価原 / 『価原』幣は荷を運ぶ舟車にすぎない
金銀ハ諸貨ニ易ヘテ用ユルヲ以テ其用トス金銀並ニ錢コレヲ幣ト云珍ニシテ小也諸貨ノ重大ニシテ移シ難キニハコビヲックル者ナレバ其用舟車ニ近キ者ナリ金銀ハ貴重ナリ能大物ヲ運ブ錢ハ賤シフシテ衆シ能小物ヲ運ブ貴賤輕重アルヲ以テ銀以テ金ヲ分ッベク錢以テ銀ヲ分ッベシ此故ニ是ヲ金銀トイヘバ錢モ亦其内ニアリ先天下ノ勢ヲ慮ル人ハ能財ノ有用無用ヲ辨知スベシ譬ヘバ海内ニ如此澤山ニ充ル所ノ金銀今悉ク盡キ果テタリトモ他ノ五材アラマシカバ民生立ヌト云事ノ有ルベキヤ
新字:金銀ハ諸貨ニ易ヘテ用ユルヲ以テ其用トス金銀並ニ銭コレヲ幣ト云珍ニシテ小也諸貨ノ重大ニシテ移シ難キニハコビヲックル者ナレバ其用舟車ニ近キ者ナリ金銀ハ貴重ナリ能大物ヲ運ブ銭ハ賤シフシテ衆シ能小物ヲ運ブ貴賤軽重アルヲ以テ銀以テ金ヲ分ッベク銭以テ銀ヲ分ッベシ此故ニ是ヲ金銀トイヘバ銭モ亦其内ニアリ先天下ノ勢ヲ慮ル人ハ能財ノ有用無用ヲ弁知スベシ譬ヘバ海内ニ如此沢山ニ充ル所ノ金銀今悉ク尽キ果テタリトモ他ノ五材アラマシカバ民生立ヌト云事ノ有ルベキヤ
書き下し
金銀は諸貨に易えて用ゆるを以てその用とす。金銀並びに銭、これを幣と云う。珍にして小なり。諸貨の重大にして移し難きには、運びを助くる者なれば、その用、舟車に近き者なり。金銀は貴重なり、能く大物を運ぶ。銭は賤しうして衆し、能く小物を運ぶ。貴賤軽重あるを以て、銀以て金を分かつべく、銭以て銀を分かつべし。この故に、これを金銀といえば銭もまたその内にあり。先ず天下の勢いを慮る人は、能く財の有用無用を弁知すべし。譬えば海内にかく沢山に充てる所の金銀、今ことごとく尽き果てたりとも、他の五材あらましかば、民生立たぬという事の有るべきや。
現代語訳
金銀は、さまざまな品物と取り替えて用いることがその役目である。金銀と銭をあわせて幣という。珍しく小さいものである。品物が重く大きくて動かしにくいときに、運ぶことを助けるものなので、その働きは舟や車に近い。金銀は貴く重く、大きな物をよく運ぶ。銭は安くて数が多く、小さな物をよく運ぶ。貴賤・軽重の違いがあるので、銀で金を分けることができ、銭で銀を分けることができる。だから、金銀といえば銭もその中に含まれる。まず天下の情勢を考える人は、財に役立つものと役立たないものとをよく見分けるべきである。たとえば、国内にこれほどたくさん満ちている金銀が、今すべて尽き果てたとしても、他の五つの材が残っていたなら、民の暮らしが成り立たないということがあるだろうか。
解説

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価原・『価原』三幣の変遷と金銀の本来の面目蓋し金銀銅の三幣、金は大用有りて瑣碎に用い難く、銭は小砕に便にして大用に便ならず、銀は中間にあるものにして、三幣の代る代る用をなす所なり。昔は人質朴にして、金は砂金、銀は炭吹き様のもの多く通じたり。天正の頃より大判小判丁銀など始まり、慶長四年始めて一分判出来、慶長六年の後、大判小判一分判丁銀豆板等改らる。これ国家の造幣にして、以来、元禄・享保・元文、近来に到りて、三幣色々の製ども出来りし也。夫れ金銀は幣の用を主とす。民用に於いては鉄を主とす。然して銅は幣・器兼ね用うる者なり。金銀若し幣の用を除けば、刀の縁頭、仏殿の荘厳、漆匠の描金など、玩物に過ぎず。薬用も有れども要薬にはあらず。されば近来は費多くなりて、さまでに多き金銀猶お給する事能わず、楮鈔大いに世に行わる。金銀の用は唯だ諸貨運輸の用ばかりなれば、楮鈔にても飛銭にても済む者也。余貨の如きは、寒を凌ぐことは布帛にあらざれば能わず、飢を愈すことは米粟に非ざれば能わざるにて、金銀本来の面目を知るべし。この故に、天下の権を執りて経済に心を用ゆる人は、有用の貨を日々に生殖し、無用の貨を貴ばぬ様に致すべき事なり。金銀を以て天下の豊倹を病む人は、回天の功は有り難かるべし。
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価原・『価原』金銀が運ぶ便利さと諸貨の不便夫れ金玉はもと土石の精英にして、得難く朽ち難し。是を以て至小以て大に対すべく、米粟布帛諸貨の擁塞を通ずべし。神農「日中に市を為し、天下の民を致し、天下の貨を聚め、交易して退き、各々其の所を得て貨通ず」といえば、其の由って来ること最も遠し。然して諸貨の能くする所は金銀の能くせざる所にして、金銀の能くする所は諸貨の能くせざる所あり。是を以て諸貨は物大にして数積む、運漕甚だ難し。夫れ金銀の用とする所は、則ち鎮西の米粟、舟車を仮らずして関東にして炊ぐべく、北陸の布帛、牛馬に駄せずして南海にして衣るべし。此の故に行旅の人、万里糧を裹まず、腰纏の用、車馬と敵することを得。諸貨の如きは通利悪しき程に、米は衣と成り難く、衣は薪と成り難く、金銀銅銭の小物は分かって用ゆべく、大物は聚めて償うべきの自在に如かざる事遠し。是れ天下の靡然としてこれに向う所なり。
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価原・『価原』金銀の多少を憂えず用を察する然れば金銀の多少は、強いて国を有つ者の患いとすべきにあらず。唯だ金銀の用は何物ぞ、米粟布帛百の器財庸作の用は何物ぞと察すれば、金銀の盛んに行わるる有益無益、知るべきなり。今、金銀の通用を好むこと、独り日本のみならず、万国同じく然り。万国同じく金銀を好むといえども、金銀の多き事、我が国の如きは稀なり。その徴には、海舶の長崎にて交易する者、価はなはだ廉なり。商買の手に入り売買する日和物の価と相比すれば、海外直廉なる事知るべし。金銀少なければ少なきにて釣り合い、多ければ多き程の釣り合いになる者なり。
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価原・『価原』島に銭を入れても豊かにならない金銀貴くして六府賤し。六府賤しくして国本薄し。姑くその故を説くべし。譬えばここに一島あり、土地人民足り、米粟布帛魚塩、他島を仮らず一切事足り、唯だ金銀のみ無からんに、民、粟を以て器械庸作に易えて、金銀の貴きをも知らで立たざる事やはあるべき。追々に銭一万を入れて他の用を通ぜんに、一万の銭、その一島の用を足らしむべし。これより増して十万に至らば、十万の銭、その一島の用と釣り合いをなして、一万の銭、決して一島の用を弁ぜじ。その初めは島の諸用、一万の銭と釣り合いをなし、米一石五百銭に当たらば、その五百銭以て一奴を買うべし。又入れて十万に至る日は、一石の米五千銭に釣り合うべし。この時、五百の銭わずかに数十日の人を雇うに過ぎじ。然れば前の五百銭持てると後の五千銭持てると、数は一倍すれども用は異なることなし。乃至増して千万億なりとも、一島に出す所の米粟布帛多きを増さじ。米粟布帛多きを増さずして、独り金銀のみ増さんに、多きと少きと変わる事はなく、多ければ多き程、頻しきを増し、その多き金銀に就きて游手を増し、天地より生ずる財を費やす者、次第に出来るべし。我が国の昔も幣はなくて立ちしなり。和銅の比、大宰府及び播磨より始めて銅銭を献ぜしに、これを民間に敷き、民に交関せしめし時は、穀六升に付き一文なりしとかや。
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価原・『価原』金銀の急と布粟の緩布帛・米粟は諸貨交易に便ならず、便ならざるをもって金銀の用広し。これをもって金銀の用は急にして布粟の用は緩し。緩きを置きて急なるを先んずは、勢い然らざることを得ず。ゆえに布粟にはこと足れども金銀足らぬゆえ、布粟を貯うるをば損と見て、足るも足らざるも布粟は家にとどめぬゆえ、金銀に富める人も米粟に余りなきことは相似たり。用多ければ借り人多し。借る人多ければ、銭神足なくして飛ぶ。用少なければ借り人少し。借り人少なければ、銭権衰えて飛騰の用殺ぐ。銭権衰うれば布粟蓄うべし。布粟蓄うることを得て、今年の熟をもって来年の饑を防ぐべく、今年の布をもって来年の寒を防ぐべし。国を有つ人は、あながちに己が府庫に物を積まぬとて、貧しきとは言い難し。
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価原・『価原』金銀の美と国外への流出金銀もと美物、国家を有つ人は布粟金銀府庫に満ち、下をして兼併偏重の勢いなからしめば、用を通ずる能、まことに諸貨の及ぶところにあらず。軍中の捷利、民間の必用、国を有つ者の欠ぐべき者にあらず。それ金の山にある、土石の精英にして至って得難し。至美至重にして万国みな望みをこれに属す。しかればこれを得んもの、土石のごとく思わんこと、下、人巧の労疲を察せず、上、造化の精英を貪り、国を有つ者は国を傾け、家を有つ者は家を破る。かつ各国その境界あり、界を出る者は再び帰らず。最も憚らざるべけんや。