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神皇正統記 / 巻一 地神第三代 瓊々杵尊

第三代、天津彦々火瓊々杵尊。天孫とも皇孫とも申。皇祖天照太神・高皇産霊尊いつきめぐみまし〳〵き。葦原の中州の主として天降給はんとす。こゝに其国邪神あれてたやすく下給ことかたかりければ、天稚彦と云神をくだしてみせしめ給しに、大汝の神の女、下照姫にとつぎて、返こと申さず。みとせになりぬ。よりて名なし雉をつかはしてみせられしを、天稚彦いころしつ。其矢天上にのぼりて太神の御まへにあり。血にぬれたりければ、あやめ給て、なげくだされしに、天稚彦新嘗てふせりけるむねにあたりて死す。世に返し矢をいむは此故也。さらに又くださるべき神をえらばれし時、経津主の命武甕槌の神みことのりをうけてくだりましけり。出雲国にいたり、はかせる剣をぬきて、地につきたて、其上にゐて、大汝の神に太神の勅をつげしらしむ。その子都波八重事代主神あひともに従申。又次の子健御名方刀美の神したがはずして、にげ給しを、すはの湖までおひてせめられしかば、又したがひぬ。

書き下し

第三代、天津彦々火瓊々杵尊。天孫とも皇孫とも申。皇祖天照太神・高皇産霊尊いつきめぐみましましき。葦原の中州の主として天降給はんとす。こゝに其国邪神あれてたやすく下給ことかたかりければ、天稚彦と云神をくだしてみせしめ給しに、大汝の神の女、下照姫にとつぎて、返こと申さず。みとせになりぬ。よりて名なし雉をつかはしてみせられしを、天稚彦いころしつ。其矢天上にのぼりて太神の御まへにあり。血にぬれたりければ、あやめ給て、なげくだされしに、天稚彦新嘗てふせりけるむねにあたりて死す。世に返し矢をいむは此故也。さらに又くださるべき神をえらばれし時、経津主の命武甕槌の神みことのりをうけてくだりましけり。出雲国にいたり、はかせる剣をぬきて、地につきたて、其上にゐて、大汝の神に太神の勅をつげしらしむ。その子都波八重事代主神あひともに従申。又次の子健御名方刀美の神したがはずして、にげ給しを、すはの湖までおひてせめられしかば、又したがひぬ。

現代語訳

第三代は天津彦彦火瓊瓊杵尊。天孫とも皇孫とも申しあげる。皇祖の天照大神と高皇産霊尊が大切に慈しまれた。葦原の中州の主として天降らせようとされた。ところがその国は邪神が荒れていて、たやすく降られることが難しかったので、天稚彦という神を降して様子を見させられたところ、大汝神の娘の下照姫と結婚して復命しなかった。そのまま三年になった。そこで名無しの雉を遣わして様子を見させられたのを、天稚彦は射殺した。その矢が天上に上って大神の御前に落ちた。血に濡れていたので、怪しまれて投げ下されたところ、天稚彦が新嘗の祭りをして寝ていた胸に当たって死んだ。世に「返し矢」を忌むのはこのためである。さらにまた降すべき神を選ばれたとき、経津主命と武甕槌神が命を受けて降られた。出雲国に至り、腰に帯びた剣を抜いて地に突き立て、その上に座って、大汝神に大神の勅を告げ知らせた。その子の都波八重事代主神はともに従い申しあげた。また次の子の健御名方刀美神は従わずに逃げられたのを、諏訪の湖まで追って攻められたので、これも従った。

解説

天孫が降る前に、地上を従わせる交渉があった。最初に遣わされた天稚彦は、大己貴神の娘を妻にして三年も復命せず、様子を見に来た雉まで射殺してしまう。その矢を投げ返されて天稚彦は死に、ここから「返し矢」を忌む習わしが生まれたという。遣わされた者が行った先に取り込まれ、送り出した側への報告を絶つ。この失敗のあと、経津主命と武甕槌神が剣を地に立てて勅を告げ、事代主神は従い、逃げた健御名方神も諏訪まで追われて従った。親房はこれを淡々と記すが、国譲りの話が失敗と再派遣の二段で語られていることは見逃せない。人を送り出して現地を任せるとき、その人が現地の論理に呑まれて戻らなくなる危険は、いつの時代の組織にもある。使者の選び方と、復命を求める仕組みの大切さを、この神話は具体的に伝えている。

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