導師導古典を学びたいすべての人に

神皇正統記 / 巻四 第五十二代 嵯峨天皇

抑民をみちびくにつきて諸道・諸芸みな要枢也。古には詩・書・礼・楽をもて国を治る四術とす。本朝は四術の学をたてらるゝことたしかならざれど、紀伝・明経・明法の三道に詩・書・礼を摂すべきにこそ。算道を加て四道と云ふ。代々にもちゐられ、其職を置るゝことなればくはしくするにあたはず。医・陰陽の両道又これ国の至要也。金石糸竹の楽は四学の一にて、もはら政をする本也。今は芸能の如くに思へる、無念のこと也。「風を移し俗をかふるには楽よりよきはなし。」といへり。一音より五声・十二律に転じて、治乱をわきまへ、興衰を知べき道とこそみえたれ。又詩賦哥詠の風もいまの人のこのむ所、詩学の本にはことなり。しかれど一心よりおこりて、よろづのことの葉となり、末の世なれど人を感ぜしむる道也。これをよくせば僻をやめ邪をふせぐをしへなるべし。かゝればいづれか心の源をあきらめ、正にかへる術なからむ。輪扁が輪をけづりて齊桓公ををしへ、弓工が弓をつくりて唐の太宗をさとらしむるたぐひもあり。

新字:抑民をみちびくにつきて諸道・諸芸みな要枢也。古には詩・書・礼・楽をもて国を治る四術とす。本朝は四術の学をたてらるゝことたしかならざれど、紀伝・明経・明法の三道に詩・書・礼を摂すべきにこそ。算道を加て四道と云ふ。代々にもちゐられ、其職を置るゝことなればくはしくするにあたはず。医・陰陽の両道又これ国の至要也。金石糸竹の楽は四学の一にて、もはら政をする本也。今は芸能の如くに思へる、無念のこと也。「風を移し俗をかふるには楽よりよきはなし。」といへり。一音より五声・十二律に転じて、治乱をわきまへ、興衰を知べき道とこそみえたれ。又詩賦歌詠の風もいまの人のこのむ所、詩学の本にはことなり。しかれど一心よりおこりて、よろづのことの葉となり、末の世なれど人を感ぜしむる道也。これをよくせば僻をやめ邪をふせぐをしへなるべし。かゝればいづれか心の源をあきらめ、正にかへる術なからむ。輪扁が輪をけづりて斉桓公ををしへ、弓工が弓をつくりて唐の太宗をさとらしむるたぐひもあり。

書き下し

抑民をみちびくにつきて諸道・諸芸みな要枢也。古には詩・書・礼・楽をもて国を治る四術とす。本朝は四術の学をたてらるゝことたしかならざれど、紀伝・明経・明法の三道に詩・書・礼を摂すべきにこそ。算道を加て四道と云ふ。代々にもちゐられ、其職を置るゝことなればくはしくするにあたはず。医・陰陽の両道又これ国の至要也。金石糸竹の楽は四学の一にて、もはら政をする本也。今は芸能の如くに思へる、無念のこと也。「風を移し俗をかふるには楽よりよきはなし。」といへり。一音より五声・十二律に転じて、治乱をわきまへ、興衰を知べき道とこそみえたれ。又詩賦哥詠の風もいまの人のこのむ所、詩学の本にはことなり。しかれど一心よりおこりて、よろづのことの葉となり、末の世なれど人を感ぜしむる道也。これをよくせば僻をやめ邪をふせぐをしへなるべし。かゝればいづれか心の源をあきらめ、正にかへる術なからむ。輪扁が輪をけづりて斉桓公ををしへ、弓工が弓をつくりて唐の太宗をさとらしむるたぐひもあり。

現代語訳

そもそも民を導くことについては、諸道・諸芸がみな大切な要である。古くは詩・書・礼・楽を、国を治める四つの術とした。わが国では四術の学を立てられたかどうかははっきりしないが、紀伝(歴史・文章)・明経(経書)・明法(法律)の三道に詩・書・礼が含まれるのであろう。算道を加えて四道という。代々用いられ、その職も置かれていることなので、詳しく述べるには及ばない。医と陰陽の両道もまた国の最も大切なものである。金石糸竹の楽(鐘や磬、琴や笛の音楽)は四学の一つで、もっぱら政治を行う根本である。今は芸能のように思っているのは残念なことである。「風俗を移し変えるには、音楽よりよいものはない」と言う。一つの音から五声・十二律へと展開して、世の治乱を見分け、興亡を知るべき道と見えている。また詩賦や和歌を詠む風も、今の人の好むところであり、詩学の本来とは異なる。しかしながら一つの心から起こって、さまざまな言の葉となり、末の世であっても人を感動させる道である。これをよくすれば、偏りをやめ邪を防ぐ教えとなるだろう。こうしてみれば、どの道にも心の源を明らかにして正しきに返る術がないことがあろうか。輪扁が車輪を削ることで斉の桓公を教え、弓工が弓を作ることで唐の太宗を悟らせたような例もある。

解説

諸道・諸芸がみな民を導く要であると説く段である。親房がとりわけ力を入れるのは音楽である。楽はもともと礼とともに政治の根本だったのに、今の人は芸能のように思っている、それが「無念」だと言う。音の乱れに世の乱れを聞き取るという、礼楽を重んじる儒教の考えをそのまま受けている。和歌についても、詩学の本来とは違うと断りつつ、心から起こって人を動かす道として認める。結論は、どの道にも「心の源をあきらめ、正にかへる術」があるということだ。例に引くのは、車輪を削る職人の輪扁が斉の桓公に言葉では伝わらない技の奥を説いた『荘子』の話と、弓職人の言葉から唐の太宗が自分の未熟を悟った『貞観政要』の話である。職人の手仕事から治国の理が引き出される。専門外の仕事から学べるかどうかが、上に立つ者の器を分ける。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る