十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
世間一切ノ珠玉珍寶物具皆此ニ準スル。此モ先祖ヨリ持チ來タ寶器ノアルヲ。棄ヨト云デハナイ。アルニ隨テソノ守リアルヘキコトシヤ。上テ云ハハ。卞和氏カ璞ヲ得テ刖レタ類。此名玉ノ出ルハ世ノ福分ナレドモ。初テ得ル人ハ。其道ナケレバ其身ニ灾アルト云コトシヤ。大抵ハ得ガタキ寶ヲ貴ハヌト云ガヨキ教シヤ。中テ云ヘハ。虞公ガ垂棘ノ玉屈產ノ乘ヲ貪テ其國ヲ亡シタ類。故ナクシテ寶物ノ來ルトキハ。其心ノ用ヒヤウノ有ベキコトジヤ。下テ云ヘハ。金銀財寶諸ノ珍好ノ物ユヱ身ヲ亡ス者多キシヤ。古往今來ミナカウシヤ。鳥獸モ虎カ皮ユヱ殺サルル。象カ牙ユヱ身ヲ亡ス。鸚鵡カ人語ヲヨクマナフ故ニ樊籠ニ入レラル。翡翠ノ羽カ美好ナル故殺サルル。皆不祥ノ器シヤ。此モ虎皮象牙ノ文。鸚鵡カ能言。翡翠カ羽ノ美ナルヲ咎ムルデハナイ。此類ヲ推シテ。人道ヲ愼ミ。天道ニ順ズベキコトシヤ。
新字:世間一切ノ珠玉珍宝物具皆此ニ準スル。此モ先祖ヨリ持チ来タ宝器ノアルヲ。棄ヨト云デハナイ。アルニ随テソノ守リアルヘキコトシヤ。上テ云ハハ。卞和氏カ璞ヲ得テ刖レタ類。此名玉ノ出ルハ世ノ福分ナレドモ。初テ得ル人ハ。其道ナケレバ其身ニ災アルト云コトシヤ。大抵ハ得ガタキ宝ヲ貴ハヌト云ガヨキ教シヤ。中テ云ヘハ。虞公ガ垂棘ノ玉屈産ノ乗ヲ貪テ其国ヲ亡シタ類。故ナクシテ宝物ノ来ルトキハ。其心ノ用ヒヤウノ有ベキコトジヤ。下テ云ヘハ。金銀財宝諸ノ珍好ノ物ユヱ身ヲ亡ス者多キシヤ。古往今来ミナカウシヤ。鳥獣モ虎カ皮ユヱ殺サルル。象カ牙ユヱ身ヲ亡ス。鸚鵡カ人語ヲヨクマナフ故ニ樊籠ニ入レラル。翡翠ノ羽カ美好ナル故殺サルル。皆不祥ノ器シヤ。此モ虎皮象牙ノ文。鸚鵡カ能言。翡翠カ羽ノ美ナルヲ咎ムルデハナイ。此類ヲ推シテ。人道ヲ慎ミ。天道ニ順ズベキコトシヤ。
書き下し
世間一切ノ珠玉珍宝物具皆此ニ準スル。此モ先祖ヨリ持チ来タ宝器ノアルヲ。棄ヨト云デハナイ。アルニ随テソノ守リアルヘキコトシヤ。上テ云ハハ。卞和氏カ璞ヲ得テ刖レタ類。此名玉ノ出ルハ世ノ福分ナレドモ。初テ得ル人ハ。其道ナケレバ其身ニ灾アルト云コトシヤ。大抵ハ得ガタキ宝ヲ貴ハヌト云ガヨキ教シヤ。中テ云ヘハ。虞公ガ垂棘ノ玉屈産ノ乗ヲ貪テ其国ヲ亡シタ類。故ナクシテ宝物ノ来ルトキハ。其心ノ用ヒヤウノ有ベキコトジヤ。下テ云ヘハ。金銀財宝諸ノ珍好ノ物ユヱ身ヲ亡ス者多キシヤ。古往今来ミナカウシヤ。鳥獣モ虎カ皮ユヱ殺サルル。象カ牙ユヱ身ヲ亡ス。鸚鵡カ人語ヲヨクマナフ故ニ樊籠ニ入レラル。翡翠ノ羽カ美好ナル故殺サルル。皆不祥ノ器シヤ。此モ虎皮象牙ノ文。鸚鵡カ能言。翡翠カ羽ノ美ナルヲ咎ムルデハナイ。此類ヲ推シテ。人道ヲ慎ミ。天道ニ順ズベキコトシヤ。
現代語訳
世間のあらゆる珠玉や珍しい宝物、道具類も、みなこれに準じる。これも、先祖から持ち伝えた宝器があるのを捨てよ、と言うのではない。あるに従って、その守りがあるべきことである。上で言えば、卞和が璞(あらたま)を得て足を切られた類である。この名玉が世に出るのは世の福分であるけれども、初めて得る人は、その道がなければその身に災いがあるということである。おおよそは、得がたい宝を貴ばないというのがよい教えである。中で言えば、虞公が垂棘の玉と屈産の馬を貪って、その国を滅ぼした類である。理由もなく宝物がやって来るときは、その心の用い方があるべきことである。下で言えば、金銀財宝や諸々の珍しく好ましい物のために、身を滅ぼす者が多い。昔から今まで、みなこうである。鳥獣も、虎は皮のために殺される。象は牙のために身を滅ぼす。鸚鵡は人の言葉をよく真似るために籠に入れられる。翡翠(かわせみ)は羽が美しいために殺される。みな不祥の器である。これも、虎の皮や象牙の模様、鸚鵡がよく話すこと、翡翠の羽が美しいことを咎めるのではない。この類を推し広めて、人道を慎み、天道に従うべきことである。
解説

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