十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
他ノ嘲ハサモアラハアレ。佛法ノ中ニモ其人ハ希ナシヤ。其人ナキニ就テ眞正法モ漸次ニ衰フル。近世ニ至テ。諸宗分派シテ鋒ヲ唇舌ニ爭フ。ミナ家家ノ私事ニテ。正法ノ規則ハ地ヲ掃テ無ト云モ可ナリシヤ。有佛無佛性相常爾ノ十善モ。無戒破戒ノ者ノ手ニ隱沒スルシヤ。十善カ隱沒スルニ就テ。人情ニ隨順シテ名ヲ求メ利ニ走ル。名利ニ走ルニ就テ。正シキコトヲ嫉ム。闇夜ニ裸者ノ燈燭ヲ憎ムカ如クシヤ。我相ヲ逞クシ。善事ヲツトメヌハ。今時諸宗ノ通弊トナリ來ル。書籍ヲ讀ム者。識別有ル者ノ類ハ信セヌヤウニナルモ尤ナコトシヤ。
新字:他ノ嘲ハサモアラハアレ。仏法ノ中ニモ其人ハ希ナシヤ。其人ナキニ就テ真正法モ漸次ニ衰フル。近世ニ至テ。諸宗分派シテ鋒ヲ唇舌ニ争フ。ミナ家家ノ私事ニテ。正法ノ規則ハ地ヲ掃テ無ト云モ可ナリシヤ。有仏無仏性相常爾ノ十善モ。無戒破戒ノ者ノ手ニ隠没スルシヤ。十善カ隠没スルニ就テ。人情ニ随順シテ名ヲ求メ利ニ走ル。名利ニ走ルニ就テ。正シキコトヲ嫉ム。闇夜ニ裸者ノ灯燭ヲ憎ムカ如クシヤ。我相ヲ逞クシ。善事ヲツトメヌハ。今時諸宗ノ通弊トナリ来ル。書籍ヲ読ム者。識別有ル者ノ類ハ信セヌヤウニナルモ尤ナコトシヤ。
書き下し
他ノ嘲ハサモアラハアレ。仏法ノ中ニモ其人ハ希ナシヤ。其人ナキニ就テ真正法モ漸次ニ衰フル。近世ニ至テ。諸宗分派シテ鋒ヲ唇舌ニ争フ。ミナ家家ノ私事ニテ。正法ノ規則ハ地ヲ掃テ無ト云モ可ナリシヤ。有仏無仏性相常爾ノ十善モ。無戒破戒ノ者ノ手ニ隠没スルシヤ。十善カ隠没スルニ就テ。人情ニ随順シテ名ヲ求メ利ニ走ル。名利ニ走ルニ就テ。正シキコトヲ嫉ム。闇夜ニ裸者ノ灯燭ヲ憎ムカ如クシヤ。我相ヲ逞クシ。善事ヲツトメヌハ。今時諸宗ノ通弊トナリ来ル。書籍ヲ読ム者。識別有ル者ノ類ハ信セヌヤウニナルモ尤ナコトシヤ。
現代語訳
他人の嘲りはそれはそれとして、仏法の中にもその人はまれなのである。その人がいないために、真正の法も次第に衰える。近世に至って、諸宗が分派して、口先で鋒を争う。みな家々の私事であって、正法の規則は地を掃ったようにないと言ってもよいのである。仏がいてもいなくても本性として常にそうである十善も、戒のない者、戒を破る者の手に隠没するのである。十善が隠没するにつれて、人情に従って名を求め利に走る。名利に走るにつれて、正しいことを妬む。闇夜に裸の者が灯火を憎むようなものである。我相をほしいままにし、善事を務めないのは、今時の諸宗の通弊となって来た。書籍を読む者、識別のある者の類が信じないようになるのも、もっともなことである。
解説

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