十善法語 / 巻第九・不瞋恚戒
又經論ノ中ニ此說アルシヤ。却初ハ人壽無量歲住シテ。得失是非ナシ。善惡ノ名字ナシ。然ルニ此心動作アリ。暫モ止息スヘキニ非ス。此心相轉變シ。情欲兆スニヨリテ。次第ニ飮食屋宅國都聚落。男女貴賤ワカレ種種ノ人事オコル。此人事差別ノ中ニ。世界ノ法トシテ。惡法增長スレハ壽命モ福德モ相好モ次第ニ減損ス。此時ヲ減刧ノ時節ト云。善法增長スレハ。壽命モ福德モ相好モ次第ニ增長スル此時ヲ增却ノ時節ト云。
新字:又経論ノ中ニ此説アルシヤ。却初ハ人寿無量歳住シテ。得失是非ナシ。善悪ノ名字ナシ。然ルニ此心動作アリ。暫モ止息スヘキニ非ス。此心相転変シ。情欲兆スニヨリテ。次第ニ飲食屋宅国都聚落。男女貴賤ワカレ種種ノ人事オコル。此人事差別ノ中ニ。世界ノ法トシテ。悪法增長スレハ寿命モ福徳モ相好モ次第ニ減損ス。此時ヲ減刧ノ時節ト云。善法增長スレハ。寿命モ福徳モ相好モ次第ニ增長スル此時ヲ增却ノ時節ト云。
書き下し
又経論ノ中ニ此説アルシヤ。却初ハ人寿無量歳住シテ。得失是非ナシ。善悪ノ名字ナシ。然ルニ此心動作アリ。暫モ止息スヘキニ非ス。此心相転変シ。情欲兆スニヨリテ。次第ニ飲食屋宅国都聚落。男女貴賤ワカレ種種ノ人事オコル。此人事差別ノ中ニ。世界ノ法トシテ。悪法增長スレハ寿命モ福徳モ相好モ次第ニ減損ス。此時ヲ減刧ノ時節ト云。善法增長スレハ。寿命モ福徳モ相好モ次第ニ增長スル此時ヲ增却ノ時節ト云。
現代語訳
また経論の中にこういう説があるのである。劫の初めには、人の寿命は無量歳で住して、得失も是非もない。善悪という名前もない。けれどもこの心には動きがある。しばらくも止まるものではない。この心の相が転変し、情欲が兆すことによって、次第に飲食・家屋・国都・集落、男女・貴賤が分かれ、種々の人の事が起こる。この人の事の差別の中で、世界の法として、悪法が増長すれば、寿命も福徳も相好も次第に減り損なわれる。この時を減劫の時節と言う。善法が増長すれば、寿命も福徳も相好も次第に増長する。この時を増劫の時節と言う。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下善悪報応ノ空シカラヌコトハ。古今聖賢ノ通義シヤ。易ニ積善ノ家ニハ必ス余慶アリ。積不善ノ家ニハ必ス余殃アリト。看ヨ。世間俗中スラカクアルシヤ。此言カ虚ナラスハ。業果アルモ信セラルル。正知見ニモ近カルヘキシヤ。仮令未タ三世アルコトヲ知ル地位ニ至ラスドモ。邪見トハ云レヌシヤ。又孔子ノ家語ニ。子貢問於孔子曰。死者有知乎。将無知乎。子曰。吾欲言死之有知。将恐孝子順孫妨生以送死。吾欲言死之無知。将恐不孝之子弃其親不葬。賜欲知死者有知与無知。非今之急。後自知之トアル。此等面白キコトシヤ。経中ニモ世尊ハ十八難ヲ答タマハストアル。死後去コトアリ去コトナキハ。自知セシムヘキ趣シヤ。
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『正法眼蔵随聞記』巻四示して云く、善悪と云ふこと定め難し、世間の人は綾羅錦繡をきたるをよしと云ふ、麁布糞掃衣をわるしと云ふ、仏法には此れをよしとし、清しとし、金銀錦綾をわるしとし、けがれたりとす、かくの如く、一切のことにわたりて皆然り、予が如きも、聊か韻声をとゝのへ、文字をかきすぐるゝを、俗人等は尋常ならぬことに云もあり、亦有人は出家学道の身としてかくの如きのこと知れるとそしる人もあり、いづれをか定めて善として取り、悪としてすつへきぞ、