十八史略 / 『十八史略』秦・二世・鹿を指して馬と為す
中丞相趙高欲專秦權恐群臣不聽乃先設驗持鹿獻於二世曰馬也二世笑曰丞相誤邪指鹿為馬問左右或黙或言高陰中諸言鹿者以法後群臣皆畏高莫敢言其過
新字:中丞相趙高欲専秦権恐群臣不聴乃先設験持鹿献於二世曰馬也二世笑曰丞相誤邪指鹿為馬問左右或黙或言高陰中諸言鹿者以法後群臣皆畏高莫敢言其過
書き下し
中丞相趙高、秦の権を専らにせんと欲し、群臣の聴かざらんことを恐れ、乃ち先ず験を設け、鹿を持して二世に献じて曰く、馬なり、と。二世笑いて曰く、丞相誤てるか、鹿を指して馬と為す、と。左右に問う。或いは黙し、或いは言う。高、陰かに諸の鹿と言う者を中するに法を以てす。後、群臣皆高を畏れ、敢えて其の過ちを言う莫し。
現代語訳
中丞相の趙高は、秦の権力を一手に握ろうとしましたが、群臣が従わないことを恐れ、まず試しをすることにしました。鹿を二世皇帝のもとに献上して、「馬でございます」と言いました。二世は笑って、「丞相は間違えたのか。鹿を指して馬だとは」と言い、周りの者に尋ねました。黙っている者もあり、何かを答える者もありました。趙高は、鹿だと言った者たちをひそかに法にかけて罰しました。それ以後、群臣はみな趙高を恐れ、あえてその過ちを口にする者はいなくなりました。
解説
「馬鹿」の語源ともいわれる有名な場面です。趙高は、明らかな誤りを堂々と言い切ることで、誰が自分に従うかを見極め、逆らった者を罰して口を封じました。ここで恐ろしいのは嘘そのものより、その後に誰も事実を言えなくなったことです。以後の秦は、皇帝が真実を知らされないまま崩れていきます。組織でも、上の誤りを指摘した人が不利益を受ければ、やがて誰も報告しなくなります。事実を言える空気を守れているかが、トップの最初の仕事だと教えてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
趙高指鹿為馬二世皇帝諫言忖度組織の沈黙
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『倭忠経』・百工章第四・百工章 諂わずいさめるのが真の忠百工章第四國天下をおさむるは。右に云へるごとく。下の賢を見知り。其器量に似合たる人を。その役に備るよりはじまれり。扨その役を承る人その役ばかりをつとむるを。全忠とは云べからず。然れば眞實の忠ある人は。上たる人につかふまつるに。主君の御前に出て。君の御爲よき事をば。すみやかにいさむべし。倩下愚の臣たる者を見れば。上を諂利欲にふけり。善惡の別なく。主君の機嫌を守り。たとへば好色をこのむ人には。己も共に。好色の事を以。主人の氣にとり入。寶を好人には。利欲のさたをして。主人をよろこばしむ。せめてをのれもかく思はゞ。すべき事なし。內心には。あくまで。主人をうとみぬれ共。我身の爲を考。又は諸ほうばいに用らるべき爲に。君の面前にては。したがひたるふりを見せ。却て主君を惡口す。かくのごとく。とにかくに。君の心に。たがふまじとて。過をましかざり。君を不義におとし入るゝは。忠にあらず。たとへ我身は何共なれ。君の爲に身をうしなふは。本より臣たるものゝねがふ處。和漢共に其例多し。され共君の爲ならば。忠節は跡に殘べし。されば生は人の好む處。死は人のにくむ處なれ共。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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言志四録・言志録 第七十条 諫めは誠意に在り凡そ人を諫めんと欲するには、唯だ一団の誠意の言に溢るる有るのみ。苟くも一忿疾の心を挟まば、諫め決して入らず。