価原 / 『価原』財を生ずる大道と四民・遊民
大學ニ財ヲ生ズル大道ヲ生之者衆、食之者少、爲之者疾、用之者舒、則財恒足矣トイヘリ是則禹謨ノ利用ノ工夫也有國者常ニ此語ヲ體認セバ天下將ニ指掌ニ在ントス然ルヲ今ノ世ハ何ニモナラヌ金銀ヲ何ニモカエヌ至寶ト思フヨリ只上モ下モ寐テモ寤テモ金銀ヲ聚ルニ工夫ノ外他事ナシ人ハ四民トテ士農工商ノ四ニ過ズ士ハ上ニ事ヘ下ヲ敎エ禮義ヲ道トシ政刑ヲ權トシ社稷ヲ守リ國土ヲ安ンズル者ナリ農ハ黍稻桑麻ヲ作リ出シテ自他ヲ養ヒ、筋力ヲ以テ徭役ヲ務メ餘算ヲ得テ工商ト相通ズル者也工ハ天下ニハ色色ノ器財ナクテカナハヌ者故ニ朝夕其道ヲ鍛鍊シ百ノ器物ヲ造リ出シ民生ノ用ニ不自由ナキ様ニスル者也商ハ農ノックリ出セル米麥布帛工ノ造リ出セル百ノ器械コナタニ餘リカナタニ足ラズ此ニアリ彼ニナキヲ通用サセテ天下ノ用ヲ成ス者ナリ此四ッノ者ハ一ッモ闕テハ天下ノ用ヲ成シガタシ是ヲ以テ人タル者士農工商ノ本業ニ本ヅキ各職分ヲ務メテ怠ラザルヲ敬テ天ニ事フルトスルナリ此外ニ遊ビテ民ノ用ヲナサズ天下ノ物財ヲ費ス者ヲ遊民ト云テ國家ノ蠧トスルナリ
新字:大学ニ財ヲ生ズル大道ヲ生之者衆、食之者少、為之者疾、用之者舒、則財恒足矣トイヘリ是則禹謨ノ利用ノ工夫也有国者常ニ此語ヲ体認セバ天下将ニ指掌ニ在ントス然ルヲ今ノ世ハ何ニモナラヌ金銀ヲ何ニモカエヌ至宝ト思フヨリ只上モ下モ寐テモ寤テモ金銀ヲ聚ルニ工夫ノ外他事ナシ人ハ四民トテ士農工商ノ四ニ過ズ士ハ上ニ事ヘ下ヲ教エ礼義ヲ道トシ政刑ヲ権トシ社稷ヲ守リ国土ヲ安ンズル者ナリ農ハ黍稲桑麻ヲ作リ出シテ自他ヲ養ヒ、筋力ヲ以テ徭役ヲ務メ余算ヲ得テ工商ト相通ズル者也工ハ天下ニハ色色ノ器財ナクテカナハヌ者故ニ朝夕其道ヲ鍛錬シ百ノ器物ヲ造リ出シ民生ノ用ニ不自由ナキ様ニスル者也商ハ農ノックリ出セル米麦布帛工ノ造リ出セル百ノ器械コナタニ余リカナタニ足ラズ此ニアリ彼ニナキヲ通用サセテ天下ノ用ヲ成ス者ナリ此四ッノ者ハ一ッモ闕テハ天下ノ用ヲ成シガタシ是ヲ以テ人タル者士農工商ノ本業ニ本ヅキ各職分ヲ務メテ怠ラザルヲ敬テ天ニ事フルトスルナリ此外ニ遊ビテ民ノ用ヲナサズ天下ノ物財ヲ費ス者ヲ遊民ト云テ国家ノ蠹トスルナリ
書き下し
大学に、財を生ずる大道を「生ずる者衆く、食う者少なく、為す者疾く、用いる者舒かなれば、則ち財恒に足る」と云えり。これ則ち禹謨の利用の工夫也。国を有つ者、常にこの語を体認せば、天下将に掌を指すに在らんとす。然るを今の世は、何にもならぬ金銀を何にも替えぬ至宝と思うより、只だ上も下も、寝ても寤めても、金銀を聚むるに工夫の外他事なし。人は四民とて士農工商の四に過ぎず。士は上に事え下を教え、礼義を道とし政刑を権とし、社稷を守り国土を安んずる者なり。農は黍稲桑麻を作り出して自他を養い、筋力を以て徭役を務め、余算を得て工商と相通ずる者也。工は天下には色々の器財なくて叶わぬ者故に、朝夕その道を鍛錬し、百の器物を造り出し、民生の用に不自由なき様にする者也。商は農の作り出せる米麦布帛、工の造り出せる百の器械、こなたに余りかなたに足らず、ここにありてかしこになきを通用させて天下の用を成す者なり。この四つの者は一つも闕けては天下の用を成し難し。是を以て人たる者、士農工商の本業に本づき、各々職分を務めて怠らざるを、敬して天に事うるとするなり。この外に遊びて民の用をなさず、天下の物財を費やす者を遊民と云いて、国家の蠧とするなり。
現代語訳
大学に、財を生み出す大きな道として、「財を生み出す者が多く、それを消費する者が少なく、作る者が速やかで、用いる者がゆったりしていれば、財はいつも足りる」とある。これはつまり禹謨の利用の工夫である。国を治める者が常にこの言葉を身につければ、天下を治めることは手のひらを指すように容易になろう。ところが今の世は、何の役にも立たない金銀を、何にも替えられない最上の宝と思い込んでいるため、ただ上も下も、寝ても覚めても、金銀を集めることに工夫を凝らすばかりで、ほかのことはない。人には四民、すなわち士農工商の四つしかない。士は上に仕え下を教え、礼儀を道とし、政治と刑罰を権として、国家を守り国土を安んじる者である。農は黍、稲、桑、麻を作り出して自他を養い、力をもって労役を務め、余りを得て工や商と取り引きする者である。工は、世の中にはさまざまな道具がなくてはならないので、朝夕その技を鍛え、あらゆる道具を作り出し、民の暮らしに不自由がないようにする者である。商は、農が作り出す米や麦や布、工が作り出すあらゆる道具が、こちらでは余り、あちらでは足りないとき、ここにあってあちらにないものを行き渡らせて天下の用を成す者である。この四つの者は、一つでも欠けると天下の用を成しにくい。だから人たる者は、士農工商の本業に基づき、それぞれの職分を務めて怠らないことを、天を敬って仕えることとするのである。このほかに、遊んで民の用をなさず、天下の物や財を費やす者を遊民といい、国家の蝕む虫とするのである。
解説

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