価原 / 『価原』豊凶で揺れる本業と庸作
此故ニ郡縣布粟ニ餘計ナク都會積聚ニ蠧蟲アリ穀ハ滿易シテ減リ易シサ、ルニヨツテ一年年登レバ天下ニ穀滿ツ一年年儉ナレバ郡縣穀盡ク滿レバ人人糧乏シカラヌ程ニ各職ニ就テ本業ニ歸センコトヲ思フ盡レバ糧ニ仰グ所ナキ程ニ壯者ハ庸作ニ餬ヒ弱者ハ乞丐ニ餬フ本業ヲ捨テテ餘業ニ餬フハ勢ノ已ムコトヲ得ザルニ出デテ其本心ニアラズ故ニ年登ルヲ見レバ遠客ノ歸舟ニ逢フガ如ク餘業ヲ捨テテ本業ニ歸ラントスル程ニ庸作スル者希ニシテ餘業ヲ務ル者怠ルココニ於テ諸價皆騰貴ス然フシテ一年穀熟セザレバ雨後潦水忽涸ルルガ如ク又本業ヲステテ餘業ニ走ルココニ於テ諸價又賤シ畢竟民一年立ニナリテ定レル業ノ餬フニ足ル者ナケレバ也夫人情誰レカ本業ニ歸シ安キニ就クコトヲ願ハザル者アランヤ是郡縣ニ凶饑ノ備ナク一度ハ本業ニツキ一度ハ本業ヲ離ルレバナリモシ眞ノ太平ヲ得ントナラバ金銀ノ通利ヲ貴バズ餘布餘粟民家ニ畜ヘシムベシ
新字:此故ニ郡県布粟ニ余計ナク都会積聚ニ蠹虫アリ穀ハ満易シテ減リ易シサ、ルニヨツテ一年年登レバ天下ニ穀満ツ一年年倹ナレバ郡県穀尽ク満レバ人人糧乏シカラヌ程ニ各職ニ就テ本業ニ帰センコトヲ思フ尽レバ糧ニ仰グ所ナキ程ニ壮者ハ庸作ニ餬ヒ弱者ハ乞丐ニ餬フ本業ヲ捨テテ余業ニ餬フハ勢ノ已ムコトヲ得ザルニ出デテ其本心ニアラズ故ニ年登ルヲ見レバ遠客ノ帰舟ニ逢フガ如ク余業ヲ捨テテ本業ニ帰ラントスル程ニ庸作スル者希ニシテ余業ヲ務ル者怠ルココニ於テ諸価皆騰貴ス然フシテ一年穀熟セザレバ雨後潦水忽涸ルルガ如ク又本業ヲステテ余業ニ走ルココニ於テ諸価又賤シ畢竟民一年立ニナリテ定レル業ノ餬フニ足ル者ナケレバ也夫人情誰レカ本業ニ帰シ安キニ就クコトヲ願ハザル者アランヤ是郡県ニ凶饑ノ備ナク一度ハ本業ニツキ一度ハ本業ヲ離ルレバナリモシ真ノ太平ヲ得ントナラバ金銀ノ通利ヲ貴バズ余布余粟民家ニ畜ヘシムベシ
書き下し
この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
現代語訳
こういうわけで、郡県には布や粟に余りがなく、都会に積み集められたものには虫が付く。穀物は満ちやすく、減りやすい。そのため、一年豊作であれば天下に穀物が満ち、一年不作であれば郡県の穀物は尽きる。穀物が満ちれば、人々は食糧に乏しくないので、それぞれ職に就いて本業に帰ろうと思う。尽きれば食糧を頼れるところがないので、壮健な者は日雇いの労働で食いつなぎ、弱い者は物乞いで食いつなぐ。本業を捨てて副業で食べるのは、やむを得ない成り行きから出たことで、その本心ではない。だから、豊作を見ると、遠方の客が帰る船に出会ったかのように、副業を捨てて本業に帰ろうとするため、日雇いをする者は稀になり、副業に励む者は怠ける。そこで諸々の物価はみな高騰する。ところが一年穀物が実らないと、雨後の水たまりがたちまち干上がるように、再び本業を捨てて副業に走る。そこで諸々の物価はまた安くなる。結局、民が一年立になって、定まった生業で食べていける者がいないからである。そもそも人情として、誰が本業に帰り安定に就くことを願わないことがあろうか。郡県に凶作飢饉の備えがなく、一度は本業に就き、一度は本業を離れるからである。もし真の太平を得ようとするなら、金銀が流通して便利であることを尊ぶのではなく、余りの布や粟を民家に蓄えさせるべきである。
解説

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