導師導古典を学びたいすべての人に

神皇正統記 / 巻一 序

此樹、州の中心にありて最も高し。よりて州の名とす。阿耨達山の南は大雪山、北は葱嶺なり。葱嶺の北は胡国、雪山の南は五天竺、東北によりては震旦国、西北にあたりては波斯国也。此贍部州は縱横七千由旬、里をもちてかぞふれば二十八万里。東海より西海にいたるまで九万里。南海より北海にいたるまで又九万里。天竺は正中によれり。よ[つ]て贍部の中国とす也。地のめぐり又九万里。震旦ひろしと云へども五天にならぶれば一辺の小国なり。日本は彼土をはなれて海中にあり。北嶺の伝教大師、南都の護命僧正は中州也としるされたり。しからば南州と東州との中なる遮摩羅と云州なるべきにや。華厳経に「東北の海中に山あり。金剛山と云ふ。」とあるは大倭の金剛山の事也とぞ。されば此国は天竺よりも震旦よりも東北の大海の中にあり。別州にして神明の皇統を伝へ給へる国也。同世界の中なれば、天地開闢の初はいづくもかはるべきならねど、三国の説各ことなり。天竺の説には、世の始りを劫初と云ふ。

新字:此樹、州の中心にありて最も高し。よりて州の名とす。阿耨達山の南は大雪山、北は葱嶺なり。葱嶺の北は胡国、雪山の南は五天竺、東北によりては震旦国、西北にあたりては波斯国也。此贍部州は縦横七千由旬、里をもちてかぞふれば二十八万里。東海より西海にいたるまで九万里。南海より北海にいたるまで又九万里。天竺は正中によれり。よ[つ]て贍部の中国とす也。地のめぐり又九万里。震旦ひろしと云へども五天にならぶれば一辺の小国なり。日本は彼土をはなれて海中にあり。北嶺の伝教大師、南都の護命僧正は中州也としるされたり。しからば南州と東州との中なる遮摩羅と云州なるべきにや。華厳経に「東北の海中に山あり。金剛山と云ふ。」とあるは大倭の金剛山の事也とぞ。されば此国は天竺よりも震旦よりも東北の大海の中にあり。別州にして神明の皇統を伝へ給へる国也。同世界の中なれば、天地開闢の初はいづくもかはるべきならねど、三国の説各ことなり。天竺の説には、世の始りを劫初と云ふ。

書き下し

此樹、州の中心にありて最も高し。よりて州の名とす。阿耨達山の南は大雪山、北は葱嶺なり。葱嶺の北は胡国、雪山の南は五天竺、東北によりては震旦国、西北にあたりては波斯国也。此贍部州は縦横七千由旬、里をもちてかぞふれば二十八万里。東海より西海にいたるまで九万里。南海より北海にいたるまで又九万里。天竺は正中によれり。よつて贍部の中国とす也。地のめぐり又九万里。震旦ひろしと云へども五天にならぶれば一辺の小国なり。日本は彼土をはなれて海中にあり。北嶺の伝教大師、南都の護命僧正は中州也としるされたり。しからば南州と東州との中なる遮摩羅と云州なるべきにや。華厳経に「東北の海中に山あり。金剛山と云ふ。」とあるは大倭の金剛山の事也とぞ。されば此国は天竺よりも震旦よりも東北の大海の中にあり。別州にして神明の皇統を伝へ給へる国也。同世界の中なれば、天地開闢の初はいづくもかはるべきならねど、三国の説各ことなり。天竺の説には、世の始りを劫初と云ふ。

現代語訳

この樹は州の中心にあって最も高い。そこで州の名とする。阿耨達山の南は大雪山、北は葱嶺(そうれい、パミール)である。葱嶺の北は胡国、雪山の南は五天竺、東北に寄っては震旦国(中国)、西北にあたっては波斯国(ペルシア)である。この贍部州は縦横七千由旬、里で数えれば二十八万里。東の海から西の海に至るまで九万里、南の海から北の海に至るまでまた九万里。天竺はその真ん中に寄っている。それで贍部州の中心の国とするのである。地の周囲はまた九万里。震旦は広いといっても、五天竺に並べれば一方の辺にある小国である。日本はあの大陸を離れて海の中にある。北嶺(比叡山)の伝教大師、南都の護命僧正は、日本を中州であると記された。そうであれば南州と東州の間にある遮摩羅(しゃまら)という州であろうか。『華厳経』に「東北の海の中に山がある。金剛山という」とあるのは大和の金剛山のことだという。だからこの国は天竺よりも震旦よりも東北の大海の中にある。別の州であって、神明の皇統を伝えてこられた国である。同じ世界の中なのだから、天地開闢の初めはどこでも変わるはずはないが、三国の説はそれぞれ異なる。天竺の説では、世の始まりを劫初という。

解説

仏教の世界地理のなかに日本を位置づける段である。贍部州の中心は天竺であり、中国すら五天竺に比べれば「一辺の小国」にすぎないと親房は言う。中華を世界の中心とする見方を、仏教の地理でいったん相対化しているのである。そのうえで日本を、大陸から離れた海中の「別州」とし、最澄や護命の説、『華厳経』の金剛山の記述を引いて裏づける。中心から遠い辺境であることを、むしろ独自の皇統を保ってきた別の世界であることの根拠へと読み替えている。天竺・震旦・本朝の三国を並べて比べるのは中世の知識人に共通する枠組みだが、親房はそれを神国論の土台に組み込んだ。大きな相手の周縁にいることを嘆くのではなく、周縁にいるからこそ持てる独自性を言葉にする。立場の小ささを強みに変える論じ方として読める。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る