価原 / 『価原』経済は義を利とする穆公の話
夫天下國家ヲ有スル人ノ豐饒ト云ハ全ク金銀ノ上ニアラズ金銀ヲ有シテ豐饒トスルハ商買ノコトナリ此故ニ今ハ上下交利ヲ射テ錙銖ヲ爭フ程ニ惡ク心得タル人ハ政ヲ執レル身ニモ商賈ノ術ヲ以テ國ヲ治メントスル人モアリ乾沒ト經濟ト同ジク利ヲ求ムル者ナリ其差別商賈ハ利ヲ以テ利トス經濟ハ義ヲ以テ利トス昔鄒穆公鳧雁ノ類ヲ畜レシニ粟ヲバ用ヒズ常ニ粃ヲ用ヒラレシニ折フシ粃竭キタリ有司コレヲ民間ニ求メシニ民粃一石ヲ以テ粟二石ニカヘント云有司コレヲ損也トシテ粟ヲ以テ鳥ニ畜ント請フ穆公否爾ガシルトコロニ非ズ夫百姓ノ手ヲ煦シテ耕シ背ヲ曝シテ耘ルコト豈鳥獸ノ爲ニセンヤ粟米ハ是民ノ上食ナリ何トテ鳥ニハカフベキゾ汝小計ヲ知ツテ大會ヲ知ラズ周ノ諺ニモ囊漏貯中ト云リ夫君ハ民ノ父母ナリ倉ノ粟ヲトリテ民ニ移ス民ニ有テモ我粟ナリ鳥モシ鄒ノ粃ヲハマバ是我粃ヲ食ムナリ何ゾ鄒ノ粟ヲ害ハント有シカバ是ヨリ下ニ至ル迄上ノコトニ思ヒツキテ上下一體ノ思ヒヲナシケリ
新字:夫天下国家ヲ有スル人ノ豊饒ト云ハ全ク金銀ノ上ニアラズ金銀ヲ有シテ豊饒トスルハ商買ノコトナリ此故ニ今ハ上下交利ヲ射テ錙銖ヲ争フ程ニ悪ク心得タル人ハ政ヲ執レル身ニモ商賈ノ術ヲ以テ国ヲ治メントスル人モアリ乾没ト経済ト同ジク利ヲ求ムル者ナリ其差別商賈ハ利ヲ以テ利トス経済ハ義ヲ以テ利トス昔鄒穆公鳧雁ノ類ヲ畜レシニ粟ヲバ用ヒズ常ニ粃ヲ用ヒラレシニ折フシ粃竭キタリ有司コレヲ民間ニ求メシニ民粃一石ヲ以テ粟二石ニカヘント云有司コレヲ損也トシテ粟ヲ以テ鳥ニ畜ント請フ穆公否爾ガシルトコロニ非ズ夫百姓ノ手ヲ煦シテ耕シ背ヲ曝シテ耘ルコト豈鳥獣ノ為ニセンヤ粟米ハ是民ノ上食ナリ何トテ鳥ニハカフベキゾ汝小計ヲ知ツテ大会ヲ知ラズ周ノ諺ニモ嚢漏貯中ト云リ夫君ハ民ノ父母ナリ倉ノ粟ヲトリテ民ニ移ス民ニ有テモ我粟ナリ鳥モシ鄒ノ粃ヲハマバ是我粃ヲ食ムナリ何ゾ鄒ノ粟ヲ害ハント有シカバ是ヨリ下ニ至ル迄上ノコトニ思ヒツキテ上下一体ノ思ヒヲナシケリ
書き下し
夫れ天下国家を有する人の豊饒と言うは、全く金銀の上にあらず。金銀を有して豊饒とするは、商買のことなり。この故に今は上下交々利を射て錙銖を争うほどに、悪しく心得たる人は、政を執れる身にも、商賈の術をもって国を治めんとする人もあり。乾没と経済と、同じく利を求むる者なり。その差別、商賈は利をもって利とし、経済は義をもって利とす。昔、鄒の穆公、鳧雁の類を畜われしに、粟をば用いず、常に粃を用いられしに、折ふし粃尽きたり。有司これを民間に求めしに、民、粃一石をもって粟二石に替えんと言う。有司これを損なりとして、粟をもって鳥に畜わんと請う。穆公、否、なんじが知る所に非ず。夫れ百姓の手を煦して耕し、背を曝して耘ること、あに鳥獣のためにせんや。粟米はこれ民の上食なり。何とて鳥には飼うべきぞ。汝、小計を知って大会を知らず。周の諺にも「囊漏れて中に貯う」と言えり。夫れ君は民の父母なり。倉の粟を取りて民に移す。民に有ても我が粟なり。鳥もし鄒の粃をはまば、これ我が粃を食むなり。何ぞ鄒の粟を害わんと有しかば、これより下に至るまで、上のことに思いつきて、上下一体の思いをなしけり。
現代語訳
天下国家を持つ人の豊かさというのは、全く金銀の上にあるのではない。金銀を持って豊かさとするのは商人のことである。このため今は、上も下も互いに利を狙って、ごくわずかな差を争うほどで、誤った心得の人は、政を執る身でありながら、商人の術で国を治めようとする人もいる。乾没(損得の勝負)と経済は、同じく利を求めるものである。その違いは、商人は利をもって利とし、経済は義をもって利とする点にある。昔、鄒の穆公が鴨や雁の類を飼っていたとき、粟は使わず、いつも粃(しいな)を使っていたが、あるとき粃が尽きた。役人がこれを民間に求めたところ、民は粃一石を粟二石と取り替えたいと言う。役人はこれを損だとして、粟で鳥を飼うことを願い出た。穆公は「いや、お前の知るところではない。百姓が手に息を吹きかけて耕し、背を日にさらして草を取るのは、どうして鳥や獣のためだろうか。粟や米は民の上等の食べ物である。どうして鳥に与えてよいものか。お前は小さな計算を知って、大きな道理を知らない。周の諺にも『袋が漏れても中にとどまる』という。君は民の父母である。倉の粟を取って民に移す。民にあっても我が粟である。鳥がもし鄒の粃を食うなら、それは我が粃を食うのである。どうして鄒の粟を損なうことがあろうか」と言われた。そこで、これより下の者に至るまで、上のことを我がことと思いつき、上下一体の思いをなしたのである。
解説

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