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神皇正統記 / 巻一 天神七代

是は正く陰陽の二にわかれて造化の元となり給ふ。上の五行はひとつづゝの徳也。此五徳をあはせて万物を生ずるはじめとす。こゝに天祖国常立尊、伊弉諾・伊弉冊の二神に勅しての給はく、「豊葦原の千五百秋の瑞穂の地あり。汝往てしらすべし。」とて、即天瓊矛をさづけ給。此矛又は天の逆戈とも、天魔返ほこともいへり。二神このほこをさづかりて、天の浮橋の上にたゝずみて、矛をさしおろしてかきさぐり給しかば、滄海のみありき。そのほこのさきよりしたゝりおつる潮こりて一の嶋となる。これを磤馭盧嶋と云ふ。此名に付て秘説あり。神代、梵語にかよへるか。其所もあきらかに知人なし。大日本の国宝山なりと云。二神此嶋に降居て、即国の中の柱をたて、八尋の殿を化作してともにすみ給。さて陰陽和合して夫婦の道あり。此矛は伝、天孫したがへてあまくだり給へりとも云ふ。

書き下し

是は正く陰陽の二にわかれて造化の元となり給ふ。上の五行はひとつづゝの徳也。此五徳をあはせて万物を生ずるはじめとす。こゝに天祖国常立尊、伊弉諾・伊弉冊の二神に勅しての給はく、「豊葦原の千五百秋の瑞穂の地あり。汝往てしらすべし。」とて、即天瓊矛をさづけ給。此矛又は天の逆戈とも、天魔返ほこともいへり。二神このほこをさづかりて、天の浮橋の上にたゝずみて、矛をさしおろしてかきさぐり給しかば、滄海のみありき。そのほこのさきよりしたゝりおつる潮こりて一の嶋となる。これを磤馭盧嶋と云ふ。此名に付て秘説あり。神代、梵語にかよへるか。其所もあきらかに知人なし。大日本の国宝山なりと云。二神此嶋に降居て、即国の中の柱をたて、八尋の殿を化作してともにすみ給。さて陰陽和合して夫婦の道あり。此矛は伝、天孫したがへてあまくだり給へりとも云ふ。

現代語訳

これはまさしく陰陽の二つに分かれて、造化の元となられたのである。上の五行の神々はそれぞれ一つずつの徳である。この五つの徳を合わせて、万物を生ずる始めとする。ここに天祖国常立尊が伊弉諾・伊弉冊の二神に勅しておっしゃるには、「豊葦原の千五百秋の瑞穂の地がある。おまえたちが行って治めよ」と言って、すぐに天瓊矛(あまのぬぼこ)を授けられた。この矛はまた天の逆戈とも、天魔返矛ともいう。二神はこの矛を授かって、天の浮橋の上に立ち、矛をさし下ろしてかき探られたところ、ただ青海原ばかりであった。その矛の先からしたたり落ちた潮が固まって一つの島となった。これを磤馭盧嶋(おのごろじま)という。この名については秘説がある。神代の言葉は梵語に通じているのか。その場所もはっきり知る人はいない。大日本の国の宝山であるという。二神はこの島に降りて、国の中の柱を立て、八尋の殿を化作して、ともに住まれた。そして陰陽が和合して夫婦の道が生じた。この矛は伝えられて、天孫が携えて天降られたともいう。

解説

伊弉諾・伊弉冊の二神が国土を生む前段である。日本書紀では二神に命じるのは「天神」とされるが、親房はこれを天祖国常立尊の勅と明記し、国を治めよという命令がはじめから天祖から発せられたことを強調する。天瓊矛から滴った潮が磤馭盧嶋となる場面は書紀に沿いながら、名には秘説がある、神代の言葉は梵語に通じるのか、場所も知る人はいない、と中世神道の秘伝の空気をそのまま伝えている。親房は分からないことを分からないと書き、確かめられない説は「と云ふ」「とも云ふ」と伝聞の形で留める。伝承を語りながらも、自分が保証できる範囲とそうでない範囲をきちんと書き分けているのである。引き継いだ話を次に渡すとき、確かなことと伝え聞きとを区別して渡す。これは記録を残す者の基本的な誠実さである。

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