価原 / 『価原』民と利を争わぬ治国者の利
國家ヲ有スル人ハ國家ヲ一身ト見ル時ハ民ニアルト我ニアルトノ隔ナシ商賈ハ人ニ有セラル、ヲ損トシ自有スルヲ得トス君其民ヲ外ニスレバ民ノ物ヲ己ニ得テ得トシ民ニ散ジテ損ト思フ是ヲ以テ百計千慮聚斂ニ在リ詩ニ彼ニ有遺秉此有滯穗伊寡婦之利トイヘリ政ヲ執テ利ヲ下ニ遺ス一視同仁人ニ君タル者ノ利ナリ誠ニ田地ヲハシバシマデモ籍スレバ水難多シ弊ヲ鑄ルニ物ヲ雜ユレバ盗鑄多シ租税重ク上ニトレバ凶年ニハ庶民凍餒シテ大ニ府庫倉廩ヲ費シ民疲レテ又急ニ農ニ力ヲ盡スコトヲ得ズ孝悌ヲ誘ヒ禮讓ヲ勸メン暇モ無レバ上ニ内難多ク下ニ獄訟繁ク財ヲ費シ人ヲ損ス是有國者細民ノ利ヲ以テ利トシ民ト利ヲ爭フノ弊也コレ治國者ノ利商賈ノ利ト同ジカラザル所ナリ是故ニ庫ノ財ヲ費シテ國ノ風俗ヲ勵シ農ヲ勸メ工ヲ利シ財貨ヲ國人ニ積マシムベシ是等ヲ費ト見ル程ニ勘定ヲ入レテ元ニ合ハヌコトヲバ損トテセズ是ヲ市井ノ心ト云
新字:国家ヲ有スル人ハ国家ヲ一身ト見ル時ハ民ニアルト我ニアルトノ隔ナシ商賈ハ人ニ有セラル、ヲ損トシ自有スルヲ得トス君其民ヲ外ニスレバ民ノ物ヲ己ニ得テ得トシ民ニ散ジテ損ト思フ是ヲ以テ百計千慮聚斂ニ在リ詩ニ彼ニ有遺秉此有滞穂伊寡婦之利トイヘリ政ヲ執テ利ヲ下ニ遺ス一視同仁人ニ君タル者ノ利ナリ誠ニ田地ヲハシバシマデモ籍スレバ水難多シ弊ヲ鋳ルニ物ヲ雑ユレバ盗鋳多シ租税重ク上ニトレバ凶年ニハ庶民凍餒シテ大ニ府庫倉廩ヲ費シ民疲レテ又急ニ農ニ力ヲ尽スコトヲ得ズ孝悌ヲ誘ヒ礼譲ヲ勧メン暇モ無レバ上ニ内難多ク下ニ獄訟繁ク財ヲ費シ人ヲ損ス是有国者細民ノ利ヲ以テ利トシ民ト利ヲ争フノ弊也コレ治国者ノ利商賈ノ利ト同ジカラザル所ナリ是故ニ庫ノ財ヲ費シテ国ノ風俗ヲ励シ農ヲ勧メ工ヲ利シ財貨ヲ国人ニ積マシムベシ是等ヲ費ト見ル程ニ勘定ヲ入レテ元ニ合ハヌコトヲバ損トテセズ是ヲ市井ノ心ト云
書き下し
国家を有する人は、国家を一身と見る時は、民にあると我にあるとの隔てなし。商賈は人に有せらるるを損とし、自ら有するを得とす。君その民を外にすれば、民の物を己に得て得とし、民に散じて損と思う。これをもって百計千慮、聚斂にあり。詩に「彼に遺秉あり、此に滞穂あり、伊れ寡婦の利」と言えり。政を執りて利を下に遺す、一視同仁、人に君たる者の利なり。誠に田地をはしばしまでも籍すれば水難多し。弊を鋳るに物を雑ゆれば盗鋳多し。租税重く上に取れば、凶年には庶民凍餒して、大いに府庫倉廩を費やし、民疲れてまた急に農に力を尽くすことを得ず。孝悌を誘い礼譲を勧めん暇もなければ、上に内難多く、下に獄訟繁く、財を費やし人を損ず。これ有国者、細民の利をもって利とし、民と利を争うの弊なり。これ治国者の利、商賈の利と同じからざる所なり。この故に庫の財を費やして国の風俗を励まし、農を勧め工を利し、財貨を国人に積ましむべし。これらを費と見るほどに、勘定を入れて元に合わぬことをば損とてせず、これを市井の心と言う。
現代語訳
国家を持つ人は、国家を一身と見るならば、民にあるのも我にあるのも隔てがない。商人は人に持たれることを損とし、自分が持つことを得とする。君がその民を外のものと見れば、民の物を自分が得て得とし、民に分け与えれば損と思う。このため、あらゆる工夫をこらして取り立てに励む。詩に「あちらには刈り残しの稲束があり、こちらには取り残しの穂がある。これは寡婦の利となる」とある。政を執りながら利を下に残してやる、あまねく等しく慈しむことが、人に君たる者の利である。まことに、田地を端々まで帳簿に載せれば、水害の損が多い。貨幣を鋳るのに他の物を混ぜれば、私鋳が多くなる。租税を重く上が取れば、凶年には庶民が凍え飢え、蔵を大いに費やし、民は疲れてまた急には農に力を尽くせない。孝悌を誘い礼譲を勧める暇もなければ、上には内輪の難が多く、下には訴訟が繁くなり、財を費やし人を損なう。これは国を持つ者が、細民の利を自分の利とし、民と利を争う弊害である。これが、国を治める者の利と商人の利が同じでない点である。そのため、蔵の財を費やして国の風俗を励まし、農を勧め工を助け、財貨を国の人々に積ませるべきである。これらを費用と見て、勘定を入れて元が合わないことを損としてしないのを、市井の心という。
解説

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価原・『価原』金銀の行方と商人に傾く権噫、昔は天下国家を有するをこそ富貴とは申し侍れ。然るに今の有国者は、媚びを素封の家に求め、陶朱・猗頓が徒、斉・魯のごとき国を見ても、おのが家内の出納のごとく思うほどに、貴き者は貧しく賤しき者は富みて、富貴胡越を隔てたり。これをもって今まず金銀に餒る者は諸侯なり。廉恥の風を導かんと欲すとも、倉廩実ちて礼節を知る民なれば、いかでかこれを導き得ん。金銀すでに多く、費用すでに広し。債の多き所なり。古を稽え今を察するに、金銀は当今を盛んなりとす。しかして金銀に窮するも今のごときはなし。故に人々相会えば、ただ金銀のなきを語る。天下に通じて然り。天下に通じて人皆金銀のなきを語らば、いずれの処に隠るるとする。試みに今、金銀のある処を索るに、諸侯の国よりして士農工ともに金を蓄えず。然らば則ち商賈にあること知るべし。商賈一同ならずといえども、その能く巨万を積む者、他にあらず。商賈すでに素封の富を有すれば、千里控撃の権、半ばはすでにその手に帰す。蘇秦・張儀が者流、会計の道をもって往往六国の印を帯ぶ。ここにおいてその徒、身は公門に鞠躬すといえども、心は実に千乗を呑む。その心、農工を見ること奴隷のごとし。ただ彼が見て奴隷のごとくするのみならず、農工もまた彼を仰ぐこと主君のごとし。
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