神皇正統記 / 巻一 地神第一代 天照太神
爰、素戔烏尊、父母二神にやらはれて根国にくだり給へりしが、天上にまうでゝ姉の尊にみえたてまつりて、「ひたぶるにいなん。」と申給ければ、「ゆるしつ。」との給。よりて天上にのぼります。大うみとゞろき、山をかなりほえき。此神の性たけきがしからしむるになむ。天照太神おどろきまし〳〵て、兵のそなへをして待給。かの尊黒心なきよしをおこたり給ふ。「さらば誓約をなして、きよきか、きたなきかをしるべし。誓約の中に女を生ぜば、きたなき心なるべし。男を生ぜば、きよき心ならん。」とて、素戔烏尊のたてまつられける八坂瓊の玉をとり給へりしかば、其玉に感じて男神化生し給。すさのをの尊悦て、「まさやあれかちぬ。」との給ける。よりて御名を正哉吾勝々の速日天の忍穂耳の尊と申。又の説には、素戔烏尊、天照太神の御くびにかけ給へる御統の瓊玉をこひとりて、天の真名井にふりすゝぎ、これをかみ給しかば、先吾勝の尊うまれまします。其後猶四はしらの男神生給。「物のさねわが物なれば我子なり。」とて天照太神の御子になし給といへり。
書き下し
爰、素戔烏尊、父母二神にやらはれて根国にくだり給へりしが、天上にまうでゝ姉の尊にみえたてまつりて、「ひたぶるにいなん。」と申給ければ、「ゆるしつ。」との給。よりて天上にのぼります。大うみとゞろき、山をかなりほえき。此神の性たけきがしからしむるになむ。天照太神おどろきましまして、兵のそなへをして待給。かの尊黒心なきよしをおこたり給ふ。「さらば誓約をなして、きよきか、きたなきかをしるべし。誓約の中に女を生ぜば、きたなき心なるべし。男を生ぜば、きよき心ならん。」とて、素戔烏尊のたてまつられける八坂瓊の玉をとり給へりしかば、其玉に感じて男神化生し給。すさのをの尊悦て、「まさやあれかちぬ。」との給ける。よりて御名を正哉吾勝々の速日天の忍穂耳の尊と申。又の説には、素戔烏尊、天照太神の御くびにかけ給へる御統の瓊玉をこひとりて、天の真名井にふりすゝぎ、これをかみ給しかば、先吾勝の尊うまれまします。其後猶四はしらの男神生給。「物のさねわが物なれば我子なり。」とて天照太神の御子になし給といへり。
現代語訳
さて素戔烏尊は父母の二神に追われて根の国へ下られたが、天上に参って姉の尊にお会いし、「これきりで永久に去りましょう」と申されたので、「許した」とおっしゃった。そこで天上に上られる。大海はとどろき、山は鳴りほえた。この神の性質が猛々しいのでそうなったのである。天照大神は驚かれて、武備をして待ち受けられた。かの尊は邪心がないことを弁明された。「それならば誓約をして、清い心か汚い心かを知ろう。誓約の中で女を生めば汚い心であろう。男を生めば清い心であろう」と言って、素戔烏尊が献上された八坂瓊の玉をお取りになると、その玉に感じて男神が化生された。素戔烏尊は喜んで、「まさに私が勝った」とおっしゃった。そこで御名を正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊と申しあげる。また別の説では、素戔烏尊が天照大神の御首にかけておられた御統の瓊玉を請い取って、天の真名井で振りすすぎ、これを噛まれたところ、まず吾勝尊がお生まれになった。その後さらに四柱の男神が生まれた。「物の実(さね)は私のものだから私の子である」と言って、天照大神の御子とされたという。
解説
関連する章句
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『古語拾遺』開闢と天つ罪一に聞く、夫れ開闢の初め、伊奘諾・伊奘冉の二神、共に夫婦と為りて、大八州国及び山川草木を生む。次に日神・月神を生む。最後に素戔鳴神を生む。而るに素戔鳴神、常に哭泣を以て行と為す。故に人民をして夭折せしめ、青山をして枯に変ぜしむ。斯に因りて父母の二神、勅して曰く、「汝甚だ無道なり。宜しく早く根国に退き去るべし」と。又天地剖判の初め、天中に生ずる所の神、名を天御中主神と曰う。次に高皇産霊神、次に神皇産霊神。其の高皇産霊神の生む所の女、名を栲幡千千姫命と曰う。其の男、名を天忍日命と曰う。又の男、名を天太玉命と曰う。太玉命の率いる所の神、名を天日鷲命・手置帆負命・産狭知命・櫛明玉命・天目一箇命と曰う。是に於て素戔鳴神、日神に辞し奉らんと欲して天に昇る時、櫛明玉命迎え奉りて、献るに瑞の八坂瓊の曲玉を以てす。素戔鳴神之を受けて転じて日神に奉る。仍りて共に約誓す。即ち其の玉に感じて天祖吾勝尊を生む。是を以て天照大神、吾勝尊を育みて、特に甚だ鍾愛し、常に腋の下に懐く。称して腋子と曰う。其の後、素戔鳴神、日神の為に行い甚だ無状なり。種々に凌侮す。所謂る畔毀ち・溝埋め・樋放ち・重播き・串刺し・生剥ぎ逆剥ぎ・屎戸なり。
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『神皇正統記』巻一 地神第二代 天忍穂耳尊第二代、正哉吾勝々の速日天忍穂耳尊。高皇産霊の尊の女栲幡千々姫の命にあひて、饒速日尊・瓊々杵尊をうましめ給て、吾勝尊葦原中州にくだりますべかりしを、御子うみ給しかば、「かれを下すべし。」と申給て、天上にとゞまります。まづ、饒速日の尊をくだし給し時、外祖高皇産霊尊、十種の瑞宝を授給。瀛都鏡一、辺津鏡一、八握剣一、生玉一、死反玉一、足玉一、道反玉一、蛇比礼一、蜂比礼一、品の物比礼一、これなり。此みことはやく神さり給にけり。凡国の主とてはくだし給はざりしにや。吾勝尊くだり給べかりし時、天照太神三種の神器を伝へ給。のちに又瓊々杵尊にも授ましまししに、饒速日尊はこれをえ給はず。しかれば日嗣の神にはましまさぬなるべし。天照太神・吾勝尊は天上に止り給へど、地神の第一、二にかぞへたてまつる。其始天下の主たるべしとてうまれ給しゆゑにや。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神此吾勝尊をば太神めぐしとおぼして、つねに御わきもとにすゑ給しかば、腋子と云ふ。今の世にをさなき子をわかこと云はひが事也。かくて、すさのをの尊なほ天上にましけるが、さまざまのとがをゝかし給き。天照太神いかりて、天の石窟にこもり給。国のうちとこやみになりて、昼夜のわきまへなかりき。もろもろの神達うれへなげき給。其時諸神の上首にて高皇産霊尊と云ふ神ましましき。昔、天御中主の尊、みはしらの御子おはします。長を高皇産霊とも云、次をば神皇産霊、次を津速産霊と云とみえたり。陰陽二神こそはじめて諸神を生じ給しに、直に天御中主の御子と云ことおぼつかなし。。此神、天のやすかはのほとりにして、八百万の神をつどへて相議し給。其御子に思兼と云神のたばかりにより、石凝姥と云神をして日神の御形の鏡を鋳せしむ。そのはじめなりたりし鏡、諸神の心にあはず。次に鋳給へる鏡うるはしくましましければ、諸神悦あがめ給。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神地神第一代、大日孁尊。是を天照太神と申。又は日神とも皇祖とも申也。此神の生給こと三の説あり。一には伊弉諾・伊弉冊尊あひ計て、天下の主をうまざらんやとて、先、日神をうみ、次に、月神、次、蛭子、次、素戔烏尊を生給といへり。又は伊弉諾の尊、左御手に白銅の鏡をとりて大日孁の尊を化生し、右御手にとりて月弓の尊を生、御首をめぐらしてかへりみ給しあひだに、素戔烏尊を生ともいへり。又伊弉諾尊日向の小戸の川にてみそぎし給し時、左の御眼をあらひて天照太神を化生し、右の御眼をあらひて月読の尊を生、御鼻を洗て素戔烏尊を生じ給とも云ふ。日月神の御名も三あり、化生の所も三あれば、凡慮はかりがたし。又おはします所も、一には高天の原と云、二には日の小宮と云、三には我日本国これ也。八咫の御鏡をとらせましまして、「われをみるが如くにせよ。」と勅し給けること、和光の御誓もあらはれて、ことさらに深道あるべければ、三所に勝劣の義をば存ずべからざるにや。
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『神皇正統記』巻一 天神七代次、素戔烏尊を生ます。いさみたけく不忍にして父母の御心にかなはず。「根の国にいね。」との給ふ。この三柱は男神にてまします。よりて一女三男と申也。すべてあらゆる神みな二神の所生にましませど、国の主たるべしとて生給しかば、ことさらに此四神を申伝けるにこそ。其後火神軻倶突智を生ましましし時、陰神やかれて神退給にき。陽神うらみいかりて、火神を三段にきる。その三段おのおの神となる。血のしたゝりもそゝいで神となれり。経津主の神健甕槌神の祖也。陽神猶したひて黄泉までおはしましてさまざまのちかひありき。陰神うらみて「此国の人を一日に千頭ころすべし。」との給ければ、陽神は「千五百頭を生べし。」との給けり。よりて百姓をば天の益人とも云ふ。死るものよりも生ずるものおほき也。陽神かへり給て、日向の小戸の河檍が原と云所にてみそぎし給。この時あまたの神化生し玉へり。日月神もこゝにて生給と云説あり。伊弉諾尊神功すでにをはりければ、天上にのぼり、天祖に報命申て、即天にとゞまり給けりとぞ。或説に伊弉諾・伊弉冊は梵語なり、伊舎那天・伊舎那后なりと云ふ。
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『神皇正統記』巻一 天神七代次、隠岐の州をうみます。天之忍許呂別と云ふ。次、佐渡の州を生ます。建日別と云ふ。次、大日本豊秋津州をうみます。天御虚空豊秋津根別と云ふ。すべて是を大八州と云也。此外あまたの嶋を生給。後に海山の神、木のおや、草のおやまで悉うみましてけり。何れも神にませば、生給へる神の州をも山をもつくり給へるか。はた州山を生給に神のあらはれましけるか、神世のわざなれば、まことに難測。 二神又はからひてのたまはく、「我すでに大八州の国および山川草木をうめり。いかでかあめの下のきみたるものをうまざらむや。」とてまづ日神を生ます。此みこひかりうるはしくして国の内にてりとほる。二神よろこびて天におくりあげて、天上の事をさづけ給。此時天地あひさることとほからず。天のみはしらをもてあげ給。これを大日孁の尊と申。又天照太神とも申。女神にてまします也。次、月神を生ます。其光日につげり。天にのぼせて夜の政をさづけ給。次に、蛭子を生ます。みとせになるまで脚たゝず。天の磐樟船にのせて風のまゝはなちすつ。
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