価原 / 『価原』掣肘を避け人を得て任せる道
今諸侯ノ家何レカ節儉ノ令ナカラン唯滔滔ノ勢カヘ難ク且經濟ニ掣肘多ク或ハ任ズル所其人ニアラズ任ゼラル、者其才ヲ伸ルコトヲ得ザレバナリ是ヲ以テ人君ハヨク識鑒ヲ貴ムヨク其人ヲ目利シテ擧テコレニ任ジテハ其一盃ノ才ヲ竭サシムベシ掣肘トハ人ニ物ヲ書セテ後ヨリ肘ヲ掣ナリ如何ナル能書ニテモ後ヨリ肘ヲ時時掣カレテハ書度ニ書損ジアリ書損ジサセテ其過ヲ恐ル、コト筆取ノ難澁ナリ是ヲモテ人主ハ人ヲ得ルニ勞シテ政ヲスルニハ逸スルモノナリ
新字:今諸侯ノ家何レカ節倹ノ令ナカラン唯滔滔ノ勢カヘ難ク且経済ニ掣肘多ク或ハ任ズル所其人ニアラズ任ゼラル、者其才ヲ伸ルコトヲ得ザレバナリ是ヲ以テ人君ハヨク識鑒ヲ貴ムヨク其人ヲ目利シテ挙テコレニ任ジテハ其一盃ノ才ヲ竭サシムベシ掣肘トハ人ニ物ヲ書セテ後ヨリ肘ヲ掣ナリ如何ナル能書ニテモ後ヨリ肘ヲ時時掣カレテハ書度ニ書損ジアリ書損ジサセテ其過ヲ恐ル、コト筆取ノ難渋ナリ是ヲモテ人主ハ人ヲ得ルニ労シテ政ヲスルニハ逸スルモノナリ
書き下し
今、諸侯の家いずれか節倹の令なからん。ただ滔滔の勢い支え難く、かつ経済に掣肘多く、あるいは任ずる所その人にあらず、任ぜらるる者その才を伸ぶることを得ざればなり。これをもって人君はよく識鑑を貴ぶ。よくその人を目利きして、挙げてこれに任じては、その一盃の才を尽くさしむべし。掣肘とは、人に物を書かせて、後より肘を掣くなり。いかなる能書にても、後より肘を時々掣かれては、書くたびに書き損じあり。書き損じさせてその過ちを恐るること、筆取りの難渋なり。これをもって人主は人を得るに労して、政をするには逸するものなり。
現代語訳
今、大名の家のうちで、倹約の令がないところがあろうか。それでも、広がる勢いが支えがたく、かつ経済に掣肘(横やり)が多く、あるいは任せる人が適任でなく、任された者がその才を伸ばせないからである。そのため、君主はよく見分ける眼を貴ぶ。人を見極め、取り立てて任せたなら、その人が持てる限りの才を尽くさせるべきである。掣肘とは、人に物を書かせて、後ろから肘を引くことである。どんな能書家でも、後ろから肘をときどき引かれては、書くたびに書き損じが出る。書き損じさせておいて、その過ちを恐れることが、筆を執る者の難儀である。このことから、君主は人を得るのに骨を折るが、政をするときは楽になるものなのである。
解説

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関連する章句
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価原・『価原』欲に限りがあり財には限りがある事、両ながら全うし難ければ、廉恥の風荒めば、人、賄賂を好む。礼譲の教え至らざれば、人、争奪を好む。制度立つことなければ、華奢、等を踰ゆ。今、その好むを好むに任せ、踰ゆるを踰ゆるに任せ、限りなき人の欲を、極まり有る財宝にて償わんことを求めば、天下の大山高岳をして尽く金を出ださしむるとも、米粟布帛の至宝を生ずる者をしてその業を棄てしめ、衣食器械にもならざる物に人巧を費やさしむるに過ぎず。これをもって今たとい金銀をして天下の米粟布帛のごとく多からしむとも、世ただ債数の多くなるまでにて、至宝の生路は日々に薄く、人の賑わうことは有るまじきなり。
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価原・『価原』権柄を執るとは釣り合いを取ること天下の勢いを取る事を権柄と云えり。権とは称の錘なり。柄とはその錘を自在によく釣り合わするなり。今、衡は持すれども、懸る者の軽重を称錘を以て自由にする事あたわずんば、権柄を何にかせん。称錘は重きを増さず、軽きを加えず、軽ければ軽きに従い、重ければ重きに従い、釣り合いをつけて平を持す。もし権柄を執る人、米粟布帛百の器財費用と金銀と、その釣り合いを見て、多少その宜しきを得せしめば、増減に従って平を得べし。この故に称錘をかえよとにはあらず、軽重に従いて釣り合いをとる事なり。これを権柄を執ると云うなり。
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価原・『価原』至宝を守り遊手を本業へ戻す心然ればこの至宝を少しにても天地の間に生殖し、少しにても天地の間に存し、民生生生の用を助くるほど、天に事うる務めはあらじ。ただ勢い偏にして、郡県に来歳凶饑の備えなく、都会には遊手貪り費やすの煩いありて、これを傷むの人に乏し。故に民の風に梳り雨に沐い、星に耕し露に耘りし膏血を、文彩・刻鏤・音声・技巧の用に貪り尽くし、その生ずる者をして悶でしめ、その費やす者をして播さしむ。意ある者、あに薬目して憂えざるべけんや。もしこれを憂うる人あらば、一郡一県を治めんにも、何とぞ人を一人にても農に返し、一人にても遊手を本業に本づかしめ、財貨他より入るの路を開き、器械他に求めざるべきこそ肝要なれ。一国を治むる人は、他国をもって壑とせざることを得ず。白圭と禹と、勢い同じからざることあり。
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価原・『価原』天下の勢いを使う権昔乱国の頃は、下民も農桑の暇なかりしかども、そこの籠城、ここの対陣というに、相応の兵糧はありしとなり。今は昇平の世にして、わずかに朝親属役のみなれども、その臣僚の扶持にだに乏し。万一辺陲の警もあらば、何をもって祖宗の意に答え、国家百年の恩に報ぜん。遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり。国を有つ者の急務、いずれかこれより先ならん。四民はこれを国を有つ者に仰ぐ。国を有つ者はこれを天下を有つ人に仰ぐ。天下の勢いは天下を有つ人のなす所にして、国を有つ者の力の及ぶ所にあらず。一国の勢いは一国を有つ人のなす所にして、士民の力の及ぶ処にあらず。よく権を取る人はよく勢いを使う。勢いを使うは、たとえば砂を盆中に淘るがごとし。左に走らしめんも右に走らしめんも、みな手中にあり。しからば、文に走らしめんも質に走らしめんも、利に赴かしめんも義に赴かしめんも、金銀を貴くするも布粟を貴くするも、良民多からしむるも游手多からしむるも、なすに従う者なり。天下一年立の勢いは国を有つ者の回らすべきにあらざれども、一国の勢いはあに一国の勢いなからんや。その術は、すなわち、生ずる者衆く、これを食む者少なく、これを為る者疾く、これを用いる者舒やかなるにあり。
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価原・『価原』赤子を保すように民を治めるそれ民を治むるの道は、赤子を保するがごとしと言えり。君上は父母にして民はすなわち子なり。子は甘旨膏膩の病を醸すをも、泥土雨露の衣服を損なうをも知らず、有るにまかせて用い仕舞う者なり。民もその如く、ちと耕して余資あれば、色々のことを思い出して企て、僧巫の徒は縁を募り、游技の輩は間を覘い、工人は結構をなし、国の富む方に心の付く者にあらず。ゆえに何ほどの仁政を行われても、湯をもって雪に沃ぐがごとく、財貨はとどまる者にあらず。ゆえに子のために甘旨膏膩を控え、雨露泥土に衣服の濡れざる様に節制を加えざれば、給する者は暇なく、用ゆる者は災いをなす。災いを身に受くといえども、節制を加うる日は父母を怨み泣き叫ぶなり。細民は己が一身当前のことのみを見て、大勢を見ざる者なれば、あるいは一己に不便利、あるいは情欲に伸びざれば、嬰児の父母を怨むがごとく、左や右やと興じて人心を動揺さする者なり。小利を謂いて大利を害する者なり。
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価原・『価原』生を厚くしてこそ廉恥の風が立つ然れば人主を始めとし、これに羽翼たる輩、自身を責めざることを得んや。この故に政は生を厚うするに在り。生を厚うするがために用を利す。生薄ければ貪らざることを得ず。生厚ければ貪る心薄らぐ。たとえば溺れを救うがごとし。自ら水に溺るる時は、子溺るるといえども顧みず。自ら舟中に安んずれば、猫犬の溺るるも見て打ち過ぐる人はなし。唯だ勢いの足ると足らざるとの間なり。故に民生厚うして、然して後、礼譲廉恥の風唱うべし。民生厚しといえども、礼譲廉恥の風興らざれば、華奢放恣に赴く。華奢放恣なれば用足らず。用足らざれば、また貪る。故に賄賂争奪興るなり。夫れ君は臣の表なり。臣は君の影なり。表正しければ影直し。表傾けば影斜めなり。君にして身正しからざれば、令すといえども行われず。