人物志 / 英雄
高祖、項羽是也。然英之分,以多於雄,而英不可以少也。英分少,則智者去之,故項羽氣力蓋世,明能合變,而不能聽采奇異,有一范增不用,是以陳平之徒,皆亡歸高祖。英分多,故群雄服之,英才歸之,兩得其用,故能吞秦破楚,宅有天下。
新字:高祖、項羽是也。然英之分,以多於雄,而英不可以少也。英分少,則智者去之,故項羽気力蓋世,明能合変,而不能聴采奇異,有一范增不用,是以陳平之徒,皆亡帰高祖。英分多,故群雄服之,英才帰之,両得其用,故能呑秦破楚,宅有天下。
書き下し
高祖・項羽是れなり。然れども英の分は、以て雄より多くし、而して英は以て少なかるべからざるなり。英の分少なければ、則ち智者之を去る。故に項羽は気力世を蓋ひ、明能く変に合するも、奇異を聴采すること能はず、一范増有りて用ゐず、是を以て陳平の徒、皆亡げて高祖に帰す。英の分多し、故に群雄之に服し、英才之に帰し、両つながら其の用を得、故に能く秦を呑み楚を破り、宅して天下を有つ。
現代語訳
高祖(劉邦、漢の初代皇帝)と項羽(こうう、楚の覇王)がそれである。しかし英の分は雄より多くあるべきで、英は少なくてはならない。英の分が少なければ、知恵ある者が去っていく。だから項羽は気力が世を覆うほどで、明察も変化に応じることができたが、奇抜な献策を聞き入れることができず、范増(はんぞう、項羽の参謀)という一人の知者がいながら用いなかった。そのため陳平(ちんぺい、のちの漢の宰相)らはみな逃げて高祖のもとに帰した。高祖は英の分が多かったので、群雄が服従し、英才が帰服して、英と雄の両方をともに用いることができた。だから秦を併呑し楚を破って、天下を治めることができたのである。
解説
関連する章句
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『長短経』量才力は能く人に過ぎ、勇は能く之を行うも、智は事を料る能わざれば、以て先登と為す可くも、未だ以て将帥と為すに足らず。必ず聡は能く始めを謀り、明は能く機を見、行は能く之を決し、然る後に乃ち以て英と為す可し。張良是なり。気力は人に過ぎ、勇は能く之を行い、智は事を料るに足り、然る後に乃ち以て雄と為す可し。韓信是なり。若し一人の身に英雄を兼ね有せば、則ち能く世に長たり。高祖・項羽是なり。〕
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人物志・英雄韓信是れなり。体分同じからず、多きを以て目と為す、故に英雄は名を異にす。然れども皆偏至の材にして、人臣の任なり。
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史記 高祖本紀高祖曰く、「公其の一を知りて、未だ其の二を知らず。夫れ籌策を帷帳の中に運らし、勝を千里の外に決するは、吾子房に如かず。国家を鎮め百姓を撫し、餽馕を給し糧道を絶たざるは、吾蕭何に如かず。百萬の軍を連ね、戦へば必ず勝ち、攻むれば必ず取るは、吾韓信に如かず。此の三者は、皆人傑なり、吾能く之を用ゐる、此れ吾が天下を取る所以なり。項羽は一范増有れども而も用ゐる能はず、此れ其の我が擒と為る所以なり」と。
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史記 高祖本紀高起・王陵対へて曰く、「陛下人をして城を攻め地を略せしめ、降下する所の者は因りて以て之を予へ、天下と利を同じくす。項羽は賢を妒み能を嫉み、功有る者は之を害し、賢者は之を疑ひ、戦ひ勝ちて人に功を予へず、地を得て人に利を予へず、此れ天下を失ふ所以なり」と。
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人物志・英雄張良是れなり。
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人物志・英雄然らば則ち英雄の多少は、能く自ら勝つの数なり。徒だ英にして雄ならざれば、則ち雄材服せず。徒だ雄にして英ならざれば、則ち智者帰往せず。
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