十八史略 / 『十八史略』宋・仁宗・范仲淹の十項目の改革案
仲淹遷參政富弼為樞副上既擢仲淹等每進見必以太平責之開天章閣召對賜坐給筆札仲淹等皆惶恐退列奏十事一曰明黜陟二曰抑僥倖三曰精貢舉四曰擇官長五曰均公田六曰厚農桑七曰修武備八曰減徭役九曰覃恩信十曰重命令上方信向悉用其說惟武備欲復府兵議宰相以為不可
新字:仲淹遷参政富弼為枢副上既擢仲淹等毎進見必以太平責之開天章閣召対賜坐給筆札仲淹等皆惶恐退列奏十事一曰明黜陟二曰抑僥倖三曰精貢舉四曰択官長五曰均公田六曰厚農桑七曰修武備八曰減徭役九曰覃恩信十曰重命令上方信向悉用其説惟武備欲復府兵議宰相以為不可
書き下し
仲淹、参政に遷り、富弼、枢副と為る。上、既に仲淹等を擢んず。進見する毎に、必ず太平を以て之を責む。天章閣を開き、召対して坐を賜い、筆札を給す。仲淹等、皆惶恐して退き、列ねて十事を奏す。一に曰く、黜陟を明らかにす。二に曰く、僥倖を抑う。三に曰く、貢挙を精にす。四に曰く、官長を択ぶ。五に曰く、公田を均しくす。六に曰く、農桑を厚くす。七に曰く、武備を修む。八に曰く、徭役を減ず。九に曰く、恩信を覃ぼす。十に曰く、命令を重んず、と。上、方に信向し、悉く其の説を用う。惟だ武備にて府兵を復せんと欲するのみ、宰相に議るに、以て不可と為す。
現代語訳
范仲淹は参知政事に昇り、富弼は枢密副使となりました。上は仲淹らを抜擢したあと、彼らが謁見するたびに、必ず太平の世を実現するよう強く求めました。天章閣を開いて召し出し、座を与え、筆と紙を渡しました。仲淹らはみな恐れ入って退き、十か条を列挙して奏上しました。第一に、官吏の昇進と降格を明確にする。第二に、思いがけない幸運による任官を抑える。第三に、科挙による人材の選抜を厳密にする。第四に、地方の長官を慎重に選ぶ。第五に、官僚に与える公田の配分を平等にする。第六に、農業と養蚕を厚く保護する。第七に、軍備を整える。第八に、労役を減らす。第九に、恩典と信義を広く及ぼす。第十に、命令を重んじる。上はまさにこれらを信頼し、ことごとくその説を採用しました。ただ、軍備について、府兵の制度を復活させたいという点だけは、宰相に諮ったところ、不可とされました。
解説

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