弁名 / 學
學者。謂學先王之道也。先王之道。在詩書禮樂。故學之方。亦學詩書禮樂而已矣。是謂之四敎。又謂之四術。詩書者義之府也。禮樂者德之則也。德者所以立己也。義者所以從政也。故詩書禮樂。足以造士。然其敎之法。詩曰誦。書曰讀。禮樂曰習。春秋敎以禮樂。冬夏敎以詩書。假以歲月。隨陰陽之宜以長養之。使學者優柔厭飫于其中。藏焉脩焉息焉游焉。自然德立而知明焉。要在習而熟之。久與之化也。是古之敎法爲爾。論語所謂博文約禮者是也。
新字:学者。謂学先王之道也。先王之道。在詩書礼楽。故学之方。亦学詩書礼楽而已矣。是謂之四教。又謂之四術。詩書者義之府也。礼楽者徳之則也。徳者所以立己也。義者所以従政也。故詩書礼楽。足以造士。然其教之法。詩曰誦。書曰読。礼楽曰習。春秋教以礼楽。冬夏教以詩書。仮以歳月。随陰陽之宜以長養之。使学者優柔厭飫于其中。蔵焉脩焉息焉游焉。自然徳立而知明焉。要在習而熟之。久与之化也。是古之教法為爾。論語所謂博文約礼者是也。
書き下し
学とは、先王の道を学ぶを謂ふなり。先王の道は詩書礼楽に在り。故に学の方も、亦た詩書礼楽を学ぶのみ。是れ之を四教と謂ひ、又之を四術と謂ふ。詩書は義の府なり。礼楽は徳の則なり。徳は己を立つる所以なり。義は政に従ふ所以なり。故に詩書礼楽は、以て士を造るに足る。然れども其の教の法は、詩には誦と曰ひ、書には読と曰ひ、礼楽には習と曰ふ。春秋は教ふるに礼楽を以てし、冬夏は教ふるに詩書を以てす。仮すに歳月を以てし、陰陽の宜しきに随ひて以て之を長養し、学者をして其の中に優柔厭飫せしめ、焉に蔵し、焉に脩め、焉に息ひ、焉に游ばしむ。自然に徳立ちて知明らかなり。要は習ひて之に熟し、久しくして之と化するに在るなり。是れ古の教法爲り。論語の所謂「博文約礼」とは是なり。
現代語訳
「学」とは、先王の道を学ぶことをいう。先王の道は詩・書・礼・楽にある。だから学ぶ方法も、詩書礼楽を学ぶことに尽きる。これを「四教」といい、また「四術」という。詩と書は義(道理)の倉庫であり、礼と楽は徳の規範である。徳は自分を立てるためのものであり、義は政治に携わるためのものである。だから詩書礼楽で士を育て上げるには十分なのである。そしてその教え方は、詩は「誦する(声に出して唱える)」、書は「読む」、礼楽は「習う(繰り返し身につける)」という。春と秋には礼楽を教え、冬と夏には詩書を教える。歳月をかけ、季節の陰陽の宜しさに応じて育て養い、学ぶ者をその中にゆったりと浸らせ、飽きるほど味わわせ、そこに蓄え、そこで修め、そこで休み、そこで遊ばせる。そうすれば自然に徳が立ち、知恵が明らかになる。要は、習って熟達し、長い時間をかけてそれと一体になることにある。これが古の教え方である。『論語』にいう「博く文を学び、礼で締めくくる」とはこのことである。
解説
この章句が説くこと
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