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神皇正統記 / 巻一 序

光音と云ふ天衆、空中に金色の雲をおこし、梵天に偏布す。即大雨をふらす。風輪の上につもりて水輪となる。増長して天上にいたれり。又大風ありて沫を吹立て空中になげおく。即大梵天の宮殿となる。其水次第に退下て欲界の諸宮殿乃至須弥山・四大州・鉄囲山をなす。かくて万億の世界同時になる。是を成劫と云也。光音の天衆下生して次第に住す。是を住劫と云ふ。此住劫の間に二十の増減あるべしとぞ。其初には人の身光明とほく照して飛行自在也。歓喜を以食とす。男女の相なし。後に地より甘泉涌出す。味酥密のごとし。これをなめて味着を生ず。仍神通を失ひ、光明もきえて、世間大にくらくなる。衆生の報しからしめければ、黒風海を吹て日・月二輪を漂出す。須弥の半腹におきて四天下を照さしむ。是より始て昼夜・晦朔・春秋あり。地味に耽しより顔色もかじけおとろへき。地味又うせて林藤と云物あり。衆生又食とす。林藤又うせて自然の秔稲あり。諸の美味をそなへたり。朝にかれば夕に熟す。

書き下し

光音と云ふ天衆、空中に金色の雲をおこし、梵天に偏布す。即大雨をふらす。風輪の上につもりて水輪となる。増長して天上にいたれり。又大風ありて沫を吹立て空中になげおく。即大梵天の宮殿となる。其水次第に退下て欲界の諸宮殿乃至須弥山・四大州・鉄囲山をなす。かくて万億の世界同時になる。是を成劫と云也。光音の天衆下生して次第に住す。是を住劫と云ふ。此住劫の間に二十の増減あるべしとぞ。其初には人の身光明とほく照して飛行自在也。歓喜を以食とす。男女の相なし。後に地より甘泉涌出す。味酥密のごとし。これをなめて味着を生ず。仍神通を失ひ、光明もきえて、世間大にくらくなる。衆生の報しからしめければ、黒風海を吹て日・月二輪を漂出す。須弥の半腹におきて四天下を照さしむ。是より始て昼夜・晦朔・春秋あり。地味に耽しより顔色もかじけおとろへき。地味又うせて林藤と云物あり。衆生又食とす。林藤又うせて自然の秔稲あり。諸の美味をそなへたり。朝にかれば夕に熟す。

現代語訳

光音(こうおん)という天の衆が、空中に金色の雲を起こし、梵天にあまねく広げる。そして大雨を降らす。それが風輪の上に積もって水輪となる。増し広がって天上に至った。また大風があって泡を吹き立て、空中に投げ置く。それがすなわち大梵天の宮殿となる。その水が次第に退き下がって、欲界の諸宮殿から須弥山・四大州・鉄囲山までをつくる。こうして万億の世界が同時にできあがる。これを成劫という。光音の天衆が下界に生まれて次第に住みつく。これを住劫という。この住劫の間に二十の増減があるという。その初めには人の身は光明を放って遠くまで照らし、空を飛ぶことも自在である。喜びを食物とする。男女の別はない。後に地から甘い泉が湧き出した。その味は酥や蜜のようである。これをなめて味への執着が生じた。そのために神通力を失い、光明も消えて、世の中はたいへん暗くなった。衆生の業の報いがそうさせたので、黒い風が海を吹いて日と月の二つの輪を漂い出させ、須弥山の中腹に置いて四天下を照らさせた。これから初めて昼と夜、晦日と朔日、春と秋ができた。地の味にふけったことから、顔色もやつれ衰えた。地の味もまた失せて、林藤というものが現れた。衆生はまたこれを食物とした。林藤もまた失せて、自然に生える稲が現れた。さまざまな美味を備えていた。朝に刈れば夕方には実る。

解説

天竺の開闢説として、親房は仏典の劫の説を詳しく紹介する。『倶舎論』や『長阿含経』の世記経に見える話で、世界は成劫・住劫・壊劫・空劫を繰り返し、はじめ光り輝いて空を飛び、喜びを食としていた人々が、地に湧いた甘い泉をなめたことから堕落していくという筋である。味に執着したために光を失い、世が暗くなり、日月が現れ、顔色も衰える。欲が一つ生じると、それに応じて世界の姿まで変わっていくという因果の語り方になっている。神道の書の巻一に、これだけ長く仏典の宇宙論が引かれていることは見落とせない。親房にとって神国を語ることは、仏教の世界観を退けることではなく、その大きな枠組みと並べて日本の始まりを置くことだった。小さな欲が積み重なって全体の質が落ちていくという筋立ては、組織の衰えを考える手がかりにもなる。

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