価原 / 『価原』米も人も都会へ輸される郡県
我見聞スル所ヲ以テコレヲ云ニ此アタリニテモ七八十年以前ハ京畿大阪ノ邊ヨリ兒女ヲツレ下リ家ニツカヒテ近キ頃迄モ多カリキ今其子孫猶幾モ有リ今ハコレヨリ只管ニ上ルヿバカリニテ下ルヿハナシ事小ナルニ似タリトイヘドモ時勢ノ變見ツベシ財貨控掣ノ權已ニ商賈ニ屬スレバ米粟布帛魚鹽百品生ズルヲヲソシト皆都會ノ地ニ向テ輸ス輸スルアトハ貧家ハ初ヨリ衣食ニ足ラズ富家ハ纔ニ其年衣食ノ料ヲ留メテ賣ル程ニ農家ノ餘計地ヲ拂ツテ空ク輸スルムカフハ財寶四方ヨリ輻湊スル程ニ諸貨常ニ餘計ヲ貯ヘ其糴ヲ停ムレバ國郡食ニ乏シ糴ヲ拒ム日ハ郡縣金銀ヲ仰グ所ナシコレヲ以テ郡縣餘計ナケレバ惟是ヲ都會ニ恃ム都會又之ヲ巨商ニ恃ム郡縣已ニ財寶ニ餘計ナキ程ニ貧民皆本業ヲ捨テ、金銀ヲ營ム營ミ得テ穀郡縣ニカヘル時價前ヨリ貴ク量前ヨリ減ズコレニ加フルニ送迎ノ費又幾ゾヤ
新字:我見聞スル所ヲ以テコレヲ云ニ此アタリニテモ七八十年以前ハ京畿大阪ノ辺ヨリ児女ヲツレ下リ家ニツカヒテ近キ頃迄モ多カリキ今其子孫猶幾モ有リ今ハコレヨリ只管ニ上ルヿバカリニテ下ルヿハナシ事小ナルニ似タリトイヘドモ時勢ノ変見ツベシ財貨控掣ノ権已ニ商賈ニ属スレバ米粟布帛魚塩百品生ズルヲヲソシト皆都会ノ地ニ向テ輸ス輸スルアトハ貧家ハ初ヨリ衣食ニ足ラズ富家ハ纔ニ其年衣食ノ料ヲ留メテ売ル程ニ農家ノ余計地ヲ払ツテ空ク輸スルムカフハ財宝四方ヨリ輻湊スル程ニ諸貨常ニ余計ヲ貯ヘ其糴ヲ停ムレバ国郡食ニ乏シ糴ヲ拒ム日ハ郡県金銀ヲ仰グ所ナシコレヲ以テ郡県余計ナケレバ惟是ヲ都会ニ恃ム都会又之ヲ巨商ニ恃ム郡県已ニ財宝ニ余計ナキ程ニ貧民皆本業ヲ捨テ、金銀ヲ営ム営ミ得テ穀郡県ニカヘル時価前ヨリ貴ク量前ヨリ減ズコレニ加フルニ送迎ノ費又幾ゾヤ
書き下し
我見聞する所をもってこれを言うに、このあたりにても七八十年以前は、京畿・大阪の辺りより児女を連れ下り、家に使いて、近き頃までも多かりき。今その子孫なお幾ばくも有り。今はこれよりただひたすらに上ることばかりにて、下ることはなし。事小なるに似たりといえども、時勢の変見つべし。財貨控掣の権、すでに商賈に属すれば、米粟布帛魚塩百品、生ずるをおそしと、皆都会の地に向かいて輸す。輸するあとは、貧家は初めより衣食に足らず、富家はわずかにその年衣食の料を留めて売るほどに、農家の余計の地を払って空しく輸す。向かうは財宝四方より輻湊するほどに、諸貨常に余計を貯え、その糴を停むれば、国郡食に乏し。糴を拒む日は郡県、金銀を仰ぐ所なし。これをもって郡県余計なければ、ただこれを都会に恃む。都会またこれを巨商に恃む。郡県すでに財宝に余計なきほどに、貧民みな本業を捨てて金銀を営む。営み得て穀郡県に帰る時、価前より貴く、量前より減ず。これに加うるに、送迎の費またいくばくぞや。
現代語訳
私が見聞きしたところから言うと、この辺りでも七、八十年前は、京畿や大阪のあたりから子どもや女たちを連れて下り、家に使うことが、近ごろまで多かった。今もその子孫が少なからずいる。今はこちらから上ることばかりで、下ることはない。事は小さいようであるが、時勢の変化を見て取れる。財貨を引き寄せ支配する権がすでに商人に属しているので、米、粟、布、絹、魚、塩などあらゆる品が、生まれるやいなや、みな都会の地へ向けて運ばれる。運び出したあとは、貧しい家は初めから衣食に足りず、富んだ家はわずかにその年の衣食の分を留めて売るので、農家の余りの土地を払い尽くして空しく運び出す。運び込まれた先では、財宝が四方から集まるので、さまざまな品を常に余分に蓄え、米の買い入れを止めれば、国や郡は食に乏しくなる。買い入れを拒む日、郡県は金銀を仰ぐ所がない。そのため、郡県は余分がなければ、ただ都会を頼む。都会はまたこれを大商人に頼む。郡県にはすでに財宝の余分がないので、貧しい民はみな本業を捨てて金銀を稼ぐ営みに走る。営みを得て穀物が郡県に帰るとき、値は前より高く、量は前より減っている。これに加えて、送り迎えの費用がまたどれほどかかることか。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
価原・『価原』豊年の余りを蓄える理誠に一得一失の理にて、昔金銀少なかりし世は諸貨の通利悪しかりしかば、これを運び尽くさずして、凶饑諸災の備えもありき。今金銀多く諸貨の通利自由になりしかば、これを都会に運び尽くして、旧穀新穀に及ぶこと能わず。ゆえに今、控掣の権を取る者は、有金の家これを斂聚すれば、上下財ことごとく竭く。これをもって名は諸侯、米粟を有する者にして、その実は富商に併せられて、わずかの臣民を扶助するに難ず。米粟はもとより満ち易き者にして、もし一年豊熟する時は、穀は食料に贏るものなり。贏る所を蓄えれば、凶年に備うべし。これを売り尽くすに至りては、豊年の後の年、凶年の後の年に異なることなし。これ天下の良民、金銀のために游手の奴隷となる所なり。
-
価原・『価原』金銀の行方と商人に傾く権噫、昔は天下国家を有するをこそ富貴とは申し侍れ。然るに今の有国者は、媚びを素封の家に求め、陶朱・猗頓が徒、斉・魯のごとき国を見ても、おのが家内の出納のごとく思うほどに、貴き者は貧しく賤しき者は富みて、富貴胡越を隔てたり。これをもって今まず金銀に餒る者は諸侯なり。廉恥の風を導かんと欲すとも、倉廩実ちて礼節を知る民なれば、いかでかこれを導き得ん。金銀すでに多く、費用すでに広し。債の多き所なり。古を稽え今を察するに、金銀は当今を盛んなりとす。しかして金銀に窮するも今のごときはなし。故に人々相会えば、ただ金銀のなきを語る。天下に通じて然り。天下に通じて人皆金銀のなきを語らば、いずれの処に隠るるとする。試みに今、金銀のある処を索るに、諸侯の国よりして士農工ともに金を蓄えず。然らば則ち商賈にあること知るべし。商賈一同ならずといえども、その能く巨万を積む者、他にあらず。商賈すでに素封の富を有すれば、千里控撃の権、半ばはすでにその手に帰す。蘇秦・張儀が者流、会計の道をもって往往六国の印を帯ぶ。ここにおいてその徒、身は公門に鞠躬すといえども、心は実に千乗を呑む。その心、農工を見ること奴隷のごとし。ただ彼が見て奴隷のごとくするのみならず、農工もまた彼を仰ぐこと主君のごとし。
-
価原・『価原』豊凶で揺れる本業と庸作この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
-
価原・『価原』富人は商賈となり士農は遊手へ移るただしかく傾きし勢いに処するには、金持てるよりよきはなし。金を持つべき様は、乾没にしくはなし。この故に今の富人は十に九は商賈なり。その一つも、外面は異なる様にても、その実みな廃居をつとむ。これに織りて世を渡るに易きは遊手なり。士農工は貧しき者なり。利を見て趨り、害を見て避くるは、天下の通態なり。故に今の士農は本業をうたてに思いなし、十に二三は工商に移り、十に三四は遊手に移る。移れば従前よりは生も遂げ易きほどに、日を逐い年を逐い農を去るの勢いやまず。農減ずれば財減ず。財減ずれば国本薄し。これ郡県の籍年を逐うて減じ、市肆の人日に随って増す所なり。
-
価原・『価原』遊手が民の膏血を費やす都会都会はかく財宝に富める地なり。遊手ども日日夜夜に集まり会い、文彩・刻鏤・音声・技巧、人の目を奪い心を蕩かすことを巧み衒いて、良民力を尽くして生じ出す者を費やし、人の嚢中の物を釣り出す。ここにおいて釣る者と釣らるる者と、同じく民の膏血を貪り費やす。然れば、金あれば成らざることなしと金を悦ぶ心は、吾儕小人一身を安んずるの計にして、天下国家を有する人の悦びとすることにあらず。金銀の通用は、天地よりして観る時は、左の物を右に移し右の物を左に移すに過ぎずして、布粟器械、昨日まで無きものの今日は天地の間に出来て、造化の功を賛け、飢渇を癒やし、寒暑を禦ぐの功に、何ぞ比ぶべき。
-
価原・『価原』租税が重く農が離れていく流れ豊臣太閤以来、租税の法、三分の二は地領これを取り、三分の一は耕民これを取る。昔、戦闘の世にさえこれにて事足りしなり。今をもって国初に比すれば、人多く田野開けたり。租税、侯国みな昔より多し。されど費用、昔に勝るをもって、百計聚斂の道興る。聚斂興ってこれを受くる者は農なり。農事は本より難なり。これに加うるに百の徴求あり。ついに生を遂ぐること能わざれば、民は本務を捨てて、工商・庸作、百の技術、水に走り山を分かち、百計して財を求む。すでに多技に走れば、本産に怠らざること能わず。深く耕し厚く培わんと欲すれども得ず。肥えたる地は痩せ、広き地は狭く、ついに本産を離れ流亡して遊民となる者、数うべからず。今、水に走り山を分かち百計して財を求むれども、これまた聊かも飢渇を救うにもあらで、半ばは侯家に輸するなり。受けて納むる様なれども、これも償いのためなれば、その実は侯家も農工も、畢竟富家の役を取るものなり。