価原 / 『価原』金銀の急と布粟の緩
布帛米粟ハ諸貨交易ニ便ナラズ便ナラザルヲ以テ金銀ノ用廣シ是ヲ以テ金銀ノ用ハ急ニシテ布粟ノ用ハ緩シ緩キヲ置テ急ナルヲ先ンズバ勢然ラザルコトヲ得ズ故ニ布粟ニハコト足レドモ金銀タラヌ故布粟ヲ貯ルヲバ損ト見テ足ルモ足ラザルモ布粟ハ家ニトドメヌ故金銀ニ富ル人モ米粟ニ餘リナキ事ハ相似タリ用多ケレバ借人多シ借ル人多ケレバ錢神足無フシテ飛ブ用少ケレバ借人少シ借入少ケレバ錢權衰エテ飛騰ノ用殺グ錢權衰フレバ布粟畜フベシ布粟畜ルコトヲ得テ今年ノ熟以テ來年ノ饑ヲ禦グベク今年ノ布以テ來年ノ寒ヲ禦グベシ有國ノ人ハ强ニ己カ府庫ニ物ヲ積マヌトテ貧シキトハ云難シ
新字:布帛米粟ハ諸貨交易ニ便ナラズ便ナラザルヲ以テ金銀ノ用広シ是ヲ以テ金銀ノ用ハ急ニシテ布粟ノ用ハ緩シ緩キヲ置テ急ナルヲ先ンズバ勢然ラザルコトヲ得ズ故ニ布粟ニハコト足レドモ金銀タラヌ故布粟ヲ貯ルヲバ損ト見テ足ルモ足ラザルモ布粟ハ家ニトドメヌ故金銀ニ富ル人モ米粟ニ余リナキ事ハ相似タリ用多ケレバ借人多シ借ル人多ケレバ銭神足無フシテ飛ブ用少ケレバ借人少シ借入少ケレバ銭権衰エテ飛騰ノ用殺グ銭権衰フレバ布粟畜フベシ布粟畜ルコトヲ得テ今年ノ熟以テ来年ノ饑ヲ禦グベク今年ノ布以テ来年ノ寒ヲ禦グベシ有国ノ人ハ強ニ己カ府庫ニ物ヲ積マヌトテ貧シキトハ云難シ
書き下し
布帛・米粟は諸貨交易に便ならず、便ならざるをもって金銀の用広し。これをもって金銀の用は急にして布粟の用は緩し。緩きを置きて急なるを先んずは、勢い然らざることを得ず。ゆえに布粟にはこと足れども金銀足らぬゆえ、布粟を貯うるをば損と見て、足るも足らざるも布粟は家にとどめぬゆえ、金銀に富める人も米粟に余りなきことは相似たり。用多ければ借り人多し。借る人多ければ、銭神足なくして飛ぶ。用少なければ借り人少し。借り人少なければ、銭権衰えて飛騰の用殺ぐ。銭権衰うれば布粟蓄うべし。布粟蓄うることを得て、今年の熟をもって来年の饑を防ぐべく、今年の布をもって来年の寒を防ぐべし。国を有つ人は、あながちに己が府庫に物を積まぬとて、貧しきとは言い難し。
現代語訳
布や絹、米や粟は、さまざまな品物と交換するには不便であり、不便だからこそ金銀の用途が広い。そのため金銀の用は急で、布や粟の用は緩やかである。緩いものを後回しにして急ぐものを優先するのは、勢いとしてそうならざるを得ない。だから、布や粟は足りているのに金銀が足りないので、布や粟を蓄えるのを損と見て、足りていても足りなくても布や粟は家にとどめない。そのため、金銀に富んだ人も米や粟には余りがないという点で似ている。需要が多ければ借りる人が多く、借りる人が多ければ、銭の神は足もないのに飛んでゆく。需要が少なければ借りる人が少なく、借りる人が少なければ、銭の権勢は衰えて、飛び上がる勢いも削がれる。銭の権勢が衰えれば、布や粟を蓄えられる。布や粟を蓄えられれば、今年の実りで来年の飢えを防ぎ、今年の布で来年の寒さを防ぐことができる。国を治める人は、自分の蔵に物を積まないからといって、貧しいとは言いがたい。
解説

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関連する章句
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価原・『価原』豊年の余りを蓄える理誠に一得一失の理にて、昔金銀少なかりし世は諸貨の通利悪しかりしかば、これを運び尽くさずして、凶饑諸災の備えもありき。今金銀多く諸貨の通利自由になりしかば、これを都会に運び尽くして、旧穀新穀に及ぶこと能わず。ゆえに今、控掣の権を取る者は、有金の家これを斂聚すれば、上下財ことごとく竭く。これをもって名は諸侯、米粟を有する者にして、その実は富商に併せられて、わずかの臣民を扶助するに難ず。米粟はもとより満ち易き者にして、もし一年豊熟する時は、穀は食料に贏るものなり。贏る所を蓄えれば、凶年に備うべし。これを売り尽くすに至りては、豊年の後の年、凶年の後の年に異なることなし。これ天下の良民、金銀のために游手の奴隷となる所なり。
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価原・『価原』雨宿りの木陰と本業の願いたとい悪年にあうとも、みだりに本業をば失うまじ。本業を失わざれば、価に貴賤なきこと能わずとも、また格別のこともあらじ。この故に国家の乏しきという者は、金銀通利の快きに、布粟を積むの人なければなり。布粟を積む人なき者は、金銀を借る人多くして、金銀の利、布粟に倍すればなり。利、布粟に倍して、運輸畜蔵、布粟より便りなり。たとい厳刑をもってこれに臨むとも、この勢いに当たるべからず。今の世の態を見るに、庸作をはじめ、その他の営みにつけても、多くはみなその人の本業にあらず。困苦のため金銀に責められて、已むことを得ずして、しばらくここに雨宿りをし、雨の晴間を待つなり。空少なく晴れ行けば、やがて降るべき空とても、いかでか久しくその木陰には留まるべき。さる程に少しく衣食に休息あれば、女子は嫁し、男子は本業を求め、その務めに服せんことを願うなり。
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価原・『価原』金銀の多少を憂えず用を察する然れば金銀の多少は、強いて国を有つ者の患いとすべきにあらず。唯だ金銀の用は何物ぞ、米粟布帛百の器財庸作の用は何物ぞと察すれば、金銀の盛んに行わるる有益無益、知るべきなり。今、金銀の通用を好むこと、独り日本のみならず、万国同じく然り。万国同じく金銀を好むといえども、金銀の多き事、我が国の如きは稀なり。その徴には、海舶の長崎にて交易する者、価はなはだ廉なり。商買の手に入り売買する日和物の価と相比すれば、海外直廉なる事知るべし。金銀少なければ少なきにて釣り合い、多ければ多き程の釣り合いになる者なり。
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価原・『価原』豊凶で揺れる本業と庸作この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
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価原・『価原』金銀が運ぶ便利さと諸貨の不便夫れ金玉はもと土石の精英にして、得難く朽ち難し。是を以て至小以て大に対すべく、米粟布帛諸貨の擁塞を通ずべし。神農「日中に市を為し、天下の民を致し、天下の貨を聚め、交易して退き、各々其の所を得て貨通ず」といえば、其の由って来ること最も遠し。然して諸貨の能くする所は金銀の能くせざる所にして、金銀の能くする所は諸貨の能くせざる所あり。是を以て諸貨は物大にして数積む、運漕甚だ難し。夫れ金銀の用とする所は、則ち鎮西の米粟、舟車を仮らずして関東にして炊ぐべく、北陸の布帛、牛馬に駄せずして南海にして衣るべし。此の故に行旅の人、万里糧を裹まず、腰纏の用、車馬と敵することを得。諸貨の如きは通利悪しき程に、米は衣と成り難く、衣は薪と成り難く、金銀銅銭の小物は分かって用ゆべく、大物は聚めて償うべきの自在に如かざる事遠し。是れ天下の靡然としてこれに向う所なり。
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価原・『価原』利用厚生と蓄えが失われる世さて人の農に就き工に務め、士上に廉恥礼譲の風を誘い、民下に華靡淫奔の俗を改めば、遊手はいつしか少なくなるべし。これを「生ずる者衆く、食する者寡く、為す者疾く、用いる者舒やか」と言う、すなわち利用のことなり。用を利する者は、その生を厚うせんがためなり。論語に「これを富ます」と言うもの、すなわち厚生なり。今、市肆の日々に栄え、人のいよいよ増すを蕃昌とは言えども、郡県の人も増し市肆の人も増さば、実の蕃昌なるべきに、郡県の人は次第に減じ、市肆の人のみ次第に増し侍らんには、あに感慨の一つならずや。王制、有国の道を説きて、「国に九年の蓄えなきを不足と曰い、六年の蓄えなきを急と曰い、三年の蓄えなきを国その国に非ずと曰う」と謂えり。当今の世は控掣の権、金銀にあり。これをもって、たとい人家に余らん布、余らん粟有りても、これを蓄えんとする人はなし。これ貯えざる人の罪にあらず、金銀の便利、他貨に勝ればなり。便利すでに他貨に勝る、誰か重く高く、運悪しく、息を生ぜざる他貨を貯えんや。この故に民挙げて他貨を売り、貧者は富家の旧債を償い、富者は貧者の求めを待つ。吾儕小人、勢い然らざることを得ず。