価原 / 『価原』権柄を執るとは釣り合いを取ること
天下ノ勢ヲトル事ヲ權柄トイヘリ權トハ稱ノ錘ナリ柄トハ其錘ヲ自在ニヨクッリ合ハスルナリ今衡ハ持スレドモ懸ル者ノ輕重ヲ稱錘ヲモテ自由ニスル事アタハズンバ權柄ヲ何ニカセン稱錘ハ重キヲマサズ輕キヲ加ヘズ輕ケレバ輕キニ從ヒ重ケレバ重キニ從ヒッリ合ヲッケテ平ヲ持スモシ權柄ヲ執ル人米粟布帛百ノ器財費用ト金銀ト其ッリ合ヲ見テ多少其宜シキヲ得セシメバ增減ニ從ッテ平ヲ得ベシ此故ニ稱錘ヲカヘヨトニハアラズ輕重ニ從ヒテッリ合ヲトル事ナリコレヲ執權柄トイフ也
新字:天下ノ勢ヲトル事ヲ権柄トイヘリ権トハ称ノ錘ナリ柄トハ其錘ヲ自在ニヨクッリ合ハスルナリ今衡ハ持スレドモ懸ル者ノ軽重ヲ称錘ヲモテ自由ニスル事アタハズンバ権柄ヲ何ニカセン称錘ハ重キヲマサズ軽キヲ加ヘズ軽ケレバ軽キニ従ヒ重ケレバ重キニ従ヒッリ合ヲッケテ平ヲ持スモシ権柄ヲ執ル人米粟布帛百ノ器財費用ト金銀ト其ッリ合ヲ見テ多少其宜シキヲ得セシメバ增減ニ従ッテ平ヲ得ベシ此故ニ称錘ヲカヘヨトニハアラズ軽重ニ従ヒテッリ合ヲトル事ナリコレヲ執権柄トイフ也
書き下し
天下の勢いを取る事を権柄と云えり。権とは称の錘なり。柄とはその錘を自在によく釣り合わするなり。今、衡は持すれども、懸る者の軽重を称錘を以て自由にする事あたわずんば、権柄を何にかせん。称錘は重きを増さず、軽きを加えず、軽ければ軽きに従い、重ければ重きに従い、釣り合いをつけて平を持す。もし権柄を執る人、米粟布帛百の器財費用と金銀と、その釣り合いを見て、多少その宜しきを得せしめば、増減に従って平を得べし。この故に称錘をかえよとにはあらず、軽重に従いて釣り合いをとる事なり。これを権柄を執ると云うなり。
現代語訳
天下の勢いを握ることを権柄という。権とは秤のおもりのことである。柄とは、そのおもりを自在にうまく釣り合わせることである。いま秤の竿は持っていても、掛けられた物の軽重に応じておもりを自由に動かすことができなければ、権柄などあっても何になろう。秤のおもりは、重さを増すことも軽さを加えることもなく、軽ければ軽いなりに従い、重ければ重いなりに従って、釣り合いをつけて水平を保つ。もし権柄を執る人が、米や粟や布帛、あらゆる道具や費用と、金銀との釣り合いを見て、その多い少ないをちょうどよく調整させるならば、増減に従って水平を得ることができるだろう。だから、おもりを取り替えよというのではなく、軽重に従って釣り合いを取るということである。これを権柄を執ると言うのである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
価原・『価原』天下の勢いを使う権昔乱国の頃は、下民も農桑の暇なかりしかども、そこの籠城、ここの対陣というに、相応の兵糧はありしとなり。今は昇平の世にして、わずかに朝親属役のみなれども、その臣僚の扶持にだに乏し。万一辺陲の警もあらば、何をもって祖宗の意に答え、国家百年の恩に報ぜん。遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり。国を有つ者の急務、いずれかこれより先ならん。四民はこれを国を有つ者に仰ぐ。国を有つ者はこれを天下を有つ人に仰ぐ。天下の勢いは天下を有つ人のなす所にして、国を有つ者の力の及ぶ所にあらず。一国の勢いは一国を有つ人のなす所にして、士民の力の及ぶ処にあらず。よく権を取る人はよく勢いを使う。勢いを使うは、たとえば砂を盆中に淘るがごとし。左に走らしめんも右に走らしめんも、みな手中にあり。しからば、文に走らしめんも質に走らしめんも、利に赴かしめんも義に赴かしめんも、金銀を貴くするも布粟を貴くするも、良民多からしむるも游手多からしむるも、なすに従う者なり。天下一年立の勢いは国を有つ者の回らすべきにあらざれども、一国の勢いはあに一国の勢いなからんや。その術は、すなわち、生ずる者衆く、これを食む者少なく、これを為る者疾く、これを用いる者舒やかなるにあり。
-
価原・『価原』掣肘を避け人を得て任せる道今、諸侯の家いずれか節倹の令なからん。ただ滔滔の勢い支え難く、かつ経済に掣肘多く、あるいは任ずる所その人にあらず、任ぜらるる者その才を伸ぶることを得ざればなり。これをもって人君はよく識鑑を貴ぶ。よくその人を目利きして、挙げてこれに任じては、その一盃の才を尽くさしむべし。掣肘とは、人に物を書かせて、後より肘を掣くなり。いかなる能書にても、後より肘を時々掣かれては、書くたびに書き損じあり。書き損じさせてその過ちを恐るること、筆取りの難渋なり。これをもって人主は人を得るに労して、政をするには逸するものなり。
-
価原・『価原』太平の世に金銀へ向かう心されば戦国の頃は日夜闘争やむこと無かりしかば、手を拱いて人に命を授くべき様もなければ、人は防禦を主として、僧も俗も農も商も、その実は武士なりき。今や昇平の世の中にして、ただ苦しむことは金銀なれば、上下をしなべて、ただ一心専念、金銀にあり。ここにおいて、その形はさまざま変われども、心はいずれか乾没にあらざらん。一得一失の理勢、誠にいかんともすべからざるものなるべし。されば今、天下の事勢を聞くに、いずかたを尋ねても、郡県の人は年々に減り、都会の人は年々に増す由なり。これ衡を取る人の最も眼を着くべき所なり。
-
価原・『価原』大積りで考える天下の足りまず大勢を治めんには大積りを知るべきことなり。けだし十人の耕すを一人にて食い尽くし、十人の織るを一人にて着尽くさば、九人は饑寒を免れざるべし。この故に一夫耕し耘って、その妻子を養うべく、一婦蚕し繰って夫子に衣すべし。飲食これより美に過ぎ、衣服これより麗に過ぐれば、その人には贏あれども、天下に通じては足らざるべし。有力の人は匹夫と同じかるべきにはあらざれども、細民のために慮るにおいては、察せずんばあるべからず。爽日は数金を尽くすにあらざれば一饗に供するに足らず。美服は数月の力を用ゆるにあらざれば一衣となすに足らず。もし斉民の風俗自然とこの積りの外に出でば、いかでか饑寒に免れん。
-
価原・『価原』平準の要領と費用の源今天下の勢い、末を追って金銀の便利を知り、その息を積んで游手とならんことを冀い、米粟布帛を賤んで余分を家に蓄うるの道を知らざるほどに、上下市井の心になりて、久安の計に暇なし。ここにおいて、僧は仏を売り、巫は神を売り、学者は道を売り、医は薬を売り、形はさまざま変われども、心は商賈にあらざるはなし。かくまで久しく人の心に染みたる金銀なれば、たとい聖人出でたりとも、一朝一夕に金銀の軽く六府の重きをば知らしめ難かるべし。然りとて金銀を一切に除き去って治をなせとにはあらず。何とぞ費用多き所の故いかんと尋ね、借るべき天下の源を塞ぎ、有金の家をして天下の百貨を網することを得ざらしめて、諸侯の国小康を得、四民その業を楽しむことを得べし。これ平準の要領なり。
-
価原・『価原』金銀の権を正し本を問う道この故に財を生ずる大道、生ずる者衆しとは、天下の財日々地より出でて民生の用をなす物なり。その品は水穀魚塩を始めとし、麻絮竹木等の類より、工人の造り出せる物なり。夫れ権を執る人は軽重己が手に従う。昔、乱世武猛の俗も、今は昇平遊惰の民となれり。これによりて思えば、今たとい権金銀に帰したりとも、大有力をして衡を持たしめば、ついにその鍾を移し、人倹勤に復り、廉恥礼譲の風興るもなどか難からん。軽重に従って権を移す人は、その病根を知るにあり。もしその本に本づかず、ただ金銀を増減してその平を持せんとならば、懸かる者の重きを見て錘を重くし、軽きを見て錘を軽くするの道にして、無術と謂いつべし。宋の頃、銭ひたすらに増すほどに、後は小さく軽くなりて、綎環銭とて縷に貫き水に入るれば、縷に引かれて沈みやらぬほどになり、物の価しきりに貴くなりて、後には一斗の米価一万銭に至りしとかや。近年、銭は鉄となり、銀は鈔となるほど、物価騰躍する者、綎環銭と同意にて、衡傾きし故なるべし。もしその柄を正さずして、その低昂に従わんとならば、金銀いよいよ多くして、富家は則ちいよいよ金を積み、貧家は則ちいよいよ債を重ねん。悪幣盛んに世に行わるれば、精金みな隠る。