、ついに支える道がないことがあろうか。今はただ、六府を運ぶ手段となるべき金銀がかえって主となり、物価の平準が立ちがたく、豊年には豊年に苦しみ、凶年には凶年に苦しむ。仁ある人が位にあるのに、どうして豊年に苦しむことがあろうか。秤の錘が釣り合いを得ない日には、重い物を懸けると錘は先へ滑り、軽い物を懸けると錘は後ろへ落ちる。今、奴婢や諸々の物価の高低は、事柄としては小さいが、関係は小さくない。国家の権を執る人が、最も心を注ぐべきことである。日雇いの人が急に賃金を上げることは、我ら自身にとっては憂えることだが、国を治める者にとっては悦ぶべきことである。なぜなら、この機に乗じて、庶民を本業に帰らせ、土地の兼併の道を調べ、農民に専ら耕作に力を注がせ、荒れ地を開き、堤防を修め、あの寒さと苦しみにあえぐ庶民を、年老いた親や慣れ親しんだ妻子とのどかに過ごさせ、同じく太平の恩恵に浴させる機会があるからである。
解説

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価原・『価原』豊凶で揺れる本業と庸作この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
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価原・『価原』豊年の余りを蓄える理誠に一得一失の理にて、昔金銀少なかりし世は諸貨の通利悪しかりしかば、これを運び尽くさずして、凶饑諸災の備えもありき。今金銀多く諸貨の通利自由になりしかば、これを都会に運び尽くして、旧穀新穀に及ぶこと能わず。ゆえに今、控掣の権を取る者は、有金の家これを斂聚すれば、上下財ことごとく竭く。これをもって名は諸侯、米粟を有する者にして、その実は富商に併せられて、わずかの臣民を扶助するに難ず。米粟はもとより満ち易き者にして、もし一年豊熟する時は、穀は食料に贏るものなり。贏る所を蓄えれば、凶年に備うべし。これを売り尽くすに至りては、豊年の後の年、凶年の後の年に異なることなし。これ天下の良民、金銀のために游手の奴隷となる所なり。
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価原・『価原』島に銭を入れても豊かにならない金銀貴くして六府賤し。六府賤しくして国本薄し。姑くその故を説くべし。譬えばここに一島あり、土地人民足り、米粟布帛魚塩、他島を仮らず一切事足り、唯だ金銀のみ無からんに、民、粟を以て器械庸作に易えて、金銀の貴きをも知らで立たざる事やはあるべき。追々に銭一万を入れて他の用を通ぜんに、一万の銭、その一島の用を足らしむべし。これより増して十万に至らば、十万の銭、その一島の用と釣り合いをなして、一万の銭、決して一島の用を弁ぜじ。その初めは島の諸用、一万の銭と釣り合いをなし、米一石五百銭に当たらば、その五百銭以て一奴を買うべし。又入れて十万に至る日は、一石の米五千銭に釣り合うべし。この時、五百の銭わずかに数十日の人を雇うに過ぎじ。然れば前の五百銭持てると後の五千銭持てると、数は一倍すれども用は異なることなし。乃至増して千万億なりとも、一島に出す所の米粟布帛多きを増さじ。米粟布帛多きを増さずして、独り金銀のみ増さんに、多きと少きと変わる事はなく、多ければ多き程、頻しきを増し、その多き金銀に就きて游手を増し、天地より生ずる財を費やす者、次第に出来るべし。我が国の昔も幣はなくて立ちしなり。和銅の比、大宰府及び播磨より始めて銅銭を献ぜしに、これを民間に敷き、民に交関せしめし時は、穀六升に付き一文なりしとかや。
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価原・『価原』金銀の多少と物価・漢の米価蝦夷などは今にその土地の産物を出して、我が米穀・煙酒に替えて、銭を用いずとなり。この故に、金銀多ければ物価貴し、金銭少なければ物価賤し。物価賤きは金銀の貴きなり、物価貴きは金銀の賤きなり。諸工の造り出す所の者を見るに、古代の物は精巧にして今の者は粗悪なり。これ、その用の広きより起こるといえども、半ばは金銀の賤しうして物価の貴きに係れり。されば漢の初め、天下に縦にして恣に銭を鋳さしめしかば、米一石五千銭に至りしなり。漢の一石と云うは、今の京升にては大概一斗程の事なり。その後、弊の勢いを抑え、段々人を農にかえし、趙過など云う人出で、農の道を教え、耕を勧め、代田を復し、後には一石の価五銭に至りしなり。
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価原・『価原』平準の要領と費用の源今天下の勢い、末を追って金銀の便利を知り、その息を積んで游手とならんことを冀い、米粟布帛を賤んで余分を家に蓄うるの道を知らざるほどに、上下市井の心になりて、久安の計に暇なし。ここにおいて、僧は仏を売り、巫は神を売り、学者は道を売り、医は薬を売り、形はさまざま変われども、心は商賈にあらざるはなし。かくまで久しく人の心に染みたる金銀なれば、たとい聖人出でたりとも、一朝一夕に金銀の軽く六府の重きをば知らしめ難かるべし。然りとて金銀を一切に除き去って治をなせとにはあらず。何とぞ費用多き所の故いかんと尋ね、借るべき天下の源を塞ぎ、有金の家をして天下の百貨を網することを得ざらしめて、諸侯の国小康を得、四民その業を楽しむことを得べし。これ平準の要領なり。
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価原・『価原』雨宿りの木陰と本業の願いたとい悪年にあうとも、みだりに本業をば失うまじ。本業を失わざれば、価に貴賤なきこと能わずとも、また格別のこともあらじ。この故に国家の乏しきという者は、金銀通利の快きに、布粟を積むの人なければなり。布粟を積む人なき者は、金銀を借る人多くして、金銀の利、布粟に倍すればなり。利、布粟に倍して、運輸畜蔵、布粟より便りなり。たとい厳刑をもってこれに臨むとも、この勢いに当たるべからず。今の世の態を見るに、庸作をはじめ、その他の営みにつけても、多くはみなその人の本業にあらず。困苦のため金銀に責められて、已むことを得ずして、しばらくここに雨宿りをし、雨の晴間を待つなり。空少なく晴れ行けば、やがて降るべき空とても、いかでか久しくその木陰には留まるべき。さる程に少しく衣食に休息あれば、女子は嫁し、男子は本業を求め、その務めに服せんことを願うなり。