神皇正統記 / 巻一 天神七代
又垂仁天皇の御宇に、大和姫の皇女、天照太神の御をしへのまゝに国々をめぐり、伊勢国に宮所をもとめ給し時、大田の命と云神まゐりあひて、五十鈴の河上に霊物をまぼりおける所をしめし申しに、かの天の逆矛・五十鈴・天宮の図形ありき。大和姫の命よろこびて、其所をさだめて、神宮をたてらる。霊物は五十鈴の宮の酒殿にをさめられきとも、又、滝祭の神と申は龍神なり、その神あづかりて地中にをさめたりとも云ふ。一には大和の龍田の神はこの滝祭と同体にます、此神のあづかり給へる也、よりて天柱国柱と云ふ御名ありとも云ふ。昔磤馭盧嶋に持くだり給しことはあきらか也。世に伝と云事はおぼつかなし。天孫のしたがへ給ならば、神代より三種の神器のごとく伝へ給べし。さしはなれて、五十鈴[の]河上に有けんもおぼつかなし。但天孫も玉矛者みづからしたがへ給と云事見たり。しかれど矛も大汝の神のたてまつらるゝ、国をたひらげし矛もあれば、いづれと云事をしりがたし。
新字:又垂仁天皇の御宇に、大和姫の皇女、天照太神の御をしへのまゝに国々をめぐり、伊勢国に宮所をもとめ給し時、大田の命と云神まゐりあひて、五十鈴の河上に霊物をまぼりおける所をしめし申しに、かの天の逆矛・五十鈴・天宮の図形ありき。大和姫の命よろこびて、其所をさだめて、神宮をたてらる。霊物は五十鈴の宮の酒殿にをさめられきとも、又、滝祭の神と申は竜神なり、その神あづかりて地中にをさめたりとも云ふ。一には大和の竜田の神はこの滝祭と同体にます、此神のあづかり給へる也、よりて天柱国柱と云ふ御名ありとも云ふ。昔磤馭盧嶋に持くだり給しことはあきらか也。世に伝と云事はおぼつかなし。天孫のしたがへ給ならば、神代より三種の神器のごとく伝へ給べし。さしはなれて、五十鈴[の]河上に有けんもおぼつかなし。但天孫も玉矛者みづからしたがへ給と云事見たり。しかれど矛も大汝の神のたてまつらるゝ、国をたひらげし矛もあれば、いづれと云事をしりがたし。
書き下し
又垂仁天皇の御宇に、大和姫の皇女、天照太神の御をしへのまゝに国々をめぐり、伊勢国に宮所をもとめ給し時、大田の命と云神まゐりあひて、五十鈴の河上に霊物をまぼりおける所をしめし申しに、かの天の逆矛・五十鈴・天宮の図形ありき。大和姫の命よろこびて、其所をさだめて、神宮をたてらる。霊物は五十鈴の宮の酒殿にをさめられきとも、又、滝祭の神と申は龍神なり、その神あづかりて地中にをさめたりとも云ふ。一には大和の龍田の神はこの滝祭と同体にます、此神のあづかり給へる也、よりて天柱国柱と云ふ御名ありとも云ふ。昔磤馭盧嶋に持くだり給しことはあきらか也。世に伝と云事はおぼつかなし。天孫のしたがへ給ならば、神代より三種の神器のごとく伝へ給べし。さしはなれて、五十鈴の河上に有けんもおぼつかなし。但天孫も玉矛者みづからしたがへ給と云事見たり。しかれど矛も大汝の神のたてまつらるゝ、国をたひらげし矛もあれば、いづれと云事をしりがたし。
現代語訳
また垂仁天皇の御代に、倭姫(やまとひめ)の皇女が天照大神のお教えのままに国々をめぐり、伊勢国に宮所を求められたとき、大田命という神が参り会って、五十鈴川の川上に霊物を守り置いている所をお示し申しあげたところ、そこにかの天の逆矛・五十鈴・天宮の図形があった。倭姫命は喜んで、その所を定めて神宮を建てられた。霊物は五十鈴の宮の酒殿に納められたともいい、また、滝祭の神と申すのは龍神であり、その神が預かって地中に納めたともいう。一説には、大和の龍田の神はこの滝祭の神と同体でいらっしゃり、この神が預かっておられるのである、だから天柱国柱という御名があるのだともいう。昔、二神が磤馭盧嶋に持って降られたことは明らかである。しかし世に伝わったということは確かでない。天孫が携えられたのなら、神代から三種の神器のように伝えられるはずである。それとかけ離れて五十鈴の川上にあったというのも確かでない。ただし天孫も玉矛をご自身で携えられたということは見える。しかし矛には、大汝神(大己貴神)が献上した、国を平定した矛もあるので、どれがそれかということは知りがたい。
解説
関連する章句
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『神皇正統記』巻二 第十一代 垂仁天皇第十一代、垂仁天皇は崇神第三の子。御母御間城姫、大彦の命女也。壬辰の年即位。大和の巻向の珠城の宮にまします。此御時皇女大和姫の命、豊鋤入姫にかはりて、天照太神をいつきたてまつる。神のをしへにより、なほ国々をめぐりて、二十六年丁巳冬十月甲子に伊勢国度会郡五十鈴川上に宮所をしめ、高天の原に千木高知下都磐根に大宮柱広敷立てしづまりましましぬ。此所は昔天孫あまくだり給し時、猨田彦の神まゐりあひて、「われは伊勢の狭長田の五十鈴の川上にいたるべし。」と申ける所也。大倭姫の命、宮所を尋給しに、大田の命と云人まゐりあひて、此所ををしへ申き。此命は昔の猨田彦の神の苗裔なりとぞ。彼川上に五十鈴・天上の図形などあり。「八万歳のあひだまぼりあがめたてまつりき。」となん申ける。かくて中臣の祖大鹿嶋の命を祭主とす。又大幡主と云人を太神主になし給。これより皇太神とあがめ奉て、天下第一の宗廟にまします。此天皇天下を治給こと九十九年。百四十歳おましましき。
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『古語拾遺』笠縫邑と五十鈴川仍りて倭の笠縫邑に就きて、殊に磯城の神籬を立て、天照大神及び草薙剣を遷し奉り、皇女豊鍬入姫命をして斎い奉らしむ。其の遷し祭る夕、宮人皆参りて、終夜宴楽す。歌いて曰く、「美夜比登能(みやひとの)、於保与須我良爾(おほよすがらに)、伊佐登保志(いさとほし)、由伎能与呂志茂(ゆきのよろしも)、於保与須我良爾(おほよすがらに)」と。又六年、八十万の群神を祭り、仍りて天社・国社及び神地・神戸を定む。始めて男の弭の調、女の手末の調を貢らしむ。今、神祇の祭に熊の皮・鹿の皮・角・布等を用うるは、此の縁なり。巻向玉城朝に洎びて、皇女倭姫命をして天照大神を斎い奉らしむ。仍りて神の教えに随いて、其の祠を伊勢国の五十鈴の川上に立て、因りて斎宮を興して倭姫命をして居らしむ。始め天上に在りて、預め幽契を結ぶ。衢神先に降る、深く以有るかな。此の御世、始めて弓矢・刀を以て神祇を祭り、更に神地・神戸を定む。又新羅の王子海檜槍来帰す。今但馬国出石郡に在りて大社と為るなり。纏向日代朝に至りて、
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『神皇正統記』巻一 地神第三代 瓊々杵尊かくてもろもろの悪神をばつみなへ、まつろへるをばほめて、天上にのぼりて返こと申給。大物主の神事代主の神、相共に八十万の神をひきゐて、天にまうづ。太神ことにほめ給き。「宜八十万の神を領て皇孫をまぼりまつれ。」とて、先かへしくだし給けり。其後、天照太神、高皇産霊尊相計て皇孫をくだし給。八百万の神、勅を承て御供につかうまつる。諸神の上首三十二神あり。其中に五部神と云は、天児屋命天太玉命天鈿女命石凝姥命玉屋命也。此中にも中臣・忌部の二神はむねと神勅をうけて皇孫をたすけまぼり給。又三種の神宝をさづけまします。先あらかじめ、皇孫に勅して曰、「葦原千五百秋之瑞穂国是吾子孫可主之地也なり。宜爾皇孫就而治焉。行給矣。宝祚之隆当与天壌無窮者矣。」又太神御手に宝鏡をもち給、皇孫にさづけ祝て、「吾児視此宝鏡当猶視吾。可与同床共殿以為斎鏡。」との給。八坂瓊の曲玉・天の叢雲の剣をくはへて三種とす。又「此鏡の如に分明なるをもて、天下に照臨給へ。八坂瓊のひろがれるが如く曲妙をもて天下をしろしめせ。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神又天の明玉の神をして、八坂瓊の玉をつくらしめ、天の日鷲の神をして、青幣白幣をつくらしめ、手置帆負・彦狭知の二神をして、大峡小峡の材をきりて瑞の殿をつくらしむ。其物すでにそなはりにしかば、天の香山の五百箇の真賢木をねこじにして、上枝には八坂瓊の玉をとりかけ、中枝には八咫の鏡をとりかけ、下枝には青和幣・白和幣をとりかけ、天の太玉の命をしてさゝげもたらしむ。天の児屋の命をして祈祷せしむ。天の鈿目の命、真辟の葛をかづらにし、蘿葛を手襁にし、竹の葉、飫憇木の葉を手草にし、差鐸の矛をもちて、石窟の前にして俳優をして、相ともにうたひまふ。又庭燎をあきらかにし、常世の長鳴鳥をつどへて、たがひにながなきせしむ。天照太神きこしめして、われこのごろ石窟にかくれをり。葦原の中国はとこやみならん。いかんぞ、天の鈿女の命かくゑらぐするやとおぼして、御手をもてほそめにあけてみ給。この時に、天手力雄の命と云神磐戸のわきに立給しが、其戸をひきあけて新殿にうつしたてまつる。
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『神皇正統記』巻二 第一代 神武天皇其光てりかゞやけり。これによりて皇軍大にかちぬ。宇麻志間見の命其舅のひがめる心をしりて、たばかりてころしつ。その軍をひきゐてしたがひ申にけり。天皇はなはだほめましまして、天よりくだれる神剣をさづけ、「其大勲にこたふ。」とぞのたまはせける。此剣を豊布都の神と号す。はじめは大和の石上にましましき。後には常陸の鹿嶋の神宮にまします。彼宇麻志間見の命又饒速日の尊天降し時、外祖高皇産霊の尊さづけ給し十種の瑞宝を伝へもたりけるを天皇に奉る。天皇鎮魂の瑞宝也しかば、其祭を始られにき。此宝をも即宇麻志間見にあづけ給て、大和石上に安置す。又は布瑠と号。此瑞宝を一づゝよびて、呪文をして、ふる事あるによれるなるべし。かくて天下たひらぎにしかば、大和国橿原に都をさだめて、宮つくりす。其制度天上の儀のごとし。天照太神より伝給へる三種の神器を大殿に安置し、床を同くしまします。皇宮・神宮一なりしかば、国々の御つき物をも斎蔵にをさめて官物・神物のわきだめなかりき。
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『神皇正統記』巻五 第八十二代 後鳥羽院其比ほひは昼の御坐の御剣を宝剣に擬せられたりしが、神宮の御告にて神剣をたてまつらせ給しによりて近比までの御まぼりなりき。 三種の神器の事は所々に申侍しかども、先内侍所は神鏡也。八咫の鏡と申。正体は皇太神宮にいはひ奉る。内侍所にましますは崇神天皇の御代に鋳かへられたりし御鏡なり。村上の御時、天徳年中に火事にあひ給。それまでは円規かけましまさず。後朱雀の御時、長久年中にかさねて火ありしに、灰燼の中より光をさゝせ給けるを、をさめてあがめ奉られける。されど正体はつゝがなくて万代の宗廟にまします。宝剣も正体は天の叢雲の剣と申は、熱田の神宮にいはひ奉る。西海にしづみしは崇神の御代におなじくつくりかへられし剣也。うせぬることは末世のしるしにやとうらめしけれど、熱田の神あらたなる御こと也。昔新羅国より道行と云法師、来てぬすみたてまつりしかど、神変をあらはして我国をいでたまはず。彼両種は正体昔にかはりましまさず。
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