導師導古典を学びたいすべての人に

神皇正統記 / 巻一 序

七々の火・七々の水災をへて大風災ありて第三禅まで壊す。是を大の三災と云也。第四禅已上は内外の過患あることなし。此四禅の中に五天あり。四は凡夫の住所、一は浄居天とて証果の聖者の住処也。此浄居をすぎて摩醯首羅天王の宮殿あり。色界の最頂に居して大千世界を統領す。其天のひろさ彼世界にわたれり。此上に無色界の天あり。又四地をわかてりといへり。此等の天は小大の災にあはずと云ども、業力に際限ありて報尽なば、退没すべしと見えたり。震旦はことに書契をことゝする国なれども、世界建立を云る事たしかならず。儒書には伏犠氏と云ふ王よりあなたをば云ず。但異書の説に、混沌未分のかたち、天・地・人の初を云るは、神代の起に相似たり。或は又盤古と云王あり。「目は日月となり、毛髪は草木となる。」と云る事もあり。それよりしもつかた、天皇・地皇・人皇・五龍等の諸氏うちつゞきて多くの王あり。其間数万歳をへたりと云ふ。我朝の初は天神の種をうけて世界を建立するすがたは、天竺の説に似たる方もあるにや。

新字:七々の火・七々の水災をへて大風災ありて第三禅まで壊す。是を大の三災と云也。第四禅已上は内外の過患あることなし。此四禅の中に五天あり。四は凡夫の住所、一は浄居天とて証果の聖者の住処也。此浄居をすぎて摩醯首羅天王の宮殿あり。色界の最頂に居して大千世界を統領す。其天のひろさ彼世界にわたれり。此上に無色界の天あり。又四地をわかてりといへり。此等の天は小大の災にあはずと云ども、業力に際限ありて報尽なば、退没すべしと見えたり。震旦はことに書契をことゝする国なれども、世界建立を云る事たしかならず。儒書には伏犠氏と云ふ王よりあなたをば云ず。但異書の説に、混沌未分のかたち、天・地・人の初を云るは、神代の起に相似たり。或は又盤古と云王あり。「目は日月となり、毛髪は草木となる。」と云る事もあり。それよりしもつかた、天皇・地皇・人皇・五竜等の諸氏うちつゞきて多くの王あり。其間数万歳をへたりと云ふ。我朝の初は天神の種をうけて世界を建立するすがたは、天竺の説に似たる方もあるにや。

書き下し

七々の火・七々の水災をへて大風災ありて第三禅まで壊す。是を大の三災と云也。第四禅已上は内外の過患あることなし。此四禅の中に五天あり。四は凡夫の住所、一は浄居天とて証果の聖者の住処也。此浄居をすぎて摩醯首羅天王の宮殿あり。色界の最頂に居して大千世界を統領す。其天のひろさ彼世界にわたれり。此上に無色界の天あり。又四地をわかてりといへり。此等の天は小大の災にあはずと云ども、業力に際限ありて報尽なば、退没すべしと見えたり。震旦はことに書契をことゝする国なれども、世界建立を云る事たしかならず。儒書には伏犠氏と云ふ王よりあなたをば云ず。但異書の説に、混沌未分のかたち、天・地・人の初を云るは、神代の起に相似たり。或は又盤古と云王あり。「目は日月となり、毛髪は草木となる。」と云る事もあり。それよりしもつかた、天皇・地皇・人皇・五龍等の諸氏うちつゞきて多くの王あり。其間数万歳をへたりと云ふ。我朝の初は天神の種をうけて世界を建立するすがたは、天竺の説に似たる方もあるにや。

現代語訳

七度の火災を七たび重ね、七度の水災を経たのちに大風災があり、第三禅まで壊す。これを大の三災という。第四禅から上は内外の災いがない。この第四禅の中に五つの天がある。四つは凡夫の住む所、一つは浄居天といって悟りの果を得た聖者の住む所である。この浄居天を過ぎて摩醯首羅(まけいしゅら)天王の宮殿がある。色界の最頂に居て大千世界を統べ治める。その天の広さはその世界全体にわたっている。この上に無色界の天がある。また四つの地に分かれているという。これらの天は小・大の災いにはあわないといっても、業の力には限りがあって、報いが尽きれば退き没するものだと見える。震旦はとりわけ文字を重んじる国であるけれども、世界の成り立ちを言ったことははっきりしない。儒書では伏犠氏という王より前のことは言わない。ただ異書の説に、混沌としてまだ分かれない形や、天・地・人の初めを言っているのは、神代の起こりに似ている。あるいはまた盤古という王がいる。「目は日月となり、毛髪は草木となる」と言っていることもある。それより後には、天皇・地皇・人皇・五龍などの諸氏が続いて多くの王がいた。その間に数万年を経たという。わが国の初めは、天神の種を受けて世界を建立する姿が、天竺の説に似ているところもあるのだろうか。

解説

天竺の説を締めくくり、震旦の開闢説へ移る段である。仏典では最上の天でさえ業の力が尽きれば退き没するという。どれほど高い位にあっても、永遠に保証された場所はないという考えである。続いて親房は中国に目を向け、文字の記録をもっとも重んじる国でありながら、世界の始まりについてははっきり語らないと指摘する。儒書は伏犠より前を語らず、混沌や盤古の話は「異書」、つまり経書の外の書物に出てくるだけだという。記録に厳密な文化ほど、確かめようのない始まりについては口を閉ざす。その観察は的確である。そのうえで親房は、日本の始まりの姿は天神の種を受けて世界を建てる点で天竺の説に似ていると見る。三国の説を並べて似ているところと違うところを探す、比較の手つきがここでも一貫している。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る