倭忠経 / 百工章第四・百工章 諂わずいさめるのが真の忠
百工章第四國天下をおさむるは。右に云へるごとく。下の賢を見知り。其器量に似合たる人を。その役に備るよりはじまれり。扨その役を承る人その役ばかりをつとむるを。全忠とは云べからず。然れば眞實の忠ある人は。上たる人につかふまつるに。主君の御前に出て。君の御爲よき事をば。すみやかにいさむべし。倩下愚の臣たる者を見れば。上を諂利欲にふけり。善惡の別なく。主君の機嫌を守り。たとへば好色をこのむ人には。己も共に。好色の事を以。主人の氣にとり入。寶を好人には。利欲のさたをして。主人をよろこばしむ。せめてをのれもかく思はゞ。すべき事なし。內心には。あくまで。主人をうとみぬれ共。我身の爲を考。又は諸ほうばいに用らるべき爲に。君の面前にては。したがひたるふりを見せ。却て主君を惡口す。かくのごとく。とにかくに。君の心に。たがふまじとて。過をましかざり。君を不義におとし入るゝは。忠にあらず。たとへ我身は何共なれ。君の爲に身をうしなふは。本より臣たるものゝねがふ處。和漢共に其例多し。され共君の爲ならば。忠節は跡に殘べし。されば生は人の好む處。死は人のにくむ處なれ共。
新字:百工章第四国天下をおさむるは。右に云へるごとく。下の賢を見知り。其器量に似合たる人を。その役に備るよりはじまれり。扨その役を承る人その役ばかりをつとむるを。全忠とは云べからず。然れば真実の忠ある人は。上たる人につかふまつるに。主君の御前に出て。君の御為よき事をば。すみやかにいさむべし。倩下愚の臣たる者を見れば。上を諂利欲にふけり。善悪の別なく。主君の機嫌を守り。たとへば好色をこのむ人には。己も共に。好色の事を以。主人の気にとり入。宝を好人には。利欲のさたをして。主人をよろこばしむ。せめてをのれもかく思はゞ。すべき事なし。内心には。あくまで。主人をうとみぬれ共。我身の為を考。又は諸ほうばいに用らるべき為に。君の面前にては。したがひたるふりを見せ。却て主君を悪口す。かくのごとく。とにかくに。君の心に。たがふまじとて。過をましかざり。君を不義におとし入るゝは。忠にあらず。たとへ我身は何共なれ。君の為に身をうしなふは。本より臣たるものゝねがふ処。和漢共に其例多し。され共君の為ならば。忠節は跡に残べし。されば生は人の好む処。死は人のにくむ処なれ共。
書き下し
百工章第四國天下をおさむるは。右に云へるごとく。下の賢を見知り。其器量に似合たる人を。その役に備るよりはじまれり。扨その役を承る人その役ばかりをつとむるを。全忠とは云べからず。然れば眞實の忠ある人は。上たる人につかふまつるに。主君の御前に出て。君の御爲よき事をば。すみやかにいさむべし。倩下愚の臣たる者を見れば。上を諂利欲にふけり。善惡の別なく。主君の機嫌を守り。たとへば好色をこのむ人には。己も共に。好色の事を以。主人の氣にとり入。寶を好人には。利欲のさたをして。主人をよろこばしむ。せめてをのれもかく思はゞ。すべき事なし。內心には。あくまで。主人をうとみぬれ共。我身の爲を考。又は諸ほうばいに用らるべき爲に。君の面前にては。したがひたるふりを見せ。却て主君を惡口す。かくのごとく。とにかくに。君の心に。たがふまじとて。過をましかざり。君を不義におとし入るゝは。忠にあらず。たとへ我身は何共なれ。君の爲に身をうしなふは。本より臣たるものゝねがふ處。和漢共に其例多し。され共君の爲ならば。忠節は跡に殘べし。されば生は人の好む處。死は人のにくむ處なれ共。
現代語訳
百工章第四。国天下を治めることは、右に言うとおり、下の賢い者を見知って、その器量に似合った人をその役に備えることから始まります。さてその役を承る人が、その役だけを務めるのを、完全な忠とはいえません。真実の忠のある人は、上の人に仕えるのに、主君の御前に出て、君のためによいことであれば、速やかにいさめるものです。つらつら下愚の臣を見ると、上に諂い、利欲にふけり、善悪の区別なく、主君の機嫌をうかがい、たとえば好色を好む人には、自分も共に好色の話をして主人の気に入り、宝を好む人には利欲の話をして主人を喜ばせます。せめて自分もそう思っているのなら、しかたがありません。内心ではあくまで主人を疎んじているのに、我が身のためを考え、あるいは同僚に用いられるために、君の面前では従ったふりをして、かえって主君を悪く言います。このようにとにかく君の心に逆らうまいとして、過ちを増し飾り、君を不義に陥れるのは忠ではありません。たとえ自分の身はどうなっても、君のために身を失うのは、もとより臣の願うところで、日本にも中国にも例が多くあります。けれども君のためならば、忠節は後に残るでしょう。生は人の好むところ、死は人の憎むところですが、
解説
この章句が説くこと
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『秘本玉くしげ』下 物言へぬ御前御前へ出る人人とても、ただ恐れ慎しむのみにて、中中にこまごまとしたることを御咄し申上るやうの事はなりがたく、一通り申上る事も、ただあたりさはりを思ひ、御きげんをあやぶむ故に、ただ不調法を申さぬやうに、難のなきやうにのみ申上て、下の事はただ宜しきやうに、諸民ありがたがる様子にのみ申上て、すこしにてもわろき事を申上る者とてはあることなし。是は其人の申上ざるがあしきにはあらず、ただ上のおもおもしくて申上がたきやうのならはしなるがあしき也。同輩どちの中にてすら、その人のわろき事などは少しにても云にくき物なれば、まして主君に対し奉りては其はづの事也。家老たる人をはじめとして右の如くなれば、まして下下の人は、いかほど目にあまる事の下にありても、直に申上るなどいふことは叶はぬこと也。階級を経て段段に申上る事は、其中途にて次第に違ひゆくものなれば、下下の有さま、とかくありのままには上へはとほりがたし。
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史記 蒙恬列伝而して御史曲宮を遣はし伝に乗りて代に之かしめ、蒙毅に令して曰く、「先主太子を立てんと欲して卿之を難ず。今丞相卿を以て不忠と為し、罪其の宗に及ぶ。朕忍びず、乃ち卿に死を賜ふ。亦甚だ幸ひなり。卿其れ之を図れ」と。毅対へて曰く、「臣を以て先主の意を得る能はずと為さば、則ち臣は少くして宦し、順ひ幸せられて世を没へたり。意を知ると謂ふべし。臣を以て太子の能を知らずと為さば、則ち太子独り従ひ、天下を周旋し、諸公子を去ること絶だ遠し。臣疑ふ所無し。夫れ先主の太子を挙用するは、数年の積なり。臣乃ち何の言か之れ敢て諫め、何の慮りか之れ敢て謀らん。敢て辞を飾りて以て死を避くるに非ざるなり。先主の名を羞累せんが為なり。願はくは大夫為に慮り、臣をして情実に死するを得しめよ。且つ夫れ順成全なる者は、道の貴ぶ所なり。刑殺なる者は、道の卒ふる所なり。昔者秦の穆公は三良を殺して死し、百里奚を罪するも其の罪に非ず。故に号を立てて『繆』と曰ふ。昭襄王は武安君白起を殺す。楚の平王は伍奢を殺す。呉王夫差は伍子胥を殺す。此の四君は、皆大いに失ふと為して、天下之を非とし、其の君を以て明ならずと為し、是を以て諸侯に籍せらる。故に曰く『道を用ひて治むる者は無罪を殺さず、而して罰は無辜に加へず』と。唯だ大夫心を留めよ」と。使者、胡亥の意を知り、蒙毅の言を聴かず、遂に之を殺す。二世又使者を遣はして陽周に之かしめ、
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史記 秦始皇本紀禹龍門を鑿ち、大夏に通じ、河を決して水を亭め、之を海に放ち、身自ら築臿を持し、脛に毛毋し。臣虜の労も此より烈しからず』と。凡そ天下を有つことを貴ぶ所以の者は、意を肆にし欲を極むることを得、主は明法を重んじ、下は敢へて非を為さず、以て海内を制御すればなり。夫れ虞・夏の主は、貴きこと天子為るも、親ら窮苦の実に処りて、以て百姓に徇ふ。尚ほ何ぞ法に於てせん。朕は万乗を尊ぶも、其の実毋し。吾千乗の駕、万乗の属を造り、吾が号名を充たさんと欲す。且つ先帝は諸侯より起こり、天下を兼ね、天下已に定まり、外は四夷を攘ひて以て辺竟を安んじ、宮室を作りて以て意を得たるを章らかにす。而して君は先帝の功業の緒有るを観る。今朕位に即きて二年の間、群盗并び起こるも、君禁ずる能はず、又先帝の為す所を罷めんと欲す。是れ上は以て先帝に報ゆる毋く、次は朕の為に忠力を尽くさず。何を以て位に在らんや」と。去疾・斯・劫を吏に下し、他罪を案責す。去疾・劫曰く、「将相は辱められず」と。自殺す。斯卒に囚はれ、五刑に就く。三年、章邯等其の卒を将ゐて鉅鹿を囲む。楚の上将軍項羽楚の卒を将ゐて往きて鉅鹿を救ふ。冬、趙高丞相と為り、竟に李斯を案じて之を殺す。夏、章邯等戦ひて数却く。二世人をして邯を譲めしむ。邯恐れ、長史欣をして事を請はしむ。趙高見ず、又信ぜず。欣恐れ、亡げ去る。高人をして捕追せしむるも及ばず。欣邯に見えて曰く、「趙高中に事を用ゐる。将軍功有るも亦誅せられ、功無きも亦誅せられん」と。項羽急に秦の軍を撃ち、王離を虜にす。邯等遂に兵を以て諸侯に降る。八月己亥、趙高乱を為さんと欲するも、群臣の聴かざらんことを恐れ、乃ち先づ験を設け、鹿を持ちて二世に献じ、曰く、「馬なり」と。二世笑ひて曰く、「丞相誤れるか、鹿を謂ひて馬と為す」と。左右に問ふ。左右或いは默し、或いは馬と言ひて以て趙高に阿順す。或いは鹿と言ふ。高因りて陰かに諸の鹿と言ふ者を中つるに法を以てす。後群臣皆高を畏る。
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史記 宋微子世家微子開は、殷の帝乙の首子にして帝紂の庶兄なり。紂既に立ち、明らかならず、政に淫乱す。微子数々諫むるも、紂聴かず。祖伊周の西伯昌の徳を修め、黎国を滅ぼすを以て、禍の至らんことを懼れ、以て紂に告ぐるに及ぶ。紂曰く、「我が生は命天に在る有らずや。是れ何をか能く為さん」と。是に於て微子、紂の終に諫むべからざるを度り、之に死せんと欲し、及び去らんとするも、未だ自ら決すること能はず。乃ち太師・少師に問ひて曰く、「殷は治政有らず、四方を治めず。我が祖遂に上に陳ぶ。紂酒に沈湎し、婦人是れ用ひ、湯の徳を下に乱敗す。殷既に小大好んで草窃姦宄し、卿士師師度に非ず、皆罪辜有り、乃ち維れ獲ること无し。小民乃ち并び興り、相敵讎と為る。今殷其れ典喪へり。水を渉るに津涯无きが若し。殷遂に喪ひ、越に今に至る」と。曰く、「太師、少師、我其れ発して出で往かんか。吾が家喪に保たんか。今女故无くして予に告ぐ。顛躋(てんせい)せば、之を如何せん」と。太師若(かく)のごとく曰く、「王子、天篤く菑(わざはひ)を下して殷国を亡ぼす。乃ち畏るべきを畏れず、老長を用ひず。今殷の民乃ち神祇の祀を陋淫す。今誠に国を治むるを得ば、国治まりて身死すとも恨みず。死を為して、終に治むるを得ずんば、去るに如かず」と。遂に亡ぐ。箕子は、紂の親戚なり。紂始めて象箸を為る。箕子嘆じて曰く、「彼象箸を為らば、必ず玉桮を為らん。桮を為らば、則ち必ず遠方の珍怪の物を思ひて之を御せん。輿馬宮室の漸、此より始まり、振ふべからず」と。紂淫泆を為す。箕子諫むるも、聴かず。人或いは曰く、「以て去るべし」と。箕子曰く、「人臣為りて諫めて聴かれずして去るは、是れ君の悪を彰らかにして自ら民に説(よろこ)ばるるなり。吾為すに忍びざるなり」と。乃ち髪を被り詳狂して奴と為る。遂に隠れて琴を鼓きて以て自ら悲しむ。故に之を伝へて箕子操と曰ふ。王子比干は、亦た紂の親戚なり。
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史記 楽書上は朝廷より、下は人民に至るまで、以て歓喜を接し、殷勤を合するを得、此の和説に非ずんば通ぜず、解沢流れず、亦各々一世の化、時を度るの楽なり、何ぞ必ずしも華山の騄耳にして而る後に遠きを行かんや」と。二世之を然りとす。高祖、沛を過りて三侯の章を詩し、小児をして之を歌はしむ。高祖崩じ、沛をして四時に宗廟に歌舞するを得しむ。孝恵・孝文・孝景は増更する所無く、楽府に於いて常を習ひ旧を肄ふのみ。今上即位するに至り、十九章を作り、侍中李延年をして其の声を次序せしめ、拝して協律都尉と為す。一経に通ずるの士も独り其の辞を知る能はず、皆五経の家を集会し、相与に共に講習して之を読み、乃ち能く其の意を通知す、多く爾雅の文なり。漢家常に正月上辛を以て太一を甘泉に祠り、昏時を以て夜祠り、明に到りて終はる。常に流星の祠壇の上を経る有り。僮男僮女七十人をして俱に歌はしむ。春は青陽を歌ひ、夏は朱明を歌ひ、秋は西暤を歌ひ、冬は玄冥を歌ふ。世に多く有り、故に論ぜず。又嘗て神馬を渥洼の水中に得て、復た次して以て太一の歌と為す。歌曲に曰く、「太一貢ぎて天馬下る、赤汗に霑ひて沫赭を流す。騁せて容与として万里を跇ゆ、今安んぞ匹せん、龍を友と為す」と。後に大宛を伐ちて千里の馬を得、馬の名は蒲梢、次して作りて以て歌と為す。歌詩に曰く、「天馬来たる、西極よりす。万里を経て有徳に帰す。霊威を承けて外国を降し、流沙を渉りて四夷服す」と。中尉汲黯進みて曰く、「凡そ王者の楽を作るは、上は以て祖宗を承け、下は以て兆民を化す。今陛下馬を得て、詩して以て歌と為し、宗廟に協す、先帝百姓豈に能く其の音を知らんや」と。上黙然として説ばず。丞相公孫弘曰く、「黯は聖制を誹謗す、当に族すべし」と。凡そ音の起こるは、人心より生ずるなり。人心の動くは、物之をして然らしむるなり。
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『春秋左氏伝』僖公十五年 韓原の戦い壬戌、韓原に戰ふ。晉の戎馬濘に還りて止まる。公慶鄭を號ぶ。慶鄭曰く、「諫に愎り卜に違ふ、固より敗を是れ求む、又何ぞ逃れん」と。遂に之を去る。梁由靡韓簡を御し、虢射右と為り、秦伯を輅へ、將に之を止めんとす。鄭公を救ふを以て之を誤らしめ、遂に秦伯を失ふ。秦晉侯を獲て以て歸る。晉の大夫首を反し舍を拔きて、之に從ふ。秦伯使ひして辭せしめて曰く、「二三子何ぞ其れ慼へるや。寡人の君に從ひて西するや、亦た晉の妖夢を是れ踐むのみ、豈に敢へて以て至らんや」と。晉の大夫三拜稽首して曰く、「君は后土を履みて皇天を戴く。皇天后土、實に君の言を聞く、群臣敢へて下風に在らん」と。穆姬晉侯の將に至らんとするを聞き、大子罃・弘と女簡・璧とを以て、臺に登りて薪を履む。免服衰絰を以て逆へしめ、且つ告げしめて曰く、「上天災を降し、我が兩君をして玉帛を以て相見えずして、戎を興すを以てせしむ。若し晉君朝に以て入らば、則ち婢子夕べに以て死せん。夕べに以て入らば、則ち朝に以て死せん。唯だ君之を裁け」と。乃ち諸を靈臺に舍らしむ。

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