古事記 / 上巻・猿田毘古神と天孫降臨
故專汝往將問者。吾御子爲天降之道。誰如此而居。故問賜之時。答白。僕者國神。名猨田毘古神也。所以出居者。聞天神御子天降坐故。仕奉御前而參向之侍。爾天兒屋命。布刀玉命。天宇受賣命。伊斯許理度賣命。玉祖命。幷五伴緖矣。支加而天降也。於是副賜其遠岐斯(此三字以音)八尺勾璁鏡。及草那藝劔。亦常世思金神。手力男神。天石門別神。而詔者。此之鏡者。專爲我御魂而。如拜吾前。伊都岐奉。次思金神者。取持前事爲政。此二柱神者。拜祭佐久久斯侶伊須受能宮。(自佐至能以音)次登由宇氣神。此者坐外宮之度相神者也。次天石戶別神。亦名謂櫛石窓神。亦名謂豐石窓神。此神者御門之神也。次天手力男神者。坐佐那縣也。故其天兒屋命者。(中臣連等之祖)布刀玉命者。(忌部首等之祖)天宇受賣命者。(猨女君等之祖)伊斯許理度賣命者。(鏡作連等之祖)玉祖命者。(玉祖連等之祖)故爾詔天津日子番能邇邇藝命而。離天之石位。押分天之八重多那(此二字以音)雲而。伊都能知和岐知和岐豆。(自伊以下十字以音)於天浮橋。宇岐士摩理。蘇理多多斯豆。(自宇以下十一字亦以音)天降坐于竺紫日向之高千穗之久士布流多氣。(自久以下六字以音)故爾天忍日命。天津久米命二人。取負天之石靱。取佩頭椎之大刀。取持天之波士弓。
新字:故専汝往将問者。吾御子為天降之道。誰如此而居。故問賜之時。答白。僕者国神。名猨田毘古神也。所以出居者。聞天神御子天降坐故。仕奉御前而参向之侍。爾天児屋命。布刀玉命。天宇受売命。伊斯許理度売命。玉祖命。幷五伴緒矣。支加而天降也。於是副賜其遠岐斯(此三字以音)八尺勾璁鏡。及草那芸剣。亦常世思金神。手力男神。天石門別神。而詔者。此之鏡者。専為我御魂而。如拝吾前。伊都岐奉。次思金神者。取持前事為政。此二柱神者。拝祭佐久久斯侶伊須受能宮。(自佐至能以音)次登由宇気神。此者坐外宮之度相神者也。次天石戸別神。亦名謂櫛石窓神。亦名謂豊石窓神。此神者御門之神也。次天手力男神者。坐佐那県也。故其天児屋命者。(中臣連等之祖)布刀玉命者。(忌部首等之祖)天宇受売命者。(猨女君等之祖)伊斯許理度売命者。(鏡作連等之祖)玉祖命者。(玉祖連等之祖)故爾詔天津日子番能邇邇芸命而。離天之石位。押分天之八重多那(此二字以音)雲而。伊都能知和岐知和岐豆。(自伊以下十字以音)於天浮橋。宇岐士摩理。蘇理多多斯豆。(自宇以下十一字亦以音)天降坐于竺紫日向之高千穂之久士布流多気。(自久以下六字以音)故爾天忍日命。天津久米命二人。取負天之石靱。取佩頭椎之大刀。取持天之波士弓。
書き下し
故、専ら汝往きて問はむは、吾が御子の天降りする道を、誰ぞかくて居る、と問ひ賜ひし時、答へ白ししく、「僕は国つ神、名は猨田毘古神なり。出で居る所以は、天つ神の御子天降り坐すと聞きし故に、御前に仕へ奉らむとして、参向ひて侍ふ」とまをしき。ここに天児屋命、布刀玉命、天宇受売命、伊斯許理度売命、玉祖命、并せて五伴緒を支ち加へて天降らしめき。ここにその遠岐斯(この三字は音を以ちてす)八尺の勾璁、鏡、及び草那芸剣、また常世思金神、手力男神、天石門別神を副へ賜ひて、詔りたまひしく、「この鏡は、専ら我が御魂として、吾が前を拝くが如く、いつき奉れ。次に思金神は、前の事を取り持ちて、政を為よ」とのりたまひき。この二柱の神は、さくくしろ伊須受能宮(さより能までは音を以ちてす)を拝み祭る。次に登由宇気神、こは外宮の度相に坐す神なり。次に天石戸別神、またの名は櫛石窓神と謂ひ、またの名は豊石窓神と謂ふ。この神は御門の神なり。次に天手力男神は、佐那県に坐すなり。故、その天児屋命は(中臣連らの祖)、布刀玉命は(忌部首らの祖)、天宇受売命は(猨女君らの祖)、伊斯許理度売命は(鏡作連らの祖)、玉祖命は(玉祖連らの祖)なり。ここに天津日子番能邇邇芸命に詔りたまひて、天の石位を離れ、天の八重たな雲を押し分けて、いつのちわきちわきて、(いより以下十字は音を以ちてす)天の浮橋に、うきじまり、そりたたして、(うより以下十一字もまた音を以ちてす)筑紫の日向の高千穂のくじふるたけ(くより六字は音を以ちてす)に天降り坐しき。ここに天忍日命、天津久米命の二人、天の石靱を取り負ひ、頭椎の大刀を取り佩き、天の波士弓を取り持ち、
現代語訳
「ひとえにあなたが行って尋ねなさい。わが御子が天降る道に、誰がこうして居るのかと」と命じられて問うたところ、その神は答えました。「私は国つ神で、名は猿田毘古神です。ここに出て来た理由は、天つ神の御子が天降られると聞いたので、御前にお仕えしようとして、お迎えに参っているのです」。そこで天児屋命、布刀玉命、天宇受売命、伊斯許理度売命、玉祖命の五つの部の長を分けて加え、天降らせました。このとき、あの遠岐斯の八尺の勾玉、鏡、草那芸剣、また常世思金神、手力男神、天石門別神を添えて与え、こう命じました。「この鏡は、ひたすら私の御魂として、私を拝むようにお祀りしなさい。次に思金神は、祭りのことを取り扱って、政治を行いなさい」。この二柱の神は、五十鈴の宮に拝み祀られています。次に登由宇気神は、外宮の度相に鎮座する神です。次に天石戸別神は、またの名を櫛石窓神、豊石窓神といい、御門の神です。次に天手力男神は、佐那県に鎮座しています。また、天児屋命は中臣連らの祖、布刀玉命は忌部首らの祖、天宇受売命は猿女君らの祖、伊斯許理度売命は鏡作連らの祖、玉祖命は玉祖連らの祖です。そこで天津日子番能邇邇芸命に命じ、天の石座を離れ、天の幾重もの雲を押し分け、勢いよく道を分けて進み、天の浮橋に立ち、反り返って立たれ、筑紫の日向の高千穂のくじふる嶽に天降られました。このとき天忍日命と天津久米命の二人が、天の石の靫を背負い、頭椎の大刀を腰に下げ、天の波士弓を持ち、
解説
この章句が説くこと
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊かくてもろもろの悪神をばつみなへ、まつろへるをばほめて、天上にのぼりて返こと申給。大物主の神事代主の神、相共に八十万の神をひきゐて、天にまうづ。太神ことにほめ給き。「宜八十万の神を領て皇孫をまぼりまつれ。」とて、先かへしくだし給けり。其後、天照太神、高皇産霊尊相計て皇孫をくだし給。八百万の神、勅を承て御供につかうまつる。諸神の上首三十二神あり。其中に五部神と云は、天児屋命天太玉命天鈿女命石凝姥命玉屋命也。此中にも中臣・忌部の二神はむねと神勅をうけて皇孫をたすけまぼり給。又三種の神宝をさづけまします。先あらかじめ、皇孫に勅して曰、「葦原千五百秋之瑞穂国是吾子孫可主之地也なり。宜爾皇孫就而治焉。行給矣。宝祚之隆当与天壌無窮者矣。」又太神御手に宝鏡をもち給、皇孫にさづけ祝て、「吾児視此宝鏡当猶視吾。可与同床共殿以為斎鏡。」との給。八坂瓊の曲玉・天の叢雲の剣をくはへて三種とす。又「此鏡の如に分明なるをもて、天下に照臨給へ。八坂瓊のひろがれるが如く曲妙をもて天下をしろしめせ。
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『古語拾遺』猿田彦と蟹守乃ち其の胸乳を露わし、裳帯を臍の下に抑え下げて、向かい立ちて咲噱う。是の時、衢神問いて曰く、「汝何の故に然か為すや」と。天鈿女命反りて問いて曰く、「天孫の幸す所の路に居る者は誰ぞ」と。衢神対えて曰く、「天孫降りますべしと聞く。故に迎え奉りて相待つ。吾が名は是れ猿田彦大神なり」と。時に天鈿女命復た問いて曰く、「汝先に行くべきか、将た吾先に行くべきか」と。対えて曰く、「吾先に啓き行かん」と。天鈿女復た問いて曰く、「汝何処に到るべきか、将た天孫何処に到るべきか」と。対えて曰く、「天孫は当に筑紫の日向の高千穂の槵触の峰に到るべし。吾は伊勢の狭長田の五十鈴の川上に到るべし」と。因りて曰く、「吾を発顕せる者は汝なり。吾を送りて致すべし」と。天鈿女命還りて報す。天孫降臨、果たして皆期の如し。天鈿女命、乞うに随いて侍り送る。是を以て群神勅を奉じて天孫に陪従し、世を歴て相承け、各々其の職に供す。天祖彦火尊、海神の女豊玉姫命を娉りて、彦瀲尊を生む。誕育の日、海浜に室を立つ。時に掃守連の遠祖天忍人命、供奉して陪侍し、箒を作りて蟹を掃う。仍りて鋪設を掌り、遂に以て職と為す。号して蟹守と曰う。
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『古事記』上巻・笠沙の宮と海鼠の口手に天の真鹿児矢を挟み、御前に立ちて仕へ奉りき。故、その天忍日命(こは大伴連らの祖)、天津久米命(こは久米直らの祖なり)。ここに詔りたまひしく、「此地は、韓国に向ひ、真来通りて、笠沙の御前にして、朝日の直刺す国、夕日の日照る国なり。故、此地はいと吉き地」と詔りたまひて、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽たかしりて坐しき。ここに天宇受売命に詔りたまひしく、「此の御前に立ちて仕へ奉れる猨田毘古大神は、専ら顕はし申せし汝、送り奉れ。またその神の御名は、汝負ひて仕へ奉れ」とのりたまひき。ここを以ちて猨女君らは、その猨田毘古の男神の名を負ひて、女を猨女君と呼ぶ事これなり。故、その猨田毘古神、阿邪訶(この三字は音を以ちてす。地名)に坐しし時、漁して、比良夫貝(ひよりふまでは音を以ちてす)にその手を咋ひ合はさえて、海塩に沈溺れき。故、その底に沈み居し時の名は、底どく御魂(どくの二字は音を以ちてす)と謂ひ、その海水のつぶたつ時の名は、つぶたつ御魂(つよりしも四字は音を以ちてす)と謂ひ、その泡咲く時の名は、あわさく御魂(あよりくまでは音を以ちてす)と謂ふ。ここに猨田毘古神を送りて還り到りて、乃ち悉に鰭の広物・鰭の狭物を追ひ聚めて、問ひて言ひしく、「汝は天つ神の御子に仕へ奉らむや」といひし時、諸の魚、皆「仕へ奉らむ」と白す中に、海鼠は白さざりき。
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『古事記』上巻・天孫降臨の命と邇邇芸命故、建御雷神、返り参上りて、葦原中国を言向け和平しし状を復奏しき。ここに天照大御神、高木神の命以ちて、太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に詔りたまひしく、「今、葦原中国を平け訖へぬと白す。故、言依さし賜へるまにまに、降り坐して知らせ」とのりたまひき。ここにその太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命、答へ白ししく、「僕は降らむ装束せしむる間に、子生れ出でぬ。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命。この子を降すべし」とまをしき。この御子は、高木神の女、万幡豊秋津師比売命に御合ひて、生める子、天火明命、次に日子番能邇邇芸命(二柱)なり。ここを以ちて白しし随に、日子番能邇邇芸命に科せ詔りたまひしく、「この豊葦原水穂国は、汝が知らさむ国ぞと言依さし賜ふ。故、命のまにまに天降るべし」とのりたまひき。ここに日子番能邇邇芸命、天降りせむとする時に、天の八衢に居て、上は高天原を光らし、下は葦原中国を光らす神、ここにありき。故、ここに天照大御神、高木神の命以ちて、天宇受売神に詔りたまひしく、「汝は手弱女人にはあれども、い向かふ神と(伊より布までは音を以ちてす)面勝つ神なり。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神又天の明玉の神をして、八坂瓊の玉をつくらしめ、天の日鷲の神をして、青幣白幣をつくらしめ、手置帆負・彦狭知の二神をして、大峡小峡の材をきりて瑞の殿をつくらしむ。其物すでにそなはりにしかば、天の香山の五百箇の真賢木をねこじにして、上枝には八坂瓊の玉をとりかけ、中枝には八咫の鏡をとりかけ、下枝には青和幣・白和幣をとりかけ、天の太玉の命をしてさゝげもたらしむ。天の児屋の命をして祈祷せしむ。天の鈿目の命、真辟の葛をかづらにし、蘿葛を手襁にし、竹の葉、飫憇木の葉を手草にし、差鐸の矛をもちて、石窟の前にして俳優をして、相ともにうたひまふ。又庭燎をあきらかにし、常世の長鳴鳥をつどへて、たがひにながなきせしむ。天照太神きこしめして、われこのごろ石窟にかくれをり。葦原の中国はとこやみならん。いかんぞ、天の鈿女の命かくゑらぐするやとおぼして、御手をもてほそめにあけてみ給。この時に、天手力雄の命と云神磐戸のわきに立給しが、其戸をひきあけて新殿にうつしたてまつる。

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