十善法語 / 巻第七・不兩舌戒
朋友ノ間嫌疑ナイ。嫌疑ナケレハ事ノ大小ミナ信ヲ盡ス。此ニ定タコトシヤ。此信外ヨリ來ルテナイ。朋友トナレハ緣起法トシテ如是シヤ。古ニ信陵君カ趙ヲ救ヒ。鮑叔牙カ管仲ヲ進ムル事跡モ。珍シキコトデナイ。夫婦ノ間嫌疑ナイ。嫌疑ナケレハ。夫義ヲ以テ將ユ。婦敬ヲ以テ從フ。此ニ定タコトシヤ。此義ト敬ト外ヨリ來ルテナイ。夫婦トナレバ緣起法トシテ如是シヤ梁伯鸞カ夫婦ノ如キモ。郤缺カ夫婦ノ如キモ。珍シキコトデナイ。
新字:朋友ノ間嫌疑ナイ。嫌疑ナケレハ事ノ大小ミナ信ヲ尽ス。此ニ定タコトシヤ。此信外ヨリ来ルテナイ。朋友トナレハ縁起法トシテ如是シヤ。古ニ信陵君カ趙ヲ救ヒ。鮑叔牙カ管仲ヲ進ムル事跡モ。珍シキコトデナイ。夫婦ノ間嫌疑ナイ。嫌疑ナケレハ。夫義ヲ以テ将ユ。婦敬ヲ以テ従フ。此ニ定タコトシヤ。此義ト敬ト外ヨリ来ルテナイ。夫婦トナレバ縁起法トシテ如是シヤ梁伯鸞カ夫婦ノ如キモ。郤欠カ夫婦ノ如キモ。珍シキコトデナイ。
書き下し
朋友ノ間嫌疑ナイ。嫌疑ナケレハ事ノ大小ミナ信ヲ尽ス。此ニ定タコトシヤ。此信外ヨリ来ルテナイ。朋友トナレハ縁起法トシテ如是シヤ。古ニ信陵君カ趙ヲ救ヒ。鮑叔牙カ管仲ヲ進ムル事跡モ。珍シキコトデナイ。夫婦ノ間嫌疑ナイ。嫌疑ナケレハ。夫義ヲ以テ将ユ。婦敬ヲ以テ従フ。此ニ定タコトシヤ。此義ト敬ト外ヨリ来ルテナイ。夫婦トナレバ縁起法トシテ如是シヤ梁伯鸞カ夫婦ノ如キモ。郤欠カ夫婦ノ如キモ。珍シキコトデナイ。
現代語訳
朋友の間に疑いがない。疑いがなければ、事の大小にかかわらずみな信を尽くす。これは定まったことである。この信は外から来るのではない。朋友となれば縁起の法としてそうなのである。古くに信陵君が趙を救い、鮑叔牙が管仲を推挙した事跡も、珍しいことではない。夫婦の間に疑いがない。疑いがなければ、夫は義をもって導き、妻は敬をもって従う。これは定まったことである。この義と敬とは外から来るのではない。夫婦となればそうなのである。梁伯鸞(梁鴻)の夫婦のようなのも、郤缺の夫婦のようなのも、珍しいことではない。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
国語・晋語五霊公虐なり。趙宣子驟(しばしば)諫む。公之を患え、鉏麑(しょげい)をして之を賊せしむ。晨(あした)に往けば、則ち寝門辟(ひら)けり。盛服して将に朝せんとし、早くして仮寐(かび)す。麑退き、歎じて言いて曰く、「趙孟は敬なるかな。夫れ恭敬を忘れざるは、社稷の鎮なり。国の鎮を賊するは不忠、命を受けて之を廃するは不信、一名を此に享(う)けんよりは、死するに如かず」と。庭の槐(えんじゅ)に触れて死す。霊公将に趙盾(ちょうとん)を殺さんとして、克(よ)くせず。趙穿(ちょうせん)公を桃園に攻め、公子黒臀(こくでん)を逆(むか)えて之を立つ、実に成公為り。
-
『慎思録』巻之二常人の情は、或いは之を始めに厚くすと雖も、然れども往々にして之を終はりに薄くし、其の久しきを保つこと能はず。君子は則ち然らず。其の人を愛敬するや、久しくして衰へず、終始一の如し。人と交はるの道は、当に此くの如くすべし。是れ善行を敦くして怠らざるなり。大抵君子小人の別るる所は、厚薄の間に在るのみ。
-
『文武訓』武訓上前にいへる兵術者の教の如きは、仁義の道を捨て、文武の法に背き、君臣、朋友、およそ人倫に対し偽を行ひ、人の功名をうばひてわが物とし、利を得るを以て日本の武道とす。しかれども、まことの文武の道よりいはば、是を名づけて盗賊といふ。利欲を専にして義理を捨つるは、是国を乱すのわざにして、乱をしづむる武の道にはあらず。上を犯し乱をおこす、乱臣賊子のしわざなり。日本の武道を以て、盗賊のしわざと同じく心得ること、むげにあさまし。少し心あらん人は其非を知るべし、詳に弁ずるにたらず。夫仁義の道、正直にしていつはりなき、是信なり。信なければ、からもやまとも古も今も、人道たたず。人道立たざれば武道も行はれず。主将たる人信なければ、士卒万民の心を得がたし。
-
『五常訓』巻之一・総論又孟子はじめて仁義礼智の四徳をつらねて説き給へり。是又仁義の外、礼智あるにあらず。礼は仁よりいで、智は義の内にあり。朱子の、礼は仁の著るるなり。智は義の蔵るるなりといへるが如し。仁義をわかちて四徳を説くは、陰陽をわかてば、春夏秋冬の四時となるに本づけり。前漢の董仲舒曰く。仁義礼智信五常の道は、王者の当に修飾すべき所なりといへり。是四徳に信を加へて、五常と説ける始なり。四徳の外、別に信あるにあらず。四徳のまことありて偽無きは、即信なり。信なければ仁義礼智にあらず。たとへば四時の内に土用ありて、木火金水の気行はるるが如し。木火金水も、土なければ生ぜず。是董仲舒のはじめて説き出せるにもあらず。上代よりすでに此説あればなり。
-
『韓非子』外儲說左下第三十三魯の哀公孔子に問ひて曰く、「吾聞く古者夔一足有りと、其れ果して信に一足有るか。」孔子対へて曰く、「不なり、夔は一足に非ざるなり。夔は忿戾悪心にして、人多く説喜せざるなり。然りと雖も、其の以て人の害を免るるを得る所以の者は、其の信を以てなり。人皆曰く、独り此の一あれば、足れり、と。夔は一足に非ざるなり、一にして足るなり。」哀公曰く、「審かに而り、固より足れり。」一に曰く、哀公孔子に問ひて曰く、「吾聞く夔は一足なりと、信か。」曰く、「夔は、人なり、何の故に一足ならん。彼其れ他に異なること無し、而して独り声に通ず。堯曰く、夔は一にして足れり、と。楽正と為さしむ。故に君子曰く、夔は一有り、足れり、と。一足に非ざるなり。」三。文王崇を伐ち、鳳黄の虚に至る、韈の係解く、因りて自ら結ぶ。太公望曰く、「何為れぞや。」王曰く、「上は、君と処るもの皆其の師なり。中は、皆其の友なり。下は、尽く其の使なり。今皆先君の臣なり、故に使ふべきもの無きなり。」一に曰く、晋の文公楚と戦ひ、黄鳳の陵に至る、履の係解く、因りて自ら之を結ぶ。左右曰く、「以て人を使ふべからざるか。」公曰く、「吾聞く、上は、君の与に居る所、皆其の畏るる所なり。中は、君の与に居る所、皆其の愛する所なり。下は、君の与に居る所、皆其の侮る所なり。寡人不肖なりと雖も、先君の人皆在り、是を以て之を難るなり。」季孫士を好み、終身荘にして、居処衣服常に朝廷の如し。而して季孫適ま懈り、過失有り、而して長く為すこと能はざるなり。故に客以て己を厭易すと為し、相与に之を怨み、遂に季孫を殺す。故に君子は泰を去り甚を去る。一に曰く、南宮敬子顔涿聚に問ひて曰く、「季孫孔子の徒を養ひ、朝服して与に坐する所の者十を以て数ふるに賊に遇ふは、何ぞや。」
-
『五常訓』巻之五・信一朱子曰、人の誠ならざる所、多くは言の上にありと。信をまもるに、言語の上に心を用ひて、実を以てすべし。一朋友に交るには、もとより愛敬を用ふべし。然れども、信なければ、愛敬も偽より出て、誠の愛敬にあらず。顔色をやはらげ、容貌をうやうやしくするも、偽りかざれるは、愛敬とすべからず。