十善法語 / 巻第三・不邪婬戒
起世經等ニ此大地始テ成スル時。衆生光音天ヨリ此地上ニ下生シ。相共ニ無量歲住ス。互ニ相視相召テ薩埵薩埵トス。此時固ヨリ親疎ナク。好醜ナク。身ニ光明有テ自ラ照ス。大地平掌ニシテ山海ノ別ナク。其狀好熟蜜ノ如トアル。此世界アリ此衆生アレハ。緣起不可思議ナルモノテ。相逐テ止ヌシヤ。此中一類輕疎ノ衆生アリ。初テ地味ヲ嘗テ。團食此身ヲ資クトアル。此食ノ多少有ニ因テ光ニ隱顯アリ。身ニ麁細分ルル。此差別出來ルニ因テ。諸ノ衆生互ニ相見テ彼此ノ情生シ。憍慢ノ心爰ニキサス。漸次ニ國界麁ニ人物麁ナリ。地味沒シテ地膚ヲ食シ。地膚沒シテ林藤ヲ食シ。林藤沒シテ自然ノ秔米アリ。朝ニ刈レハ暮ニ生シ。暮ニ刈レハ朝ニ生ス。
新字:起世経等ニ此大地始テ成スル時。衆生光音天ヨリ此地上ニ下生シ。相共ニ無量歳住ス。互ニ相視相召テ薩埵薩埵トス。此時固ヨリ親疎ナク。好醜ナク。身ニ光明有テ自ラ照ス。大地平掌ニシテ山海ノ別ナク。其状好熟蜜ノ如トアル。此世界アリ此衆生アレハ。縁起不可思議ナルモノテ。相逐テ止ヌシヤ。此中一類軽疎ノ衆生アリ。初テ地味ヲ嘗テ。団食此身ヲ資クトアル。此食ノ多少有ニ因テ光ニ隠顕アリ。身ニ麁細分ルル。此差別出来ルニ因テ。諸ノ衆生互ニ相見テ彼此ノ情生シ。憍慢ノ心爰ニキサス。漸次ニ国界麁ニ人物麁ナリ。地味没シテ地膚ヲ食シ。地膚没シテ林藤ヲ食シ。林藤没シテ自然ノ秔米アリ。朝ニ刈レハ暮ニ生シ。暮ニ刈レハ朝ニ生ス。
書き下し
起世経等ニ此大地始テ成スル時。衆生光音天ヨリ此地上ニ下生シ。相共ニ無量歳住ス。互ニ相視相召テ薩埵薩埵トス。此時固ヨリ親疎ナク。好醜ナク。身ニ光明有テ自ラ照ス。大地平掌ニシテ山海ノ別ナク。其状好熟蜜ノ如トアル。此世界アリ此衆生アレハ。縁起不可思議ナルモノテ。相逐テ止ヌシヤ。此中一類軽疎ノ衆生アリ。初テ地味ヲ嘗テ。団食此身ヲ資クトアル。此食ノ多少有ニ因テ光ニ隠顕アリ。身ニ麁細分ルル。此差別出来ルニ因テ。諸ノ衆生互ニ相見テ彼此ノ情生シ。憍慢ノ心爰ニキサス。漸次ニ国界麁ニ人物麁ナリ。地味没シテ地膚ヲ食シ。地膚没シテ林藤ヲ食シ。林藤没シテ自然ノ秔米アリ。朝ニ刈レハ暮ニ生シ。暮ニ刈レハ朝ニ生ス。
現代語訳
起世経などに、この大地が初めて成った時、衆生が光音天から地上に降って生まれ、ともに無量の年月を住した。互いに見つめ合い、呼び合って、薩埵よ薩埵よ(衆生よ)と言った。この時はもとより親しい疎いの別もなく、美しい醜いの別もなく、身に光明があって自ら照らしていた。大地は手のひらのように平らで山と海の区別もなく、その様子は熟した良い蜜のようであった、とある。この世界があり、この衆生があれば、縁起は不可思議なもので、次々と連なって止まないのである。この中に一類の軽はずみな衆生があって、初めて地味(大地の甘い味わい)をなめて、それを食べ物としてこの身を養った、とある。この食べる量の多少によって光に明暗が生じ、身に粗い細かいの別ができた。この差別ができたことで、衆生は互いに見て彼此の情が生じ、驕り高ぶる心がここに芽生えた。次第に国土が粗くなり、人や物が粗くなった。地味が消えて地膚(大地の表皮)を食べ、地膚が消えて林藤(つる草)を食べ、林藤が消えて自然の秔米(うるち米)が生じた。朝に刈れば暮れに生え、暮れに刈れば朝に生えた。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・事物の有様を比較して上流に向かいしからばすなわち、人の見識を高尚にして、その品行を提起するの法いかがすべきや。その要訣は事物の有様を比較して上流に向かい、みずから満足することなきの一事にあり。ただし有様を比較するとはただ一事一物を比較するにあらず、この一体の有様と、かの一体の有様とを並べて、双方の得失を残らず察せざるべからず。譬えば今、少年の生徒、酒色に溺るるの沙汰もなくして謹慎勉強すれば、父兄・長老に咎めらるることなく、あるいは得意の色をなすべきに似たれども、その得色はただ他の無頼生に比較してなすべき得色のみ。謹慎勉強は人類の常なり、これを賞するに足らず、人生の約束は別にまた高きものなかるべからず。広く古今の人物を計え、誰に比較して誰の功業に等しきものをなさばこれに満足すべきや。必ず上流の人物に向かわざるべからず。あるいは我に一得あるも彼に二得あるときは、我はその一得に安んずるの理なし。いわんや後進は先進に優るべき約束なれば、古を空しゅうして比較すべき人物なきにおいてをや。今人の職分は大にして重しと言うべし。
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『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・盲人に向かいて誇るがごとししかるに今わずかに謹慎勉強の一事をもって人類生涯の事となすべきや。思わざるのはなはだしきものなり。人として酒色に溺るる者はこれを非常の怪物と言うべきのみ。この怪物に比較して満足する者は、これを譬えば双眼を具するをもって得意となし、盲人に向かいて誇るがごとし。いたずらに愚を表するに足るのみ。ゆえに酒色云々の談をなして、あるいはこれを論破し、あるいはこれを是非するの間は、到底諸論の賤しきものと言わざるを得ず。人の品行少しく進むときはこれらの醜談はすでにすでに経過し了して、言に発するも人に厭わるるに至るべきはずなり。
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『墨子』經說下見ると見ざるとは離る。一と二とは相い盈たさず。廣と循と堅白となり。舉げて重からざるは箴と與にせず、力の任に非ざるなり。握る者の倍を為すは、智の任に非ざるなり。耳目の若し。異。木と夜と孰れか長き。智と粟と孰れか多き。爵と親と行と賈と、四者孰れか貴き。麋と霍と孰れか髙き。麋と霍と孰れか霍なる。虭と瑟と孰れか瑟なる。偏。倶に一にして變ずる無し。假。假は必ず非なり、而る後に假なり。狗の霍を假るは、猶お霍を氏とするがごときなり。物。或いは之を傷るは、然るなり。之を見るは、智なり。之を吉するは、智らしむるなり。疑。蓬、務を為せば則ち士なり。牛廬を為る者、夏、寒きは、蓬なり。之を舉ぐれば則ち輕く、之を廢すれば則ち重きは、力有るに非ざるなり。沛、削に従うは、巧に非ざるなり。石と羽との若きは、楯なり。鬬う者の敝るるや、飲酒を以てす。曰中を以てするが若し。是れ智る可からざるなり、愚なり。智なるか、已を以て然りと為すか。愚なり。
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論語・公冶長篇子、子貢に謂いて曰く、「女と回と孰れか愈れる。」対えて曰く、「賜や何ぞ敢えて回を望まん。回や一を聞きて以て十を知る、賜や一を聞きて以て二を知る。」子曰く、「如かざるなり。吾と女と、如かざるなり。」
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『墨子』兼愛中然り而して今、天下の士君子曰く、然り、乃ち兼の若きは則ち善し。然りと雖も、行う可からざるの物なり。譬えば泰山を挈げて河濟を越ゆるが若し、と。子墨子言う、是れ其の譬えに非ざるなり。夫れ泰山を挈げて河濟を越ゆるは、勇健にして力有りと謂う可し。古より今に及ぶまで、未だ能く之を行う者有らざるなり。况んや兼ねて相い愛し、交ごも相い利するに乎いてをや。則ち此と異なれり。古者、聖王、之を行えり。何を以て其の然るを知るや。
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『墨子』非命上然り而して今、天下の士君子、或いは命を以て有りと為す。益た盖ぞ嘗て尚に聖王の事を觀ん。古者、桀の亂す所、湯、受けて之を治め、紂の亂す所、武王、受けて之を治む。此の世、未だ易わらず、民、未だ渝らざるに、桀紂に於いては則ち天下亂れ、湯武に在りては則ち天下治まる。豈に命有りと謂う可けんや。