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神皇正統記 / 巻一 序

此稲米を食せしによりて、身に残穢いできぬ。此故に始て二道あり。男女の相各別にして、つひに婬欲のわざをなす。夫婦となづけ舎宅を構て、共に住き。光音の諸天、後に下生する者女人の胎中にいりて胎生の衆生となる。其後秔稲生ぜず。衆生うれへなげきて、各境をわかち、田種を施しうゑて食とす。他人の田種をさへうばひぬすむ者出来て互にうちあらそふ。是を決する人なかりしかば、衆共にはからひて一人の平等王を立、名て刹帝利と云。 其始の王を民主王と号しき。十善の正法をおこなひて国ををさめしかば、人民是を敬愛す。閻浮提の天下、豊楽安穏にして病患及び大寒熱あることなし。寿命も極て久无量歳なりき。民主の子孫相続して久く君たりしが、漸正法も衰しより寿命も減じて八万四千歳にいたる。身のたけ八丈なり。其間に王ありて転輪の果報を具足せり。先づ天より金輪宝飛降て王の前に現在す。王出で給ことあれば、此輪、転行してもろ〳〵の小王みなむかへて拝す。あへて違者なし。即四大州に主たり。

書き下し

此稲米を食せしによりて、身に残穢いできぬ。此故に始て二道あり。男女の相各別にして、つひに婬欲のわざをなす。夫婦となづけ舎宅を構て、共に住き。光音の諸天、後に下生する者女人の胎中にいりて胎生の衆生となる。其後秔稲生ぜず。衆生うれへなげきて、各境をわかち、田種を施しうゑて食とす。他人の田種をさへうばひぬすむ者出来て互にうちあらそふ。是を決する人なかりしかば、衆共にはからひて一人の平等王を立、名て刹帝利と云。 其始の王を民主王と号しき。十善の正法をおこなひて国ををさめしかば、人民是を敬愛す。閻浮提の天下、豊楽安穏にして病患及び大寒熱あることなし。寿命も極て久无量歳なりき。民主の子孫相続して久く君たりしが、漸正法も衰しより寿命も減じて八万四千歳にいたる。身のたけ八丈なり。其間に王ありて転輪の果報を具足せり。先づ天より金輪宝飛降て王の前に現在す。王出で給ことあれば、此輪、転行してもろもろの小王みなむかへて拝す。あへて違者なし。即四大州に主たり。

現代語訳

この稲米を食べたことによって、身に残りの穢れが出てきた。このために初めて二つの道(排泄の道)ができた。男女の姿がそれぞれ別になり、ついに淫欲の行いをするようになった。夫婦と名づけ、家を構えてともに住んだ。光音の諸天で後から下界に生まれる者は、女人の胎内に入って胎生の衆生となる。その後、稲は自然には生えなくなった。衆生は憂い嘆いて、それぞれ境を分け、田に種をまき植えて食物とした。他人の田の作物まで奪い盗む者が出てきて、互いに争った。これを裁く人がいなかったので、皆で相談して一人の公平な王を立て、名づけて刹帝利(せっていり)といった。 その初めの王を民主王と号した。十善の正法を行って国を治めたので、人民はこれを敬い愛した。閻浮提(えんぶだい)の天下は豊かで楽しく安らかで、病気や大寒・大暑はなかった。寿命もきわめて長く、量り知れない歳であった。民主王の子孫が相続して長く君であったが、しだいに正法も衰えてから寿命も減って八万四千歳に至った。身の丈は八丈である。その間に王があって転輪王の果報を備えていた。まず天から金輪宝が飛び降りて王の前に現れる。王がお出ましになると、この輪が転がって進み、諸々の小王がみな迎えて拝む。背く者は一人もいない。すなわち四大州の主となる。

解説

仏典が説く王の起源である。自然に生えていた稲が生えなくなり、人々が田を分けて耕すようになると、他人の作物を盗む者が現れて争いが起こる。裁く者がいないので、皆で相談して公平な王を一人立てた。これが刹帝利であり、最初の王を民主王と呼んだという。所有が生まれたから争いが生まれ、争いを収めるために王が選ばれたという筋立てで、王の権威は人々の合意から出ている。親房はこの説を丁寧に紹介したうえで、後の段で日本の皇統と対比させ、天竺の王は「衆のためにえらびたてられし」ものにすぎないと述べることになる。つまりここは、日本の特質を浮かび上がらせるための比較の材料として置かれている。それでも、正法を行った王が人民に敬愛され、正法が衰えると寿命まで減っていくという語りには、統治の質が世の姿を決めるという考えがはっきり出ている。

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