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神皇正統記 / 巻一 地神第一代 天照太神

此吾勝尊をば太神めぐしとおぼして、つねに御わきもとにすゑ給しかば、腋子と云ふ。今の世にをさなき子をわかこと云はひが事也。かくて、すさのをの尊なほ天上にましけるが、さま〴〵のとがをゝかし給き。天照太神いかりて、天の石窟にこもり給。国のうちとこやみになりて、昼夜のわきまへなかりき。もろ〳〵の神達うれへなげき給。其時諸神の上首にて高皇産霊尊と云ふ神まし〳〵き。昔、天御中主の尊、みはしらの御子おはします。長を高皇産霊とも云、次をば神皇産霊、次を津速産霊と云とみえたり。陰陽二神こそはじめて諸神を生じ給しに、直に天御中主の御子と云ことおぼつかなし。。此神、天のやすかはのほとりにして、八百万の神をつどへて相議し給。其御子に思兼と云神のたばかりにより、石凝姥と云神をして日神の御形の鏡を鋳せしむ。そのはじめなりたりし鏡、諸神の心にあはず。次に鋳給へる鏡うるはしくまし〳〵ければ、諸神悦あがめ給。

書き下し

此吾勝尊をば太神めぐしとおぼして、つねに御わきもとにすゑ給しかば、腋子と云ふ。今の世にをさなき子をわかこと云はひが事也。かくて、すさのをの尊なほ天上にましけるが、さまざまのとがをゝかし給き。天照太神いかりて、天の石窟にこもり給。国のうちとこやみになりて、昼夜のわきまへなかりき。もろもろの神達うれへなげき給。其時諸神の上首にて高皇産霊尊と云ふ神ましましき。昔、天御中主の尊、みはしらの御子おはします。長を高皇産霊とも云、次をば神皇産霊、次を津速産霊と云とみえたり。陰陽二神こそはじめて諸神を生じ給しに、直に天御中主の御子と云ことおぼつかなし。。此神、天のやすかはのほとりにして、八百万の神をつどへて相議し給。其御子に思兼と云神のたばかりにより、石凝姥と云神をして日神の御形の鏡を鋳せしむ。そのはじめなりたりし鏡、諸神の心にあはず。次に鋳給へる鏡うるはしくましましければ、諸神悦あがめ給。

現代語訳

この吾勝尊を大神はいとしくお思いになって、いつも御脇のもとに置かれたので、腋子(わきこ)という。今の世で幼い子を「わかこ」というのは誤りである。こうして素戔烏尊はなお天上におられたが、さまざまな罪を犯された。天照大神は怒って天の石窟にこもられた。国の内は常闇となって、昼夜の区別もなくなった。諸々の神々は憂い嘆かれた。その時、諸神の筆頭として高皇産霊尊という神がおられた。昔、天御中主尊には三柱の御子がおられた。長子を高皇産霊といい、次を神皇産霊、次を津速産霊というと見える。しかし陰陽の二神こそがはじめて諸神を生まれたのに、直接天御中主の御子というのは確かでない。この神が天の安河のほとりで八百万の神を集めて相談された。その御子の思兼という神の計略によって、石凝姥という神に日神の御形の鏡を鋳させた。最初にできた鏡は諸神の心にかなわなかった。次に鋳られた鏡はうるわしかったので、諸神は喜びあがめられた。

解説

天の石窟(岩戸)の物語に入る段である。前置きに、吾勝尊を脇に置いていとしんだから「腋子」といい、幼子を「わかこ」と言うのは誤りだ、という語源の一言が挟まる。親房は言葉の正しさにいつもこだわる。高皇産霊尊を天御中主尊の直接の子とする説にも、諸神を生んだのは陰陽の二神のはずだと疑いを示す。物語の核心は、天照大神が隠れて世が常闇になったとき、神々が安河のほとりに集まって相談し、思兼神の知恵で鏡を鋳させたところにある。最初の鏡は皆の心にかなわず、二度目にうるわしい鏡ができた。のちに三種の神器の一つとなる八咫の鏡は、一度の失敗のあとに作り直されたものなのである。危機にあたって、まず皆で集まって相談し、知恵のある者の策を採り、出来の悪いものは作り直す。その手順が神話のなかに書き込まれている。

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