神皇正統記 / 巻一 地神第二代 天忍穂耳尊
第二代、正哉吾勝々の速日天忍穂耳尊。高皇産霊の尊の女栲幡千々姫の命にあひて、饒速日尊・瓊々杵尊をうましめ給て、吾勝尊葦原中州にくだりますべかりしを、御子うみ給しかば、「かれを下すべし。」と申給て、天上にとゞまります。まづ、饒速日の尊をくだし給し時、外祖高皇産霊尊、十種の瑞宝を授給。瀛都鏡一、辺津鏡一、八握剣一、生玉一、死反玉一、足玉一、道反玉一、蛇比礼一、蜂比礼一、品の物比礼一、これなり。此みことはやく神さり給にけり。凡国の主とてはくだし給はざりしにや。吾勝尊くだり給べかりし時、天照太神三種の神器を伝へ給。のちに又瓊々杵尊にも授まし〳〵しに、饒速日尊はこれをえ給はず。しかれば日嗣の神にはましまさぬなるべし。天照太神・吾勝尊は天上に止り給へど、地神の第一、二にかぞへたてまつる。其始天下の主たるべしとてうまれ給しゆゑにや。
書き下し
第二代、正哉吾勝々の速日天忍穂耳尊。高皇産霊の尊の女栲幡千々姫の命にあひて、饒速日尊・瓊々杵尊をうましめ給て、吾勝尊葦原中州にくだりますべかりしを、御子うみ給しかば、「かれを下すべし。」と申給て、天上にとゞまります。まづ、饒速日の尊をくだし給し時、外祖高皇産霊尊、十種の瑞宝を授給。瀛都鏡一、辺津鏡一、八握剣一、生玉一、死反玉一、足玉一、道反玉一、蛇比礼一、蜂比礼一、品の物比礼一、これなり。此みことはやく神さり給にけり。凡国の主とてはくだし給はざりしにや。吾勝尊くだり給べかりし時、天照太神三種の神器を伝へ給。のちに又瓊々杵尊にも授ましまししに、饒速日尊はこれをえ給はず。しかれば日嗣の神にはましまさぬなるべし。天照太神・吾勝尊は天上に止り給へど、地神の第一、二にかぞへたてまつる。其始天下の主たるべしとてうまれ給しゆゑにや。
現代語訳
第二代は正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊。高皇産霊尊の娘の栲幡千千姫命と結ばれて、饒速日尊と瓊瓊杵尊をお生みになった。吾勝尊は葦原の中州に降られるはずであったが、御子が生まれたので、「この子を降すべきだ」と申されて、天上にとどまられた。まず饒速日尊を降されたとき、外祖父の高皇産霊尊が十種の瑞宝をお授けになった。瀛都鏡一つ、辺津鏡一つ、八握剣一つ、生玉一つ、死反玉一つ、足玉一つ、道反玉一つ、蛇比礼一つ、蜂比礼一つ、品物比礼一つがこれである。この尊は早くに亡くなられた。そもそも国の主としては降されなかったのであろうか。吾勝尊が降られるはずであったとき、天照大神は三種の神器をお伝えになった。のちにまた瓊瓊杵尊にもお授けになったが、饒速日尊はこれを得られなかった。だから日嗣の神ではいらっしゃらないのであろう。天照大神と吾勝尊は天上にとどまられたが、地神の第一・第二に数え申しあげる。その初めに天下の主となるべき者として生まれられたからであろうか。
解説
関連する章句
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊かくてもろもろの悪神をばつみなへ、まつろへるをばほめて、天上にのぼりて返こと申給。大物主の神事代主の神、相共に八十万の神をひきゐて、天にまうづ。太神ことにほめ給き。「宜八十万の神を領て皇孫をまぼりまつれ。」とて、先かへしくだし給けり。其後、天照太神、高皇産霊尊相計て皇孫をくだし給。八百万の神、勅を承て御供につかうまつる。諸神の上首三十二神あり。其中に五部神と云は、天児屋命天太玉命天鈿女命石凝姥命玉屋命也。此中にも中臣・忌部の二神はむねと神勅をうけて皇孫をたすけまぼり給。又三種の神宝をさづけまします。先あらかじめ、皇孫に勅して曰、「葦原千五百秋之瑞穂国是吾子孫可主之地也なり。宜爾皇孫就而治焉。行給矣。宝祚之隆当与天壌無窮者矣。」又太神御手に宝鏡をもち給、皇孫にさづけ祝て、「吾児視此宝鏡当猶視吾。可与同床共殿以為斎鏡。」との給。八坂瓊の曲玉・天の叢雲の剣をくはへて三種とす。又「此鏡の如に分明なるをもて、天下に照臨給へ。八坂瓊のひろがれるが如く曲妙をもて天下をしろしめせ。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神爰、素戔烏尊、父母二神にやらはれて根国にくだり給へりしが、天上にまうでゝ姉の尊にみえたてまつりて、「ひたぶるにいなん。」と申給ければ、「ゆるしつ。」との給。よりて天上にのぼります。大うみとゞろき、山をかなりほえき。此神の性たけきがしからしむるになむ。天照太神おどろきましまして、兵のそなへをして待給。かの尊黒心なきよしをおこたり給ふ。「さらば誓約をなして、きよきか、きたなきかをしるべし。誓約の中に女を生ぜば、きたなき心なるべし。男を生ぜば、きよき心ならん。」とて、素戔烏尊のたてまつられける八坂瓊の玉をとり給へりしかば、其玉に感じて男神化生し給。すさのをの尊悦て、「まさやあれかちぬ。」との給ける。よりて御名を正哉吾勝々の速日天の忍穂耳の尊と申。又の説には、素戔烏尊、天照太神の御くびにかけ給へる御統の瓊玉をこひとりて、天の真名井にふりすゝぎ、これをかみ給しかば、先吾勝の尊うまれまします。其後猶四はしらの男神生給。「物のさねわが物なれば我子なり。」とて天照太神の御子になし給といへり。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神此吾勝尊をば太神めぐしとおぼして、つねに御わきもとにすゑ給しかば、腋子と云ふ。今の世にをさなき子をわかこと云はひが事也。かくて、すさのをの尊なほ天上にましけるが、さまざまのとがをゝかし給き。天照太神いかりて、天の石窟にこもり給。国のうちとこやみになりて、昼夜のわきまへなかりき。もろもろの神達うれへなげき給。其時諸神の上首にて高皇産霊尊と云ふ神ましましき。昔、天御中主の尊、みはしらの御子おはします。長を高皇産霊とも云、次をば神皇産霊、次を津速産霊と云とみえたり。陰陽二神こそはじめて諸神を生じ給しに、直に天御中主の御子と云ことおぼつかなし。。此神、天のやすかはのほとりにして、八百万の神をつどへて相議し給。其御子に思兼と云神のたばかりにより、石凝姥と云神をして日神の御形の鏡を鋳せしむ。そのはじめなりたりし鏡、諸神の心にあはず。次に鋳給へる鏡うるはしくましましければ、諸神悦あがめ給。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神地神第一代、大日孁尊。是を天照太神と申。又は日神とも皇祖とも申也。此神の生給こと三の説あり。一には伊弉諾・伊弉冊尊あひ計て、天下の主をうまざらんやとて、先、日神をうみ、次に、月神、次、蛭子、次、素戔烏尊を生給といへり。又は伊弉諾の尊、左御手に白銅の鏡をとりて大日孁の尊を化生し、右御手にとりて月弓の尊を生、御首をめぐらしてかへりみ給しあひだに、素戔烏尊を生ともいへり。又伊弉諾尊日向の小戸の川にてみそぎし給し時、左の御眼をあらひて天照太神を化生し、右の御眼をあらひて月読の尊を生、御鼻を洗て素戔烏尊を生じ給とも云ふ。日月神の御名も三あり、化生の所も三あれば、凡慮はかりがたし。又おはします所も、一には高天の原と云、二には日の小宮と云、三には我日本国これ也。八咫の御鏡をとらせましまして、「われをみるが如くにせよ。」と勅し給けること、和光の御誓もあらはれて、ことさらに深道あるべければ、三所に勝劣の義をば存ずべからざるにや。
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊第三代、天津彦々火瓊々杵尊。天孫とも皇孫とも申。皇祖天照太神・高皇産霊尊いつきめぐみましましき。葦原の中州の主として天降給はんとす。こゝに其国邪神あれてたやすく下給ことかたかりければ、天稚彦と云神をくだしてみせしめ給しに、大汝の神の女、下照姫にとつぎて、返こと申さず。みとせになりぬ。よりて名なし雉をつかはしてみせられしを、天稚彦いころしつ。其矢天上にのぼりて太神の御まへにあり。血にぬれたりければ、あやめ給て、なげくだされしに、天稚彦新嘗てふせりけるむねにあたりて死す。世に返し矢をいむは此故也。さらに又くださるべき神をえらばれし時、経津主の命武甕槌の神みことのりをうけてくだりましけり。出雲国にいたり、はかせる剣をぬきて、地につきたて、其上にゐて、大汝の神に太神の勅をつげしらしむ。その子都波八重事代主神あひともに従申。又次の子健御名方刀美の神したがはずして、にげ給しを、すはの湖までおひてせめられしかば、又したがひぬ。
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『古語拾遺』皇孫命と駈除平定天祖吾勝尊、高皇産霊神の女栲幡千千姫命を納れて、天津彦尊を生む。号して皇孫命と曰う。既にして天照大神・高皇産霊尊、皇孫を崇め養いて、降して豊葦原中国の主と為さんと欲す。仍りて経津主神・武甕槌神を遣わして、駈除し平定せしむ。
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