価原 / 『価原』遊手が民の膏血を費やす都会
都會ハカク財寶ニ富ル地ナリ游手トモ日日夜夜ニ聚リ會ヒ文彩刻鏤音聲技巧人ノ目ヲ奪ヒ心ヲ蕩カスヿヲ巧ミ衒ヒテ良民力ヲ盡シテ生出スル者ヲ費シ人ノ囊中ノ物ヲ鈎リ出スコ、ニ於テ鈎ル者ト鈎ラル、者ト同ジク民ノ膏血ヲ貪リ費ス然レバ金アレバ成ザルヿナシト金ヲ悦ブ心ハ吾儕小人一身ヲ安ンズルノ計ニシテ天下國家ヲ有スル人ノ悦ビトスルヿニアラズ金銀ノ通用ハ天地ヨリシテ觀ル時ハ左ノ物ヲ右ニ移シ右ノ物ヲ左ニ移スニ過ズシテ布粟器械昨日マデナキモノノ今日ハ天地ノ間ニ出來テ造化ノ功ヲ賛ケ饑渴ヲ愈ヤシ寒暑ヲ禦グノ功ニ何ゾタクラブベキ
新字:都会ハカク財宝ニ富ル地ナリ游手トモ日日夜夜ニ聚リ会ヒ文彩刻鏤音声技巧人ノ目ヲ奪ヒ心ヲ蕩カスヿヲ巧ミ衒ヒテ良民力ヲ尽シテ生出スル者ヲ費シ人ノ嚢中ノ物ヲ鈎リ出スコ、ニ於テ鈎ル者ト鈎ラル、者ト同ジク民ノ膏血ヲ貪リ費ス然レバ金アレバ成ザルヿナシト金ヲ悦ブ心ハ吾儕小人一身ヲ安ンズルノ計ニシテ天下国家ヲ有スル人ノ悦ビトスルヿニアラズ金銀ノ通用ハ天地ヨリシテ観ル時ハ左ノ物ヲ右ニ移シ右ノ物ヲ左ニ移スニ過ズシテ布粟器械昨日マデナキモノノ今日ハ天地ノ間ニ出来テ造化ノ功ヲ賛ケ饑渇ヲ愈ヤシ寒暑ヲ禦グノ功ニ何ゾタクラブベキ
書き下し
都会はかく財宝に富める地なり。遊手ども日日夜夜に集まり会い、文彩・刻鏤・音声・技巧、人の目を奪い心を蕩かすことを巧み衒いて、良民力を尽くして生じ出す者を費やし、人の嚢中の物を釣り出す。ここにおいて釣る者と釣らるる者と、同じく民の膏血を貪り費やす。然れば、金あれば成らざることなしと金を悦ぶ心は、吾儕小人一身を安んずるの計にして、天下国家を有する人の悦びとすることにあらず。金銀の通用は、天地よりして観る時は、左の物を右に移し右の物を左に移すに過ぎずして、布粟器械、昨日まで無きものの今日は天地の間に出来て、造化の功を賛け、飢渇を癒やし、寒暑を禦ぐの功に、何ぞ比ぶべき。
現代語訳
都会は、このように財宝に富む地である。遊手どもが日夜集まり、美しい彩り、彫り飾り、音楽、技巧など、人の目を奪い心をとろかすものを巧みに見せびらかし、良民が力を尽くして作り出した物を費やし、人の袋の中の物を釣り出す。こうして、釣る者と釣られる者とは、ともに民の血のにじむ財を貪り費やすことになる。そうであれば、金があれば成らないことはないと金を喜ぶ心は、われら小人が一身を安らかにするための計らいであって、天下国家を持つ人の喜びとすることではない。金銀の通用は、天地の側から見るなら、左の物を右に移し、右の物を左に移すにすぎない。それに対して布や粟、器や道具は、昨日まで無かった物が今日は天地の間に生まれ出て、造化(自然の営み)の働きを助け、飢えや渇きを癒やし、寒さ暑さを防ぐ。その働きに、金銀の通用がどうして比べられようか。
解説

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価原・『価原』余布余粟と游手の見分けその悦ぶべきを憂うるは、衡の持し難きに苦しめばなり。かくして人本業に帰ることを得ば、民力専ら農桑に帰し、地力を尽くすことを得て、地の物を生ずることますます多くして、男女に余布余粟有り、金銀偏重の勢いなく、各その力をもって金銀を蓄え、しかして暇日に孝悌忠信の教えを施せば、人米粟布帛の貴きを知り、金銀は通利の物たるを知り、廉恥礼譲の風興すべし。慈愛惻隠の情養うべし。それ人々足る所あれば、食まれず衣られざる金銀を、誰あって息を出し借る者あらん。借る者なければ金銀を貯うる人も游手となりて、産業に成り難きゆえ、これも各四民の務めに本づくなり。金銀通利の上より観れば、有金の人は最も有用の人にして、造化を賛くる上より観れば、頗る游手と相類す。造化の功を賛くること、士の太平を守ると、農工の物を造り出すと、商賈の有無を通ずるほか、みな游手なり。游子勝てば四民の業つかる。四民の業つかるれば国本ついに弱し。
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価原・『価原』博奕と賭けごとが広がる太平の世ここにおいて人巧を費やすの道を日日に求めて、金銀を運ぶの巧みようやくなる。博奕・富など言う様のことを興行し、富む者は貯えてその息を取り、富まざる者は営営として東に走り西に走り、天地生生の貯えをただ飲み潰し食い潰し、日を終え年を終う。ついには囲碁・象戯・俳諧様の物までも賭けになり侍りて、殺風景はなはだし。されば金銀の用貴ければその権重し。重うして貴ければ人よくこれを積む。積む者多ければ乏しき者多し。然れば今の多債に困窮することは、金銀多きの致す所なり。金銀は無情の物なれば、人を苦しめん様なし。ただ所置よろしきを失すれば、権傾くの致す所なり。
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価原・『価原』金銀の美と国外への流出金銀もと美物、国家を有つ人は布粟金銀府庫に満ち、下をして兼併偏重の勢いなからしめば、用を通ずる能、まことに諸貨の及ぶところにあらず。軍中の捷利、民間の必用、国を有つ者の欠ぐべき者にあらず。それ金の山にある、土石の精英にして至って得難し。至美至重にして万国みな望みをこれに属す。しかればこれを得んもの、土石のごとく思わんこと、下、人巧の労疲を察せず、上、造化の精英を貪り、国を有つ者は国を傾け、家を有つ者は家を破る。かつ各国その境界あり、界を出る者は再び帰らず。最も憚らざるべけんや。
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価原・『価原』金銀の行方と商人に傾く権噫、昔は天下国家を有するをこそ富貴とは申し侍れ。然るに今の有国者は、媚びを素封の家に求め、陶朱・猗頓が徒、斉・魯のごとき国を見ても、おのが家内の出納のごとく思うほどに、貴き者は貧しく賤しき者は富みて、富貴胡越を隔てたり。これをもって今まず金銀に餒る者は諸侯なり。廉恥の風を導かんと欲すとも、倉廩実ちて礼節を知る民なれば、いかでかこれを導き得ん。金銀すでに多く、費用すでに広し。債の多き所なり。古を稽え今を察するに、金銀は当今を盛んなりとす。しかして金銀に窮するも今のごときはなし。故に人々相会えば、ただ金銀のなきを語る。天下に通じて然り。天下に通じて人皆金銀のなきを語らば、いずれの処に隠るるとする。試みに今、金銀のある処を索るに、諸侯の国よりして士農工ともに金を蓄えず。然らば則ち商賈にあること知るべし。商賈一同ならずといえども、その能く巨万を積む者、他にあらず。商賈すでに素封の富を有すれば、千里控撃の権、半ばはすでにその手に帰す。蘇秦・張儀が者流、会計の道をもって往往六国の印を帯ぶ。ここにおいてその徒、身は公門に鞠躬すといえども、心は実に千乗を呑む。その心、農工を見ること奴隷のごとし。ただ彼が見て奴隷のごとくするのみならず、農工もまた彼を仰ぐこと主君のごとし。
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価原・『価原』利用厚生と蓄えが失われる世さて人の農に就き工に務め、士上に廉恥礼譲の風を誘い、民下に華靡淫奔の俗を改めば、遊手はいつしか少なくなるべし。これを「生ずる者衆く、食する者寡く、為す者疾く、用いる者舒やか」と言う、すなわち利用のことなり。用を利する者は、その生を厚うせんがためなり。論語に「これを富ます」と言うもの、すなわち厚生なり。今、市肆の日々に栄え、人のいよいよ増すを蕃昌とは言えども、郡県の人も増し市肆の人も増さば、実の蕃昌なるべきに、郡県の人は次第に減じ、市肆の人のみ次第に増し侍らんには、あに感慨の一つならずや。王制、有国の道を説きて、「国に九年の蓄えなきを不足と曰い、六年の蓄えなきを急と曰い、三年の蓄えなきを国その国に非ずと曰う」と謂えり。当今の世は控掣の権、金銀にあり。これをもって、たとい人家に余らん布、余らん粟有りても、これを蓄えんとする人はなし。これ貯えざる人の罪にあらず、金銀の便利、他貨に勝ればなり。便利すでに他貨に勝る、誰か重く高く、運悪しく、息を生ぜざる他貨を貯えんや。この故に民挙げて他貨を売り、貧者は富家の旧債を償い、富者は貧者の求めを待つ。吾儕小人、勢い然らざることを得ず。
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価原・『価原』欲に限りがあり財には限りがある事、両ながら全うし難ければ、廉恥の風荒めば、人、賄賂を好む。礼譲の教え至らざれば、人、争奪を好む。制度立つことなければ、華奢、等を踰ゆ。今、その好むを好むに任せ、踰ゆるを踰ゆるに任せ、限りなき人の欲を、極まり有る財宝にて償わんことを求めば、天下の大山高岳をして尽く金を出ださしむるとも、米粟布帛の至宝を生ずる者をしてその業を棄てしめ、衣食器械にもならざる物に人巧を費やさしむるに過ぎず。これをもって今たとい金銀をして天下の米粟布帛のごとく多からしむとも、世ただ債数の多くなるまでにて、至宝の生路は日々に薄く、人の賑わうことは有るまじきなり。