実武一家言抄録 / 頭分の人選と一芸の組
(二)凡庶多の人數を扶持する者は、先番頭物頭の其任に當る人を得るを要とす、頭分といふ者は各一組の人數を預置て一方を任せる者なれば、若し其人にあらざる時は、主將の撫御の恩或は行屆ざる所ありて其武備精銳を極る事能はざる者也、故に頭分は勇壯にして物に動ぜざる人を撰ぶべし、又諸士は勿論下賤の者にても軍理に通じ物見等に用ふべき者を撰て一組と成置べし、又多力にして勇有者を一組に、頓智頓才ありて能辨なる者を一組に、博學にして和漢の事跡に明なるを一組にし、大銃火術砲術に鍛練なるを一組とし、早道早業の者一組とし、天文地理算數の達人を一組とし、弓馬の上手水練を學びたるを一組とし、都て一藝に勝れたる者を皆撰で一組とし置て、軍事ある時には本陣は勿論の事、諸手の兩頭にも分預けて、肝要成る時の用に備ふべし、我父玄明窩翁の門弟に仙臺人林子平なる者あり、海國兵談十六卷を著して當世の武備を論ずる事頗る其理を得たり、彼書に記載する所は大半我家の兵法より出る、宜く此書と參校すべし、大に軍事に益ある說多し、
新字:(二)凡庶多の人数を扶持する者は、先番頭物頭の其任に当る人を得るを要とす、頭分といふ者は各一組の人数を預置て一方を任せる者なれば、若し其人にあらざる時は、主将の撫御の恩或は行届ざる所ありて其武備精鋭を極る事能はざる者也、故に頭分は勇壮にして物に動ぜざる人を撰ぶべし、又諸士は勿論下賤の者にても軍理に通じ物見等に用ふべき者を撰て一組と成置べし、又多力にして勇有者を一組に、頓智頓才ありて能弁なる者を一組に、博学にして和漢の事跡に明なるを一組にし、大銃火術砲術に鍛練なるを一組とし、早道早業の者一組とし、天文地理算数の達人を一組とし、弓馬の上手水練を学びたるを一組とし、都て一芸に勝れたる者を皆撰で一組とし置て、軍事ある時には本陣は勿論の事、諸手の両頭にも分預けて、肝要成る時の用に備ふべし、我父玄明窩翁の門弟に仙台人林子平なる者あり、海国兵談十六巻を著して当世の武備を論ずる事頗る其理を得たり、彼書に記載する所は大半我家の兵法より出る、宜く此書と参校すべし、大に軍事に益ある説多し、
書き下し
(二)凡庶多の人數を扶持する者は、先番頭物頭の其任に當る人を得るを要とす、頭分といふ者は各一組の人數を預置て一方を任せる者なれば、若し其人にあらざる時は、主將の撫御の恩或は行屆ざる所ありて其武備精銳を極る事能はざる者也、故に頭分は勇壯にして物に動ぜざる人を撰ぶべし、又諸士は勿論下賤の者にても軍理に通じ物見等に用ふべき者を撰て一組と成置べし、又多力にして勇有者を一組に、頓智頓才ありて能辨なる者を一組に、博學にして和漢の事跡に明なるを一組にし、大銃火術砲術に鍛練なるを一組とし、早道早業の者一組とし、天文地理算數の達人を一組とし、弓馬の上手水練を學びたるを一組とし、都て一藝に勝れたる者を皆撰で一組とし置て、軍事ある時には本陣は勿論の事、諸手の兩頭にも分預けて、肝要成る時の用に備ふべし、我父玄明窩翁の門弟に仙臺人林子平なる者あり、海國兵談十六卷を著して當世の武備を論ずる事頗る其理を得たり、彼書に記載する所は大半我家の兵法より出る、宜く此書と參校すべし、大に軍事に益ある說多し、
現代語訳
(二)おおよそ多くの人数を養う者は、まず番頭・物頭の役にふさわしい人を得ることが肝要である。頭分の者はそれぞれ一組の人数を預かって一方面を任されるので、もしその人でなければ、主将の撫御の恩が行き届かないところが出て、軍備を精鋭の極みまで高めることができない。だから頭分は、勇壮で物事に動じない人を選ぶべきである。また、武士はもちろん身分の低い者でも、軍の道理に通じ物見などに用いるべき者を選んで一組にしておくべきである。また、力が強く勇気のある者を一組、機転が利き弁舌の巧みな者を一組、博学で和漢の事跡に明るい者を一組、大砲・火術・砲術に鍛錬を積んだ者を一組、足が速く早業のできる者を一組、天文・地理・算数の達人を一組、弓馬に巧みで水練を学んだ者を一組とし、すべて一芸に優れた者をみな選んで一組にしておき、軍事のあるときには本陣はもちろん、諸手の両頭にも分け預けて、肝要な時の用に備えるべきである。わが父玄明窩翁の門弟に、仙台の人、林子平という者がいた。『海国兵談』十六巻を著して当世の武備を論じ、その理をよく得ている。その書に記されたことの大半は、わが家の兵法から出たものである。この書と照らし合わせて読むのがよい。軍事に大いに役立つ説が多い。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・政理楊朱、梁王に見え、天下を治むるは諸を掌に運らすが如しと言う。梁王曰く、「先生一妻一妾有りて治むる能わず、三畝の園芸すること能わず、天下を治むるは諸を手掌に運らすが如しと言うは何を以てか。」楊朱曰く、「臣之有り。君夫の羊を見ずや、百羊にして群れ、五尺の童子をして杖を荷いて之に随わしむれば、東せんと欲すれば東し、西せんと欲すれば西す。君且つ堯をして一羊を牽かしめ、舜をして杖を荷いて之に随わしめば、則ち乱の始めなり。臣之を聞く、夫れ舟を吞むの魚は淵に遊ばず、鴻鵠高く飛びて汙池に就かず。何となれば則ち其の志極めて遠ければなり。黄鐘大呂は繁奏の舞に従う可からず。何となれば則ち其の音疏なればなり。将に大なる者を治めんとする者は小なる者を治めず、大功を成す者は小しく苛せず、此を之謂うなり。」
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『春秋左氏伝』襄公二十六年 叔向、子朱と争う二十六年春、秦伯の弟鍼晉に如きて成を脩む。叔向、行人子員を召さしむ。行人子朱曰く、「朱や御に當たる」と。三たび云ふも、叔向應へず。子朱怒りて曰く、「班爵同じきに、何を以て朱を朝に黜くる」と。劍を撫して之に從ふ。叔向曰く、「秦・晉和せざること久し。今日の事、幸ひにして集らば、晉國之に賴らん。集らずんば、三軍骨を暴さん。子員は二國の言を道ひて私無し。子は常に之を易ふ。姦以て君に事ふる者は、吾が能く御ぐ所なり」と。衣を拂ひて之に從ふ。人之を救ふ。平公曰く、「晉其れ庶からんか。吾が臣の爭ふ所の者大なり」と。師曠曰く、「公室卑からんことを懼る。臣心もて競はずして力もて爭ひ、德を務めずして善を爭ふ。私欲已に侈いなり。能く卑きこと無からんや」と。
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『武治提要』知人・第12段武將人を知の道、其實人を棄べからざるが爲なり。四海の人、中の中等以下は多く、中の上等以上尤稀なり。人を知こと明なるときは、其器に應じて以てこれを用ゆべし。其撰こと審なるときは、人々必ず其德を琢磨するに志べし。これ風俗を化するの道にして、武將の寬仁なり。其間其質下の下等にして、竟に化すべからず 國家に害あるものは、四夷に放て中國を同せざること、武治の要なり。
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『長短経』量才〔清節の徳は師氏の任なり。法家の材は司寇の任なり。術家の材は三孤の任なり。臧否の材は師氏の任なり。伎倆の材は司空の任なり。儒学の材は保氏の任なり。文章の材は国史の任なり。驍雄の材は将帥の任なり。〕
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人物志・流業是の故に、主道立てば、則ち十二材各其の任を得るなり。清節の徳は、師氏の任なり。法家の材は、司寇の任なり。術家の材は、三孤の任なり。三材純備なるは、三公の任なり。三材にして微なるは、冢宰の任なり。臧否の材は、師氏の佐なり。智意の材は、冢宰の佐なり。伎倆の材は、司空の任なり。儒学の材は、安民の任なり。文章の材は、国史の任なり。弁給の材は、行人の任なり。驍雄の材は、将帥の任なり。
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説苑・雜言仲尼曰く、「其の地に非ずして之を樹うれば、生ぜざるなり。其の人に非ずして之に語れば、聴かざるなり。其の人を得れば、沙を聚めて之に雨降らすが如く、其の人に非ざれば、聾を聚めて之に鼓するが如し」と。

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