神皇正統記 / 巻一 地神第三代 瓊々杵尊
かくて此瓊々杵の尊、天降ましゝに猨田彦と云神まゐりあひき。てりかゝやきて目をあはする神なかりしに、天の鈿目の神行あひぬ。又「皇孫いづくにかいたりましますべき。」と問しかば、「筑紫の日向の高千穂の槵触の峯にましますべし。われは伊勢の五十鈴の川上にいたるべし。」と申。彼神の申のまゝに、槵触の峯にあまくだりて、しづまり給べき所をもとめられしに、事勝・国勝と云神まいりて、「わがゐたる吾田の長狭の御崎なんよろしかるべし。」と申ければ、その所にすませ給けり。こゝに山の神大山祇、二の女あり。姉を磐長姫と云、妹を木の花開耶姫と云。二人をめしみ給。あねはかたちみにくかりければ返しつ。いもうとを止め給しに、磐長姫うらみいかりて、「我をもめさましかば、世の人はいのちながくて磐石の如くあらまし。たゞ妹をめしたれば、うめらん子は木の花の如くちりおちなむ。」ととこひけるによりて、人のいのちはみじかくなれりとぞ。木の花のさくやひめ、ゝされて一夜にはらみぬ。
書き下し
かくて此瓊々杵の尊、天降ましゝに猨田彦と云神まゐりあひき。てりかゝやきて目をあはする神なかりしに、天の鈿目の神行あひぬ。又「皇孫いづくにかいたりましますべき。」と問しかば、「筑紫の日向の高千穂の槵触の峯にましますべし。われは伊勢の五十鈴の川上にいたるべし。」と申。彼神の申のまゝに、槵触の峯にあまくだりて、しづまり給べき所をもとめられしに、事勝・国勝と云神まいりて、「わがゐたる吾田の長狭の御崎なんよろしかるべし。」と申ければ、その所にすませ給けり。こゝに山の神大山祇、二の女あり。姉を磐長姫と云、妹を木の花開耶姫と云。二人をめしみ給。あねはかたちみにくかりければ返しつ。いもうとを止め給しに、磐長姫うらみいかりて、「我をもめさましかば、世の人はいのちながくて磐石の如くあらまし。たゞ妹をめしたれば、うめらん子は木の花の如くちりおちなむ。」ととこひけるによりて、人のいのちはみじかくなれりとぞ。木の花のさくやひめ、ゝされて一夜にはらみぬ。
現代語訳
こうしてこの瓊瓊杵尊が天降られたときに、猿田彦という神が参り会った。照り輝いていて、目を合わせられる神がいなかったが、天鈿女神が行き会った。また「皇孫はどこへ行かれるのか」と問うたところ、「筑紫の日向の高千穂の槵触の峯におられるはずだ。私は伊勢の五十鈴の川上に行くつもりだ」と申した。かの神の申すとおりに、槵触の峯に天降られて、落ち着くべき所を求められたところ、事勝国勝という神が参って、「私がいる吾田の長狭の御崎がよろしかろう」と申したので、そこに住まわれた。ここに山の神の大山祇に二人の娘がいた。姉を磐長姫といい、妹を木花開耶姫という。二人を召してご覧になった。姉は容貌が醜かったので返した。妹をおとどめになったところ、磐長姫は恨み怒って、「私をも召していたならば、世の人は命が長くて磐石のようであったろうに。ただ妹だけを召したので、生まれる子は木の花のように散り落ちるだろう」と呪ったことによって、人の命は短くなったという。木花開耶姫は召されて一夜で身ごもった。
解説
関連する章句
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊第三代、天津彦々火瓊々杵尊。天孫とも皇孫とも申。皇祖天照太神・高皇産霊尊いつきめぐみましましき。葦原の中州の主として天降給はんとす。こゝに其国邪神あれてたやすく下給ことかたかりければ、天稚彦と云神をくだしてみせしめ給しに、大汝の神の女、下照姫にとつぎて、返こと申さず。みとせになりぬ。よりて名なし雉をつかはしてみせられしを、天稚彦いころしつ。其矢天上にのぼりて太神の御まへにあり。血にぬれたりければ、あやめ給て、なげくだされしに、天稚彦新嘗てふせりけるむねにあたりて死す。世に返し矢をいむは此故也。さらに又くださるべき神をえらばれし時、経津主の命武甕槌の神みことのりをうけてくだりましけり。出雲国にいたり、はかせる剣をぬきて、地につきたて、其上にゐて、大汝の神に太神の勅をつげしらしむ。その子都波八重事代主神あひともに従申。又次の子健御名方刀美の神したがはずして、にげ給しを、すはの湖までおひてせめられしかば、又したがひぬ。
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『古語拾遺』猿田彦と蟹守乃ち其の胸乳を露わし、裳帯を臍の下に抑え下げて、向かい立ちて咲噱う。是の時、衢神問いて曰く、「汝何の故に然か為すや」と。天鈿女命反りて問いて曰く、「天孫の幸す所の路に居る者は誰ぞ」と。衢神対えて曰く、「天孫降りますべしと聞く。故に迎え奉りて相待つ。吾が名は是れ猿田彦大神なり」と。時に天鈿女命復た問いて曰く、「汝先に行くべきか、将た吾先に行くべきか」と。対えて曰く、「吾先に啓き行かん」と。天鈿女復た問いて曰く、「汝何処に到るべきか、将た天孫何処に到るべきか」と。対えて曰く、「天孫は当に筑紫の日向の高千穂の槵触の峰に到るべし。吾は伊勢の狭長田の五十鈴の川上に到るべし」と。因りて曰く、「吾を発顕せる者は汝なり。吾を送りて致すべし」と。天鈿女命還りて報す。天孫降臨、果たして皆期の如し。天鈿女命、乞うに随いて侍り送る。是を以て群神勅を奉じて天孫に陪従し、世を歴て相承け、各々其の職に供す。天祖彦火尊、海神の女豊玉姫命を娉りて、彦瀲尊を生む。誕育の日、海浜に室を立つ。時に掃守連の遠祖天忍人命、供奉して陪侍し、箒を作りて蟹を掃う。仍りて鋪設を掌り、遂に以て職と為す。号して蟹守と曰う。
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊天孫のあやめ給ければ、はらたちて無戸室をつくりてこもりゐて、みづから火をはなちしに、三人の御子生給。ほのほのおこりける時、生ますを火闌降の命と云ふ。火のさかりなりしに生ますを火明命と云ふ。後に生ますを火火出見の尊と申。此三人の御子をば火もやかず、母の神もそこなはれ給はず。父の神悦ましましけり。此尊天下を治給事三十万八千五百三十三年と云へり。自是さき、天上にとゞまります神達の御事は年序はかりがたきにや。天地わかれしより以来のこと、いくとせをへたりと云こともみえたる文なし。抑、天竺の説に、人寿無量なりしが八万四千歳になり、それより百年に一年を減じて百二十歳の時釈迦仏出で給と云る、此仏出世は鸕鶿草葺不合尊のすゑざまの事なれば、百年に一年を増してこれをはかるに、此瓊々杵の尊の初つかたは迦葉仏の出給ける時にやあたり侍らん。人寿二万歳の時、此仏は出給けりとぞ。
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊かくてもろもろの悪神をばつみなへ、まつろへるをばほめて、天上にのぼりて返こと申給。大物主の神事代主の神、相共に八十万の神をひきゐて、天にまうづ。太神ことにほめ給き。「宜八十万の神を領て皇孫をまぼりまつれ。」とて、先かへしくだし給けり。其後、天照太神、高皇産霊尊相計て皇孫をくだし給。八百万の神、勅を承て御供につかうまつる。諸神の上首三十二神あり。其中に五部神と云は、天児屋命天太玉命天鈿女命石凝姥命玉屋命也。此中にも中臣・忌部の二神はむねと神勅をうけて皇孫をたすけまぼり給。又三種の神宝をさづけまします。先あらかじめ、皇孫に勅して曰、「葦原千五百秋之瑞穂国是吾子孫可主之地也なり。宜爾皇孫就而治焉。行給矣。宝祚之隆当与天壌無窮者矣。」又太神御手に宝鏡をもち給、皇孫にさづけ祝て、「吾児視此宝鏡当猶視吾。可与同床共殿以為斎鏡。」との給。八坂瓊の曲玉・天の叢雲の剣をくはへて三種とす。又「此鏡の如に分明なるをもて、天下に照臨給へ。八坂瓊のひろがれるが如く曲妙をもて天下をしろしめせ。
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『古語拾遺』皇孫命と駈除平定天祖吾勝尊、高皇産霊神の女栲幡千千姫命を納れて、天津彦尊を生む。号して皇孫命と曰う。既にして天照大神・高皇産霊尊、皇孫を崇め養いて、降して豊葦原中国の主と為さんと欲す。仍りて経津主神・武甕槌神を遣わして、駈除し平定せしむ。
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『神皇正統記』巻一 地神第二代 天忍穂耳尊第二代、正哉吾勝々の速日天忍穂耳尊。高皇産霊の尊の女栲幡千々姫の命にあひて、饒速日尊・瓊々杵尊をうましめ給て、吾勝尊葦原中州にくだりますべかりしを、御子うみ給しかば、「かれを下すべし。」と申給て、天上にとゞまります。まづ、饒速日の尊をくだし給し時、外祖高皇産霊尊、十種の瑞宝を授給。瀛都鏡一、辺津鏡一、八握剣一、生玉一、死反玉一、足玉一、道反玉一、蛇比礼一、蜂比礼一、品の物比礼一、これなり。此みことはやく神さり給にけり。凡国の主とてはくだし給はざりしにや。吾勝尊くだり給べかりし時、天照太神三種の神器を伝へ給。のちに又瓊々杵尊にも授ましまししに、饒速日尊はこれをえ給はず。しかれば日嗣の神にはましまさぬなるべし。天照太神・吾勝尊は天上に止り給へど、地神の第一、二にかぞへたてまつる。其始天下の主たるべしとてうまれ給しゆゑにや。
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