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史記 / 高祖本紀

群臣皆曰:「大王起微細,誅暴逆,平定四海,有功者輒裂地而封為王侯。大王不尊號,皆疑不信。臣等以死守之。」漢王三讓,不得已,曰:「諸君必以為便,便國家。」甲午,乃即皇帝位汜水之陽。皇帝曰義帝無後。齊王韓信習楚風俗,徙為楚王,都下邳。立建成侯彭越為梁王,都定陶。故韓王信為韓王,都陽翟。徙衡山王吳芮為長沙王,都臨湘。番君之將梅鋗有功,從入武關,故德番君。淮南王布、燕王臧荼、趙王敖皆如故。天下大定。高祖都雒陽,諸侯皆臣屬。故臨江王驩為項羽叛漢,令盧綰、劉賈圍之,不下。數月而降,殺之雒陽。五月,兵皆罷歸家。諸侯子在關中者復之十二歲,其歸者復之六歲,食之一歲。高祖置酒雒陽南宮。高祖曰:「列侯諸將無敢隱朕,皆言其情。吾所以有天下者何?項氏之所以失天下者何?」

新字:群臣皆曰:「大王起微細,誅暴逆,平定四海,有功者輒裂地而封為王侯。大王不尊号,皆疑不信。臣等以死守之。」漢王三譲,不得已,曰:「諸君必以為便,便国家。」甲午,乃即皇帝位汜水之陽。皇帝曰義帝無後。斉王韓信習楚風俗,徙為楚王,都下邳。立建成侯彭越為梁王,都定陶。故韓王信為韓王,都陽翟。徙衡山王呉芮為長沙王,都臨湘。番君之将梅鋗有功,従入武関,故徳番君。淮南王布、燕王臧荼、趙王敖皆如故。天下大定。高祖都雒陽,諸侯皆臣属。故臨江王驩為項羽叛漢,令盧綰、劉賈囲之,不下。数月而降,殺之雒陽。五月,兵皆罷帰家。諸侯子在関中者復之十二歳,其帰者復之六歳,食之一歳。高祖置酒雒陽南宮。高祖曰:「列侯諸将無敢隠朕,皆言其情。吾所以有天下者何?項氏之所以失天下者何?」

書き下し

群臣皆曰く、「大王微細より起こり、暴逆を誅し、四海を平定し、功有る者は輒ち地を裂きて封じて王侯と為す。大王号を尊ばずんば、皆疑ひて信ぜず。臣等死を以て之を守らん。」と。漢王三たび譲る、已むを得ずして、曰く、「諸君必ず以て便と為さば、国家に便ならん。」と。甲午、乃ち皇帝の位に汜水の陽に即く。皇帝曰く義帝後無しと。斉王韓信楚の風俗に習ふ、徙して楚王と為し、下邳に都せしむ。建成侯彭越を立てて梁王と為し、定陶に都せしむ。故の韓王信を韓王と為し、陽翟に都せしむ。衡山王呉芮を徙して長沙王と為し、臨湘に都せしむ。番君の将梅鋗功有り、従ひて武関に入る、故に番君を徳とす。淮南王布・燕王臧荼・趙王敖皆故の如し。天下大いに定まる。高祖雒陽に都す、諸侯皆臣属す。故の臨江王驩項羽の為に漢に叛く、盧綰・劉賈をして之を囲ましむ、下らず。数月にして降る、之を雒陽に殺す。五月、兵皆罷めて家に帰る。諸侯の子の関中に在る者は之を復すること十二歳、其の帰る者は之を復すること六歳、之に食ましむること一歳。高祖雒陽の南宮に置酒す。高祖曰く、「列侯諸将敢へて朕に隠す無く、皆其の情を言へ。吾の天下を有する所以の者は何ぞ。項氏の天下を失ふ所以の者は何ぞ。」と。

現代語訳

群臣は皆言った。「大王は低い身分から身を起こし、暴虐な者を討ち、天下を平定され、功績のある者にはそのたびに土地を分けて王や侯に封じてこられた。大王が尊い称号を名乗られなければ、皆が疑って信じなくなるだろう。私たちは命をかけてこのことを守る」。漢王は三度辞退したが、やむを得ず、「諸君がどうしてもそれがよいと考えるなら、国家のためになるのだろう」と言った。甲午の日、汜水の北で皇帝の位に就いた。皇帝は、義帝には跡継ぎがいないと述べた。斉王韓信は楚の風俗に慣れ親しんでいたので、移して楚王とし、下邳を都とさせた。建成侯彭越を梁王に立て、定陶を都とさせた。もとの韓王信を韓王とし、陽翟を都とさせた。衡山王呉芮を移して長沙王とし、臨湘を都とさせた。番君(呉芮)の将の梅鋗は功績があり、高祖に従って武関に入ったので、高祖は番君に恩義を感じていたのである。淮南王黥布・燕王臧荼・趙王張敖は皆もとのままとした。こうして天下は大いに定まった。高祖は雒陽を都とし、諸侯は皆臣下として従った。もとの臨江王の驩は項羽のために漢に背いたので、盧綰と劉賈に包囲させたが、降らなかった。数か月して降ったので、雒陽で殺した。五月、兵は皆解散して家に帰った。関中に残った諸侯の子弟は十二年間税と労役を免除し、故郷に帰る者は六年間免除し、一年間食糧を支給した。高祖は雒陽の南宮で酒宴を開き、こう言った。「列侯や将たちよ、朕に隠し立てせず、皆本心を言ってみよ。私が天下を取ることができたのはなぜか。項氏が天下を失ったのはなぜか」。

解説

劉邦が皇帝に即位し、戦後の体制を整える段です。群臣は「大王が帝号を名乗らなければ、王侯に封じられた我々の地位も信用されない」と説きました。功臣たちにとって、劉邦の即位は自らの地位を保証するものでもあったのです。劉邦は三度辞退したうえで即位しました。その後、韓信を斉王から楚王に移し、彭越を梁王とするなど論功行賞を行い、兵を解散して、関中に残る者や故郷に帰る者に税や労役の免除を与えました。戦争を終わらせるには、戦った人々の生活を立て直す手当てが欠かせません。最後に劉邦は酒宴で「なぜ私は天下を取り、項羽は失ったのか」と問いかけます。この問いへの答えは、劉邦自身が語る「三傑」の話として次に続きます。勝った理由を皆で振り返る姿勢が印象的です。

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